2009年03月24日
防衛大学校卒業式来賓代表祝辞 岡本行夫氏

我が国の防衛政策の基本は「抑止」ということです。抑止とは、仮にも外国が我が国を侵略しようとの誘惑に駆られても、第一に侵略に対する自衛隊の高い即応力、第二に日米安保条約の下での米国の報復意思、その二つを見てどの国も侵略行動をした場合の自国への損害の大きさを思い知り、どの国であっても我が国への攻撃を思いとどまるという仕組みです。
第一の自衛隊の即応力について申し上げます。現在のように平和が長く続いている世界の中で、外国からの万一の侵略行為に備える緊張感を保ち続けることは簡単ではありません。しかしそれが皆さんの職業上の使命です。全国民の安全がそれにかかっています。
第二の米国の報復行動について申し上げます。重要なことは、実際に米国が日本のために報復行動をとるということよりも、「アメリカは必ず日本のために報復するだろう」と周辺諸国が判断し続けるような日米関係を作っておくことです。つまり、実体以上に「印象」が重要なのです。経済や社会面まで含めた緊密な日米関係の維持が継続的に必要なのはそのためです。
2001年9.11テロの1週間後、横須賀から一時的に退避することになった米第7艦隊を海上自衛隊の護衛艦が警戒しながら並走し、東京湾を南下していきました。その映像は米国内で繰り返し放送され、米国民の大きな感動を呼びました。そのような緊密な日米同盟の姿を世界中に見せることが、日本を防衛するとの米国の意思について周辺諸国に一片の疑念も抱かせない根拠になるのです。
以上のことは、皆さんにとって自明のことかもしれません。
その上で本日申し上げたいことは、世界に通ずる平衡感覚を持ってほしいということです。自分と周囲しか見ずに独り善がりになってはならないということです。日本がどのような環境の中に置かれ、どのような立ち位置にあるかを大きな視野から見つめていただきたい。
そのためには、まず教養が必要になります。防衛大学ですでに十分な研鑽を受けた皆さんですが、幅広い知的好奇心をもって仕事に直接に関わりのない知識や思想も吸収し、深い教養を身につけて初めて自分の仕事についても平衡感覚を持つことができるのです。
世界に通ずる平衡感覚というものは、特に日本のような国にあっては意識的に努力をしないと形成できません。現在の世界の特徴は、「多様性」ということです。この点、日本は、ごく一部の少数民族を除けば基本的に単一民族、単一文化、類似思考の国家です。このような国で、世界のダイナミズムと波長を合わせることは自動的には起こりません。
世界は大きく変化しました。様々な国家体制や人的背景や価値観がひとつの方向に収斂しつつあります。グローバリゼーションと呼ばれる現象です。これまでは、自由と民主主義を旗印に掲げた国家群とその他の世界との対立軸がありました。富める先進的な国々と貧しい国々の対立軸もありました。
しかし、いま世界は、各国が、それぞれの独自性を保持しながらも、ひとつの大きな塊りに融合しつつあります。世界の多くの国々が、自由、民主主義、人権、経済的豊かさを既に共有し始めているのです。
つまり、日本が自由、民主主義という価値と、世界第2位の経済規模という理由だけで重要な地位を占めることができた時代は終わったのです。かっこいい言葉ではなく、具体的な国家の生きざまと構想力が問われているのです。皆さんの役割がこれから重要になる理由はそこにあります。日本は多様な世界と多様な関わりをもっていかなければならない。米国を中心点に置き、そこからの同心円として全ての世界との関係を考えていればそれでいい、という時代ではなくなりました。日本独自の平和構築努力ということについて、皆さんにぜひ考えてもらいたいのです。
新しい世界の中で、残念ながら日本の姿と役割は縮んでいます。
これは日本の中にいてもわかりません。この2、3年、国際会議では日本の名前が出ることがめっきり減りました。つい10日前も、ベルリンで世界の専門家を集めてグローバル化時代の安全保障と経済体制を議論する会議が開かれましたが、ついに日本の名前は一度も言及されませんでした。
中国やインドなどの存在感が急速に大きくなっていることもありますが、日本自身の姿勢にも問題があります。財政事情が悪化するなか、日本の政府開発援助予算は頂点であった1997年に比べて、42%も減りました。残念ながら、国連平和維持部隊への参加も、諸般の制約から数十人のレベルにとどまっています。わずかに皆さんの先輩たちがインド洋とアデン湾での国際共同行動に貴重な貢献をしてくれていますが、我々は国際平和のためにもっともっと多くのことをなさねばなりません。
我々の目の前には今までと全く変わった景色があります。世界はグローバリゼーションが進む一方で、百年に一度という経済危機に襲われています。破綻国家も出ています。世界の統合と、一部国家の落ちこぼれが同時に起こっているのです。新興国の目覚ましい発展の裏では、人々の貧富の格差が拡大しています。テロも減りません。そうした中で、どのような日本の姿や役割を将来に向かって描くか。
不断に国際情勢に目を向けてください。不断に日本のあり方に思いを馳せ、時代の戦略を考えてください。
新しい世界の中で、国を守る皆さんの任務は圧倒的に重要です。自衛隊が国の安全を確保することによって、初めて国民は自信と安心感をもって国際競争の中を生き抜いていくことができるのです。勇気を持って新しい時代に立ち向かってください。
皆さんの任務に敬意を表して、私の祝辞とします。