2007年07月23日
社保庁腐敗 国鉄を想起
今朝の読売新聞(23日)に葛西敬之・JR東海会長の論文が載っていました。
社保庁、年金問題を考えるうえで大変参考になりますのでポイントを載せました。
年金記録問題
長年にわたる社会保険庁の杜撰な事務による年金記録の不備が露見し、国民の不安と憤慨が募っている。その有様を見るにつけ、私自身が渦中に身を置いた国鉄の改革の時代のことが思い起こされる。1981年3月に臨時行政調査会(第二臨調)が発足して程なく、国鉄の現場におけるヤミ手当、ヤミ休暇など数々の悪慣行の実体が露わになり、世間を憤激させた。
(略)
年金記録の不備は国鉄と同様、長年にわたる労務管理不在の結果であり、そのことを現政権の責任に帰するのは不公平である。むしろ今明らかになった惨状を直視し、いかに問題の全てを掌握し、適切な対策を定め、着実に実施するかこそが政権の責任だと思う。
その観点から見ると、毅然として国会の会期を延長し、「日本年金機構法」を成立させるとともに、時効による支給漏れを防ぐ「年金時効特例法」を急遽定めた安倍政権の危機対処能力は評価に値する。またそれを踏まえて7月5日には「年金記録に対する信頼の回復と新たな年金記録管理体制の確立について」をまとめ、本問題に関する総合的プランを明らかにした。
国鉄の場合、分割民営化の方向付けに1年、具体案策定に3年、立法ならびに実施に2年と計6年を要した。40万人もの要員を20万人に削減したうえで、分割・民営化という前人未到の挑戦に国論を導いて行くためには長すぎたとは言えない。それとの対比で言っても、社会保険庁改革に関しては、政府の着実な実施を見守ると言うのが筋だと思う。
国鉄と社会保険庁。これら病める組織に共通の病根は二つあると思う。その一つは職員の「親方日の丸意識」である。国民生活に必須の交通手段を預かっていた国鉄、国民の年金事務を管理する社会保険庁。いずれも決してなくすことの出来ない業務を担っている。だから「不沈艦」であるという意識が蔓延しやすい。そしてもう一つは、賃金が人事院勧告(国鉄の場合は仲裁裁定)といった形で他律的に決定されるシステムとなっていることである。
この二つを重ね合わせると、「職員に嫌われてまで職場管理に苦労することはない」という管理者と「どうせ給料は同じなら取り分は労働密度の緩和だ」という労働者が生まれてくる。そして労組の運動は、勤務の緩和、非効率を目標とするようになる。改革の第一歩はこの悪循環を断つことだ。国鉄の場合それが分割民営化だった。
(略)
社会保険庁の腐敗、堕落は、列車の乱れとは違って、当事者さえ黙っていれば長期にわたって誰の目にも触れることがない。すなわち身を挺して国鉄輸送を守った筋も筋肉も、社会保険庁の場合、どこにも存在しないわけである。管理者ぐるみの底なしの腐敗堕落が進行するのはこの歯止めのなさから来る。年金記録の不備問題も、内部からの告発が発端と言われる。しかしその狙いは国鉄のときのように改革を求めるコアグループの叫びとは全く異なるのではないだろうか。
それではなぜ今日になって内部告発が発生したのか。「日本年金機構法」が上程されたことにより、これまで腐乱の限りを放置してきた社会保険庁も、早晩その実情を天下に知られざるを得なくなったことが背景にあると思われる。いずれ露見するのならという訳で内部告発による攻勢防御に転じたのだろう。「改革の要請」としてではなく、「改革への向かい火」としての内部告発だと思わざるを得ない。
ここまで腐敗した組織を再生させるのは不可能である。
社会保険庁を廃止、6分割して日本年金機構とする考え方は正しい。そしてそのための期限とされる平成21年度末までには、あと3年弱の時を余すのみである。試行錯誤に費やす時間的な余裕はない。
直ちに着手すべきは、社会保険庁のあらゆるレベルの職員採用を速やかに停止することだと思う。廃止解体となる組織が新規採用を行うというのでは、改革の決意を疑う者も現れよう。直ちに新規採用を全面停止し、改革すべき問題の規模を出来る限り縮小しておくほうが良い。
また社会保険庁を廃止、分割しても現在の職員がそのまま移行するようでは、改革の効果は上がるまい。全ての職員は新機構による新規採用とし、現職のうち勤務成績の良い者だけが新規採用にあずかれる仕組みとすべきだ。
