民主党研究

2014年10月15日

民主党の粗探しについて(高村正彦副総裁)

安倍政権と安保法制
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僕の本『安倍政権と安保法制』(田村重信著、内外出版)が発売されました。
早くも3刷定できました。!
是非、お読みください。分かりやすいですよ!
紀伊国屋書店、池袋ジュンク堂には重点的に配本されます。出版社から送料無料で購入できます。内外出版HPより
アマゾンでもどうぞ!
 
 民主党の、閣僚に対する粗探しというか、火のないところに煙を立てようとする行為は目に余ると思っております。

 例えば、江渡聡徳防衛大臣が政治資金収支報告書を訂正した件についても、政治資金収支報告書を訂正するということは与野党かかわらずよくあることで、それ自体は疑惑でも何でもないわけであります。

 しかも、聞かれて真摯にそのことについて説明をし、出せる資料、出すべき資料は出している。

 そのような中で、政策の議論に入らないで、更にそのことばかりを取り上げるということは、閣僚の資質の問題というよりも野党第一党の資質の問題だと考えております。

 民主党国対から各委員会の理事に、政策よりもスキャンダル追及に徹しろという指示が出ているといううわさもありますが、このうわさが本当であるかどうかはこれからの民主党の対応ぶりで判明すると思っています。

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2012年08月06日

東洋学園大学教授・櫻田淳 「劣化の連鎖」の果てに小沢新党

ウイル『ウイル』9月号が発売されました。大反響です。
目玉は「完全独占20ページ 小泉進次郎、初めて語る わが青春 わが自民党」です。良い読み物です。僕の原稿も載っています。
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これは良い論文です。

東洋学園大学教授・櫻田淳 「劣化の連鎖」の果てに小沢新党
2012.8.3 03:23(産経新聞[正論]より)


 小沢一郎氏を代表として結成された新党は、二つの意味で、日本の政治における「絶望」と「希望」を焙(あぶ)り出している。

 ≪標語程度にしかならぬ党名≫

 第一に、「国民の生活が第一」という言葉は、標語としてならばともかく党名として使われたことによって、此度の小沢新党が数年もすれば存在していないであろうという事情を示唆している。そうした政党名が何の衒(てら)いもなく使われたことにこそ、一つの「絶望」がある。

 第二に、各種世論調査の結果が示すように、小沢新党に対する期待の度合いが誠に低いものでしかないという事実は、世の人々が「新党」と呼ばれるものに冷静な眼差(まなざ)しを向けるようになっていることを示している。世の人々は、もはや「新党」に無条件に快哉(かいさい)を叫ぶことはない。そこには、一つの微(かす)かな「希望」がある。

 そもそも、近代的な意味での政党は、単なる「議員の集まり」ではなく、然るべき綱領を持ち、相応の資金、人材、組織に裏付けられた結社に他ならない。小沢代表は英国に倣って、「政権交代可能な政治風土」の定着を模索したかもしれない。けれども、現下の英国の二大政党制を担う保守党は1830年代に前身のトーリー党から脱皮して以来、既に180年の歳月を刻んでいるし、労働党も結党から既に100年を経ている。

 ≪英国の政党の真価も知らず≫

 しかも、保守党180年の歳月の中では、「穀物法」廃止を手掛け自由貿易を推進したサー・ロバート・ピール、工場法制定に代表される労働者保護施策を断行した初代ビーコンズフィールド伯爵、英国の「帝国主義」拡張を加速させた第3代ソールズベリー侯爵といった19世紀の宰相が象徴するように、実際に展開された政策の「幅」は誠に広い。英国政治に関して参照すべきは、「党首討論」制度や「マニフェスト(政権公約)」選挙手法といった二大政党制に絡む表層よりは、こうした「時間の蓄積」に裏付けられた政党のありようであろう。

