2009年04月01日
ながい坂(山本周五郎著、新潮文庫)
私事ですが、本日付けで辞令交付があり、政務調査会調査役に昇格しました。この本は、「人生」という「ながい坂」を、人間らしさを求めて、苦しみながら一歩一歩踏みしめていく一人の男の半生を描いた小説。これは、山本周五郎の最後の長編作品です。
よく、舞台劇で山本周五郎原作のものが多いのは、日本人の心に感動を呼び起こすものであるからです。
『天地人』以来、久し振りに良い小説を読みました。
これは、人生を考える上で、必読書といって良いでしょう。読まないと損をします。
以下、これはと思った言葉を掲載します。じっくりお読み下さい。
「――なにごとにも人にぬきんでようとすることはいい、けれどもな阿倍、人の一生はながいものだ、一足跳びに山の頂点へあがるのも、一歩、一歩としっかり登ってゆくのも、結局は同じことになるんだ、一足跳びにあがるより、一歩ずつ登るほうが途中の草木や泉や、いろいろな風物を見ることができるし、それよりも一歩、一歩をたしかめてきた、という自信をつかむことのほうが強い力になるものだ、わかるかな」
「人の一生はながい、という言葉は、小三郎に強い印象を与えた」
「人間というものは」と宋岳も茶碗を取りながら云った、「自分でこれは正しい、と思うことを固執するときは、その眼が狂い耳も聞こえなくなるものだ、なぜなら、或る信念にとらわれると、その心にも偏向が生じるからだ」
「――けれども、相手が約束をやぶって勝負に出たとするなら、是非善悪を考えるよりも、応じて立つほうが自然だと思う、人間はいつも、正しいだけではいきられないものだから」
主水正は大きく一と呼吸した、「性格と境遇によって、人の進退はそれぞれに違う、世の中には先天的な犯罪者か狂人でない限り、善人と悪人の区別はない、人間は誰でも、善と悪、汚濁と潔癖を同時にもっているものだ、大義名分をふりかざす者より、恥知らずなほど私利私欲にはしる者のほうに、おれは人間のもっとも人間らしさがあるとさえ思う、・・・」
主水正は呟(つぶや)いた、「身のまわりでなにか起きるたびに、道は新しく開け、大きく展開する、これがおれに与えられた運なのだろうか」
「人間はいつも、陽にあたためられている、ということはないんだな」



