2009年04月28日
地下鉄サリン事件戦記(福山隆著、光人社)

今回の本は、体験を通してのものだけあって迫力がある。また、地下鉄サリン事件以降の日本及び米国の取り組みについてもきちんとフォローされていて、資料的価値も高い。
今回は、2か所、「安全確認で自らマスクをはずす」と「オウムによるハニー・トラップ作戦」を掲載する。これを読むと本を買わずにいられなくなると思う。
安全確認で自らマスクをはずす
築地駅での除染は約一時間程度で終了しました。次の行動に移ろうとしていると、駅の職員から「築地駅はいつから使用可能でしょうか?」との質問がありました。確かにサリン液体の除染は終了しましたが、駅構内ですでに蒸気となったサリンがどれほど残留しているのか、その残留サリンが人体に影響を与えるのか否かを判断することは非常に難しいことです。
当時すでに空気中の化学剤を検知する機器は陸上自衛隊にはありましたが、事件発生直前に警察に貸し出してしまい、築地駅にはその器材を携行していませんでした。また、仮に検知器材を携行し検知できた場合でも、「検知の結果問題ありません」と回答して駅職員の方が信じてくれるでしょうか? 翌早朝にはたくさんの乗客が乗り降りするのに。
当時の米軍のマニュアルでも、現場の安全性の確認のためには、最終的には誰かがマスクをはずすことによって確認する手続きとなっていました。結局、私自身がマスクをはずすことで確認する方法を採ることにしました。もちろん、マスクをはずすにもやり方があり、縮瞳が生じるか否かを確認しながら行ないます。私は、東京消防庁の化学機動中隊の隊員の方と現場に降り、電車内で次のような方法で安全確認を行ないました。
まず、マスクの端を少し開け、すぐに閉じて一分間程度待つ。これで縮瞳が起これば暗く感じるはずだ。暗くはならないのを自分自身確認する。再びマスクの端を開け、外気を入れてすぐに閉じる。自己診断で視野が暗くならないことを確認。以下、同様のことを何度か繰り返したが、暗くはなりませんでした。
「これなら大丈夫! はずそう」と、意を決してマスクに手をかけ、一気にはずしました。
この間、もし私に異常が起きれば、化学機動中隊の隊員が地下鉄構内から地上に担ぎ出す手はずになっていました。こうして、しばらくその場に留まり異常の有無を確認しましたが、異常は自覚されませんでした。
私は、化学機動中隊の隊員と共に地上に出て、駅職員の方々に告げました。
「もう、大丈夫です。駅の使用は可能です」
オウムによるハニー・トラップ作戦
警察官の中にもオウム信者がいたが、オウムは自衛隊員も信者として獲得しようと狙っていたようだ。以下は、連隊のある隊員が明らかにした話である。
地下鉄サリン事件の数カ月前、彼は、合気道の大会を見に日本武道館に行った。会場で、女の子が近づき、声をかけてきた。とても可愛い女の子だったという。
「あなた自衛隊員ですか?」
「そうですが、何か」
「あなたも合気道をやるのですか?」
「少しやっています」
「カッコいいわね。でも、もっと強くなるためには、心を強くすることが大事よ。一度、富士の麓の上九一色村にある施設に行ってみませんか?」
こんな会話で交際が始まり、彼女と何度か会った。そして、遂に上九一色村のオウムの施設に行く約束をしてしまっていた。しかし、約束の日の直前に地下鉄サリン事件が起こり、彼は、オウムの施設に行かずに済んだ。
オウムが32連隊の隊員獲得に食指を伸ばしているのが発覚したのは、治安機関からの情報だった。押収した「ハニー」役の女の子のノートの中に、トラップを仕掛けようとした男性の名前が多数残されていたからだ。
警察によるオウムの強制捜査があと一年も遅れていれば、32連隊隊員の中にもオウム信者が生まれ、連隊の活動に大きな影響が出ていたかもしれない。