 新生党に始まり、新進党、自由党、民主党に至るまで、自ら属した政党を次々と創っては壊してきた小沢代表における政治上の「誤算」は、政党もまた「一つや二つの政策を断行するための便宜的な道具」ではなく、「地道に育成し維持しつつ次代に継承させる枠組み」に他ならないということに留意しなかったことにある。小沢代表は、「国民の生活が第一」結党に際して民主党の現状に対する不満を表明していたけれども、それならば、「鳩山由紀夫内閣期、小沢幹事長麾下(きか)の民主党は何をしたのか」と問われなければなるまい。そうした反省に裏付けられない小沢代表の「新党」結成や民主党批判は、説得力に乏しい。

 ところで、これに関連して注目すべきは、橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」の動向である。「大阪維新の会」の国政進出を期待する声は、結成以来、既成政党への不信の感情を反映しつつ高いものがある。しかし、橋下市長にとって、「大阪維新の会」の将来像とはどのようなものか。

≪維新の会は独CSU目指せ≫

 「大阪維新の会」は、その政党としての特質上、東北や九州の有権者に訴求できるとは考えにくいし、「維新」が何時(いつ)までも、「維新」であるはずはない。「大阪維新の会」の将来像に関する一つの考え方としては、ドイツ・バイエルン州におけるCSU(キリスト教社会同盟)に類する政党として育成することであろう。

 CSUは、ドイツの政権与党たるCDU(キリスト教民主同盟)とは姉妹関係にある。CSUは、バイエルン州外では活動しない一方で、州内では一時の例外を除き政治上の優位を保ち連邦議会でも1割弱の議席を確保している。

 橋下市長にとって、「大阪維新の会」が彼の政治上の野心を満たすための時限的な「踏み台」でないとするならば、CSUは、「大阪維新の会」が目指すべき地域政党としての「範型」となり得る。橋下市長が提唱する「道州制」導入が実現するならば、大阪を含む「関西州」に根を張る政治勢力の確立は、当然の要請になる。「大阪維新の会」が日本版CSUたり得るかという問いは、橋下市長における政治認識の視野と射程がどの程度のものであるかという問いに結び付いているのである。

 このように考えれば、日本の人々が現下の政治の「貧困」から抜け出す方途は根拠のない「新党」への幻想を払拭することにあるのであろう。政界再編を期待する「ガラガラポン」なる言葉は結局は、一つの政党の枠組みを壊す容易さとその枠組みを再び築く難儀さを心得ていない意味では、誠に無責任にして幼稚な願望を反映したものでしかないのであろう。

 一般国民は、現状に対する不満を吐露するだけのために「新党」に根拠のない期待を寄せ、政治家は「新党」運動に身を投ずることによって何らかの仕事をしたかのように錯覚する。こうしたことが続く限りは、日本政治の「劣化」のスパイラルは止まらない。(さくらだ じゅん)

日本本












『日本の防衛政策』(田村重信編著、内外出版)『日本の防衛法制』(田村重信他編著、内外出版)を出版しました。よろしく。

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2011年12月27日

民主党マニフェストの現状

カラオケ「天に向かって!」「日本を美しく!」(歌・田村重信)が、カラオケ(ウガ、ジョイサウンド)で唄えます。
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 民主党政権が誕生してから2年が経過したが、「国民との契約」として平成21年の衆院選の政権公約(マニフェスト)に掲げた重要政策は破綻(はたん)が目立っている。
 そのほとんどが国民への十分な説明もないままに取り下げられており、もはや政権の正統性自体が問われている。民主党マニフェストの現状をまとめた。


 子ども手当年度内廃止

 平成21年の衆院選マニフェストでは23年度から1人当たり「月額2万6000円を中学卒業まで支給」と謳っていた子ども手当。
しかし、民主党政権は早々に、財源問題から満額支給を断念し、支給額は1万3000円に減額。
23年8月4日に開かれた、わが党と公明、民主両党との幹事長・政調会長会談で現行の子ども手当を23年度内で廃止し、24年度からは自公政権時代の児童手当を復活・拡充することで合意した。
 民主党はその名称について、目玉政策が継続しているような印象を国民に与える思惑からか微修正にとどめ、「子どものための手当」とする案を12月15日の3党の政調会長会談で提示したが、わが党と公明党は拒否している。