社保庁、年金問題を考えるうえで大変参考になりますのでポイントを載せました。
年金記録問題
長年にわたる社会保険庁の杜撰な事務による年金記録の不備が露見し、国民の不安と憤慨が募っている。その有様を見るにつけ、私自身が渦中に身を置いた国鉄の改革の時代のことが思い起こされる。1981年3月に臨時行政調査会(第二臨調)が発足して程なく、国鉄の現場におけるヤミ手当、ヤミ休暇など数々の悪慣行の実体が露わになり、世間を憤激させた。
(略)
年金記録の不備は国鉄と同様、長年にわたる労務管理不在の結果であり、そのことを現政権の責任に帰するのは不公平である。むしろ今明らかになった惨状を直視し、いかに問題の全てを掌握し、適切な対策を定め、着実に実施するかこそが政権の責任だと思う。
その観点から見ると、毅然として国会の会期を延長し、「日本年金機構法」を成立させるとともに、時効による支給漏れを防ぐ「年金時効特例法」を急遽定めた安倍政権の危機対処能力は評価に値する。またそれを踏まえて7月5日には「年金記録に対する信頼の回復と新たな年金記録管理体制の確立について」をまとめ、本問題に関する総合的プランを明らかにした。
国鉄の場合、分割民営化の方向付けに1年、具体案策定に3年、立法ならびに実施に2年と計6年を要した。40万人もの要員を20万人に削減したうえで、分割・民営化という前人未到の挑戦に国論を導いて行くためには長すぎたとは言えない。それとの対比で言っても、社会保険庁改革に関しては、政府の着実な実施を見守ると言うのが筋だと思う。
国鉄と社会保険庁。これら病める組織に共通の病根は二つあると思う。その一つは職員の「親方日の丸意識」である。国民生活に必須の交通手段を預かっていた国鉄、国民の年金事務を管理する社会保険庁。いずれも決してなくすことの出来ない業務を担っている。だから「不沈艦」であるという意識が蔓延しやすい。そしてもう一つは、賃金が人事院勧告(国鉄の場合は仲裁裁定)といった形で他律的に決定されるシステムとなっていることである。
この二つを重ね合わせると、「職員に嫌われてまで職場管理に苦労することはない」という管理者と「どうせ給料は同じなら取り分は労働密度の緩和だ」という労働者が生まれてくる。そして労組の運動は、勤務の緩和、非効率を目標とするようになる。改革の第一歩はこの悪循環を断つことだ。国鉄の場合それが分割民営化だった。
(略)
社会保険庁の腐敗、堕落は、列車の乱れとは違って、当事者さえ黙っていれば長期にわたって誰の目にも触れることがない。すなわち身を挺して国鉄輸送を守った筋も筋肉も、社会保険庁の場合、どこにも存在しないわけである。管理者ぐるみの底なしの腐敗堕落が進行するのはこの歯止めのなさから来る。年金記録の不備問題も、内部からの告発が発端と言われる。しかしその狙いは国鉄のときのように改革を求めるコアグループの叫びとは全く異なるのではないだろうか。
それではなぜ今日になって内部告発が発生したのか。「日本年金機構法」が上程されたことにより、これまで腐乱の限りを放置してきた社会保険庁も、早晩その実情を天下に知られざるを得なくなったことが背景にあると思われる。いずれ露見するのならという訳で内部告発による攻勢防御に転じたのだろう。「改革の要請」としてではなく、「改革への向かい火」としての内部告発だと思わざるを得ない。
ここまで腐敗した組織を再生させるのは不可能である。
社会保険庁を廃止、6分割して日本年金機構とする考え方は正しい。そしてそのための期限とされる平成21年度末までには、あと3年弱の時を余すのみである。試行錯誤に費やす時間的な余裕はない。
直ちに着手すべきは、社会保険庁のあらゆるレベルの職員採用を速やかに停止することだと思う。廃止解体となる組織が新規採用を行うというのでは、改革の決意を疑う者も現れよう。直ちに新規採用を全面停止し、改革すべき問題の規模を出来る限り縮小しておくほうが良い。
また社会保険庁を廃止、分割しても現在の職員がそのまま移行するようでは、改革の効果は上がるまい。全ての職員は新機構による新規採用とし、現職のうち勤務成績の良い者だけが新規採用にあずかれる仕組みとすべきだ。



