2008年02月12日

松下幸之助の人生と人間観(その6、終わり)

金子松下幸之助の人生と人間観、二〇〇七年十一月十七日・日本論語研究会
PHP総合研究所主任研究員、金子将史氏

渋沢栄一と松下幸之助

 そろそろお時間でもありますので、まとめさせていただきます。
 幸之助とも交流があった山本七平さんが、渋沢栄一さんと松下幸之助を並べて、面白いことを言っております。
 この二人は西洋の技術は輸入したんだけれども、経営というものはあくまでも日本的なものであり、伝統的であったと。そういう意味で二人には共通するところがあったと。
 そういう二人が「不倒翁」と言われるように大きな失敗をすることもなく非常に長い間、成功を収めることができた、このことの意味を日本人は考える必要があるんじゃないか、そう山本七平さんが言っております。
 
 渋沢の場合、幼少からの素養であった『論語』を手放さなかったわけであります。松下にはそういう特定の教科書はなかったわけですけれども、本日ご紹介しましたように、松下の考えは、全部非常に平易なといいますか、当たり前といいますか、日本人が、「素直にしなさい」といったように親から日頃言われているような身近な考え方を、自分なりに考え直して体系にしたものです。
 それを自分の経営の基礎にしていったわけであります。
 
 最近は、どこかでMBAを取ってきて「ナントカ経営」だということが多くて、あっという間にある考え方が流行っては廃れてしまうことが多いわけですけれども、そういうことではなく、自分が育ってく過程で自然に身に付いているものをさらに鍛え直して、そういうものをベースにして経営というものを考えていったと、それがこの二人なわけですね。
 
 そのことが、その二人の経営者が誰よりも長く成功し、また単に事業が成功したというだけではなくて、ある意味今なお、私たちに考え方の指針というものを与える存在であり続けている一つの大きな理由なんだろうなということであります。
 もちろん渋沢にしても松下にしても、彼らが作り出した具体的な経営のスタイルはもしかしたら時代に合わなくなっているものがあるのかもしれません。ただ、その根底にある考え方にはやはり汲むべきところがあるような気がするわけであります。
 
 今、現代の渋沢なり、現代の松下という人がいるかどうかは、ちょっと覚束ないところがございます。松下という人は、物作りが非常に主流の、産業資本が非常に強い時代の経営のスタイルを作り出したと思うんですけど、今はグローバリゼーションということもありますし、また金融が非常に強くなっておるわけです。
 こういう金融主導の資本主義がどこまでいつまで強いものであり続けるかどうか、まだわかりませんけれども、少なくともいろんな形で世の中が変わって行く中で、それでも日本なりの経営のスタイルを見つけていくというようなことが、たぶんこれからも必要であり、おそらくその時、松下という人の生き方を振り返ることが、大きな指針になるのだろうと私も思います。
 
 非常に長々としゃべって参りましたけれども、時間となりましたのでこれで終わらせていただきます。ありがとうございました。


shige_tamura at 14:01│Comments(0)TrackBack(0)clip!日本論語研究会 

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