 高速道路の無料化凍結

 次に、高速道路無料化も同様だ。マニフェストには22年度から段階的に進め、24年度からの完全実施が明記されていたものの、一部区間で行われていた社会実験が東日本大震災からの復興財源の確保を理由に、23年6月19日をもって凍結。
 8月9日の3党の幹事長による会談で24年度予算の概算要求に計上しないことを決定した。


 必要な財源捻出できず

 「ばらまき4K」以外の主要政策もほとんどが実現困難な情勢にある。
 マニフェストでは1.1兆円の財源を生み出す計算だった国家公務員の総人件費2割削減も、一向に目途は立っていない。政府が提出した国家公務員給与を削減する法案は、その見返りとして公務員の労働組合に団体交渉権を付与した上で2年後には引き下げ前の給与水準に戻す内容。これによって給与が公務員組合の団体交渉によって決まることになると、人件費の削減がさらに難しくなることが指摘されている。

 また、鳴り物入りで始まった「事業仕分け」など、無駄の排除によって「いくらでも出てくる」と強弁していた財源も、マニフェストに掲げた16.8兆円には遠く及ばなかった。その結果、菅直人前総理は「財源について、やや見通しの甘かった部分があった」と陳謝、野田佳彦総理もマニフェストには一切記載していなかった消費税の増税を打ち出すようになっている。


・ガソリン税の暫定税率の廃止
 
 ガソリン税の暫定税率の廃止、2.5兆円の減税を実施→24年度税制改正でも実現せず


・年金制度

 一元化で公正な年金制度創設のための法律を平成25年までに成立→「社会保障・税の一体改革成案」(平成23年7月1日閣議報告)に具体的な記述なし。

 年金通帳で消えない年金→年金通帳発行を断念。
 月額7万円の最低保障年金→最低年金の議論なし。


・後期高齢者医療制度の廃止

 後期高齢者医療制度の廃止→「社会保障・税の一体改革成案」に高齢者医療制度の見直し記述のみ。
 2013年度から新しい高齢者医療制度をスタート→廃止の有無、時期の記述なし。


・介護

 ヘルパーなどの給与を4万円引き上げ→「社会保障・税の一体改革成案」に引き上げの記述なし。


・天下りの根絶

 天下り、渡りの斡旋を全面的に禁止→郵政会社の人事で典型的な天下りを実施。現職出向を認め、事実上の天下りを容認。


・国家公務員人件費

 総人件費の2割(1.1兆円)を削減→メド立たず。


・公共事業

 八ッ場ダムは建設中止→建設継続を決定。


――というように「国民との契約」不履行。「自由民主」より

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民主党崩壊の序曲

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 年末、ついに民主党崩壊の序曲が鳴り出した。

 野田政権、鳩山・菅という戦後最低2代内閣の後を受けて登場。

 最初は、ドジョウだといって庶民受けを狙い、散髪も最初は1000円散髪に行き、庶民派をアピール。ところが最近は、銀座高級理髪店へとなった。

 野田政権の支持率も下がる一方、それも日経新聞(12月26日)の世論調査では、不支持が支持を大きく上回った。
 支持率36%(11月末より15%急落)、不支持53%(14%上昇)。支持が落ちる速度が速い。
 これでは、野田首相では選挙が戦えないとの動きが始まった。

 口先番長「前原氏 消費税は将来10%超も」
 また、消費税率15%に引き上げを=民主・仙谷氏(時事通信)といった報道で、小沢グループが反発。

 消費税に反対している小沢一郎元代表、鳩山由紀夫元首相らは、「マニフェストの原点に戻らなければいけない」とマニフェスト遵守を反対の根拠にしているが、なぜか、八ッ場ダムの建設再開には反対の声を上げない。

 早速、民主党の複数の衆院議員が、野田政権の消費増税方針に反発し、離党の意向を固めた。このうち、当選1回の斎藤恭紀氏(宮城2区)は同日午前、記者団に離党を表明するとともに、同党を除籍(除名)された松木謙公元農林水産政務官らと新党を結成する方向で調整していることを明らかにした。
 これに先立ち、中島政希衆院議員が24日、八ツ場ダム建設再開決定を批判し、党本部に離党届を提出。記者会見で「民主党への国民の信頼を裏切るものだ。この問題で変質した民主党はもはや民主党ではない」と述べており、今後は、これがどう連動するか。

 民主党マニフュストのいい加減さは、国民もマスコミも呆れかえっている。

 東京新聞社説(12月26日)では、「野田首相。政権が変わっても民主党のマニフェストは多くが空手形です。政治家の言葉が躍るばかりで成果はいっこうに見えてきません。」と。
 政治評論家の岩見隆夫氏もテレビで「マニフェスト政治の崩壊」と明言し、「信念も節度もゆるんでいる」と批判している。これは、民主党政治の崩壊を意味する。また、マニフェストにある民主党の政治主導も失敗し、今では完全な官僚主導となった。
 この原因は、民主党が素人政治家の集団であったからだ。


 外交でも、多くの問題が惹起している。
 普天間基地の迷走と韓国に媚びる民主党政権で、すでに解決済みのいわゆる従軍慰安婦問題も蒸し返しされてしまった。

 韓国の李明博大統領が17日来日、大阪市で開かれた在日韓国人との会合で「(元慰安婦が)生きている間に解決することが両国の未来のためになる」と発言。
 李明博大統領は18日の野田首相との会談では、ソウルの日本大使館前に元従軍慰安婦を象徴する少女像が設置されたことについて「日本政府がもう少し(慰安婦問題に)関心を見せてくれれば起こらなかった」と指摘。その上で「誠意ある措置がなければ第2、第3の像が建つ」と警告した。

 「ふざけるな!」と言いたくなるような発言だ。

 野田首相が間抜けなのは、街頭演説が得意ということで、19日昼、東京・JR新橋駅前の街頭で演説するために、官邸から出かけたが、北朝鮮の金正日死亡の報道で引き返すといった失態を演じた。
 その上、山岡国家公安委員長が地元の栃木県に戻っていたため北朝鮮の金正日総書記の死去報道を受けて19日に開かれた政府の安全保障会議に間に合わなかった。
この問題で、藤村官房長官は20日午前の記者会見で、山岡氏に事前に特別放送が行われるとの情報が届いていなかったことを明らかにした。これは、警察当局が事前に知らせたらその後の民間企業の式典挨拶の中で、得意になってこの情報を披露されたら困る(情報漏れ)という感覚が働いたのではないか?と思われる。
 問題大臣を抱えた警察庁が国家のための抵抗を示したのだろう。でなかったら、警察の権威が失墜していただろう。今回の事前連絡しなかったことで批判の動きが少ないのがその証明である。

 口先番長=前原政調会長も問題だ。
「建設中止か継続かで検証対象となっていた八ッ場ダム(群馬県長野原町)について、政府は建設継続の方向で最終調整に入った。政府関係者が17日明らかにした。」(読売)
 これに前原政調会長が「自分としては国交省の予算を認めない」と大反発した。
この前原政調会長発言に、群馬県の大沢知事が「許せない」と述べた。
 石原東京都知事も、「何様なんだ」「反対なら辞任せざるを得ない」と怒りの発言。
 でも、僕は、「彼は口先番長。腹がないから。辞めないね。」と思う。

 その後、前田国交相は22日午後、大沢・群馬県知事に電話し、建設を継続するとの方針を伝えた。県によると、前田国交相は同日夜、建設予定地の長野原町を訪れ、大沢知事や高山欣也町長らに建設継続を決めた経緯などを直接説明したとの報道。
 最終決着は、政府・民主三役会議が23日に開かれ、八ッ場ダムの建設再開を正式に決定した。
 これにより、民主党の09年衆院選マニフェスト(政権公約)の目玉公約だった八ッ場ダムの建設中止は正式に撤回されることになり、主要公約はことごとく未達成に追い込まれた。民主党マニフェスト出鱈目だったことがここでも証明された。

 口先番長の敗北!


 その後、前原政調会長が25日のフジテレビで、国家公務員削減に関し「分限免職(勤務実績がなどを理由に公務員を辞めさせる)を発動しなかったら国や地方がつぶれる」と述べた。また口先番長か?


 民主党政権の一枚看板の「仕分け」がその使命を終えようとしている。11月下旬に実施した提言型政策仕分けの「提言」は、24日に閣議決定された平成24年度予算案でことごとく黙殺される残念な結果。14日には民主党に行政改革調査会が設置された。仕分けの存在意義すらなくなりつつある。(産経)


 民主党は、政府と党の政策決定がうまく機能しない。
 これを解くカギはこうだ。

 なぜ、小沢一郎氏は民主党政調を廃止したか。
 それは、社会保障と税の一体改革をみても党内がまとまらない。また、八ッ場ダムの問題でも党政調会で、前原政調会長のような反対が出てどうにもならなくなるといったことだ。民主党には、前原政調会長のような自己中心・口先番長のような議員が多いから。民主党は野党で反対することが得意だが、与党として責任を持ってものごとをまとめることができないからだ。
 だから、小沢一郎氏は民主党政調を廃止した。それは復活したから混乱が激しくなったわけだ。


 普天間基地移設を巡る、政府と沖縄の関係も最悪となっている。
 防衛省は26日、米軍普天間飛行場の移転先とする名護市辺野古の環境影響評価(アセスメント)の評価書を、沖縄県の仲井真弘多知事宛てに郵送する手続きに入った。
今日(27日)にも県庁に届く見通しだが、沖縄の反対勢力の抵抗が凄い。
 県庁では県内移設に反対する市民団体が評価書提出を阻止しようと抗議活動を繰り広げていることから沖縄防衛局担当者による手渡しを断念し、民間の宅配便に依頼することになった。
 沖縄防衛局長が知事に直接会って説明もできず、ただ送りつけて済ませようとするなど『言語道断』であり、こんな対応は『前代未聞』だ。これでは、沖縄の地元感情のさらなる悪化することとなる。
 民主党の瑞慶覧長敏衆院議員(沖縄4区)が、提出された場合「沖縄県内は想定不可能な状況になる。県民集会も視野に入れ、徹底抗戦する」と述べていたが、野田政権は地元の民主党議員すら説得できないでいる。 


 次期代表候補の岡田氏もアウト!
 「青島顕の政治評論」『週刊金曜日』(2011、12,16)に

 自民政権時代の言い訳を盾に 
 大規模パーティを開く岡田氏
 「クリーン」の看板が泣きます

――との記事が載った。
 「岡田克也氏は外相時代、売り上げ1228万〜1406万円のパーティを4回開いていた」。 秘書は大規模でないから「前政権が決めた基準に基づけば、2000万円以上が『大規模』」と説明したとある。
 4回で軽く2000万円は超えるが?


 民主党の最大の問題は、外国人との関係だ。

 民主党は21日の両院議員懇談会で、党代表の任期を2年から3年に延長することや、日本国籍を持たない外国人には投票権を与えないことなどを盛り込んだ代表選規則の見直し案を了承した。
 しかし、サポーターの国籍は問わない。年2000円の会費も徴収することだ。
 民主党は、外国人の影響はOK政党だ。


 来年の小沢一郎邸の新年会は中止することとなった。
 すると、来年はいよいよ選挙があるかと?

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2011年12月01日

民主党の政治主導の失敗

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 国政運営のあり方について(石原信雄元内閣官房副長官)

 12月1日、自民党国土強靭化総合調査会

 今朝8時から、石原信雄元内閣官房副長官の話を聞いた。
 僕が日頃、講演で話していることを裏付けていただいた。
 総理官邸に、石原信雄氏や古川貞二郎氏といった能力のある事務の内閣官房副長官がいると政権は安定する。
 僕も、よく沖縄・普天間問題で官邸に出かけ古川貞二郎内閣官房副長官に直接、意見具申したことが懐かしく思い出された。

 今回は、石原信雄元内閣官房副長官講演メモを公開する。


〇民主党・政治主導で震災対応が遅れた

 民主党の政権は、最初は大きな期待があった。
 しかし、2年の実績は、期待を裏切った。
 
 基本的スタンスが問題。それは政治主導。
 民主党は、自民党は官僚に丸投げと批判。事務次官会議を廃止した。(マニフェストに明記)
 それには、大きな誤解があった。それが大きな障害となった。
 事務次官会議は、内閣制度の便宜としてあった。

 菅(直人)さんは、「閣議の前日に事務次官会議で決定し、それを閣議で決定するだけ」と批判。橋本内閣の厚生大臣で何をやっていたのかと思う。
 事務次官会議は、閣議前に、各省庁間で食い違いがあるかないかをチェックする。
 大臣決裁の後に、事務次官会議に上がってくる。最終決定は、政治家がしている。
 与党・自民党政務調査会(政調)で議論し、意見調整が済んだものが上がる。
 菅さんは、政治のチャックがないというが、事務次官会議は、各省庁間の意見の食い違いを調整するもの。

 民主党は、それを閣僚間で行うとなった。(省庁間の事務的な面も)
時間的に遅れてしまう。心配したように遅れてきている。

 民主党は、政務三役で全て決める。事務方は政策協議に入れない。

 これが震災後の対応(時間との勝負)で、遅れた原因。


〇地方の戸惑い

 地方からの要望・意見を役所レベルで受けてはならない。幹事長、政治レベルで受けると通達を出した。
 地方は大きな戸惑い。
 地方の第一線の人々は、所管の省庁に連絡している。世の中の変化にどう対応するかも分かる。それを窓口の担当者がわからなくなる。地方は戸惑っている。
 地方の民主党支部に聞いても「分からない」との答え。

 民主党は、役人は一切、制度論にタッチしてはいけない。行政が停滞する。役人は、政策の改革意見を発表してはならないと。

 政治家が選挙などで国民の声をくみ上げるのと行政は違う。役人が所管の意見を外部に述べることを禁止するのはマイナス。
 これが大きな弊害をもたらしている。


〇普天間の鳩山発言
 
 普天間基地移設は、橋本首相が始まり。歴代内閣が苦労してきた。
 名護市長が了承。知事も、依存がないと。

 鳩山首相は、外務・防衛からレクチャーを受けた形跡がない。
 「県外、国外」となった。
 大変な苦労で積み上げたものが、一言でダメになった。
 その後、前言をひるがえした。

 何を信頼していいか?不信感が大きくなった。

 政治主導がいかに危ういか。


〇菅首相、尖閣諸島沖の中国漁船問題。

 決着の読みがなく、領海に入って捕まえて裁判だと。
 中国側とぬきさしならない状況となり、地元の検察の高度な判断となった。 
 政権トップと現場の意見交換がない。

 自民党時代でもトラブルがあった。
 事態が深刻にならないように、主権は守るとの立場で処理した。

 政府内で意見調整ない。


〇復興・復旧の遅れ

 目に余るものがある。
 第3次補正予算が成立したが、8カ月過ぎた。大幅な遅れ。
 政権と行政がうまく行ってない表れ。
 憂うるべきこと。


〇野田首相

 鳩山・菅両首相のやり方はまずいと、官僚組織を利用するようになったが。
 官僚は、今まで、自分たちは何のためにある?絶望感、熱意を失っていた。


〇TPP交渉
 
 日米構造協議、ガット・ウルグァイラウンドあった。
 わが国に最善なことをやってきた。交渉に携わる事務方の人間関係が重要。
日米構造協議、6つの分野の問題をクリアーした。最高方針は政権で決める。
 最善の道を探るには、カウンターパートとの長い間の信頼関係があった。

 日米構造協議では、
 有馬氏とホワイトハウス、ハーバード大学の関係
 きわどい議論、ふっかけてくる話、どこまで頑張るかの見極め。

 ガット・ウルグァイラウンドでは、
 塩飽氏(農水省)と米農務省との個人的信頼関係
 コメを国内で自給(国会決議)など。
 部分的輸入で決着となった。

 TPP交渉、わが国にとって大きなダメージを受ける結論はダメ。
 粘り強い外交交渉が重要。専門分野の役人は育っているか?それをどう使うか?
 政治家がその時、担当になっただけでは上手くいかない。
 交渉担当者が十分に活躍できるように、政と官のコンビの信頼関係が大事。


〇自民党の方がはるかに政治主導だった。

 税と社会保障の一体化改革がある。段階的に10%に引き上げる。
 竹下内閣(消費税)、大平内閣、中曽根内閣(売上税)と。
 政・官一体となってやらないと上手く行かない。

 新しい税を作ったり、増税には政治家だけではできない。官僚をフルに活用しないと。

 民主党は、自民党を官僚に丸投げと批判し、自分は政治主導と。

 自民党の方がはるかにいい意味で政治主導だった。上手く機能していた。

 各省レベルでは、行政の執行を行う。
 大きな問題は、自民党政調の部会の議員と意見調整しながら決める。省議で決める時には、自民党の関係部会と調整が並行して進められる。
 調整がつかなければ事務次官会議にはかけない。自民党の政調審議会、総務会をクリアしないとダメ。

 菅さんの認識は当たっていない。

 自民党は、実質決定は党がやっていた。

 税制改正は、具体の制度設計など党で決めていた。

 民主党は、党と政府の関係がハッキリしない。

 自民党税調が最終決定機関だった。


 民主党の改革は、前進でなく後退だ。
 内閣の運営も疑問。

 阪神大震災対応で、村山内閣は、重要な政策決定は自民のリーダーシップが強く働いた。
 震災3日後に小里貞利さんが震災担当大臣に任命、権限を集中。現地で決めて、後で予算措置をした。スピーデイに決めた。

 決定的に違うのは、震災(3月11日)後、松本担当大臣の任命が6月23日、その後、平野担当大臣が7月5日。
 内閣の運営の基本が問題。
 総理は方針を決める。
実際の政策運営は、各省の主任の担当大臣が行う。

 ところが、菅総理が浜岡原発を止める。玄海原発も海江田大臣との関係が可笑しかった。

 復興構想会議について、菅さんから意見を聞かれた。
 その時「少人数で、行政の分かる人が必要」と。
 実際は、実務経験のない人、大人数になった。


〇民主党マニフェストの問題点

 子ども手当てなど支出は詳しく、その財源は抽象的で、予算の200兆の無駄を省けば一割は出てくると。歳入確保、これが根本問題になっている。実現可能性がない。

 歳出はハッキリ、歳入もハッキリしないと。
 まやかしのマニフェストはやって欲しくない。

 コンクリートから人へも問題だ。
 生活保護が200万人、働ける人に職がない。
 雇用を増やすように、公共投資、企業の活性化など。
 お金をバラマク、それっきりで終わる。
 雇用を増やす政策が大事。

(文責、田村)

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2011年02月23日

菅氏と小沢氏が喧嘩したら民主党は分裂する

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 22日の民主党常任幹事会で小沢一郎元代表の処分について、「判決が確定するまでの党員資格停止」と正式決定した。

 いよいよ、民主党内の菅総理と小沢氏の暗闘が始まった。

 これについては、他のマスコミ、ブログに詳しいのでご覧いただきたい。


 僕は、民主党が政権交代できたのは、民主党代表の菅直人氏と自由党党首の小沢一郎氏がリーダーシップを発揮し、「政策無視の民主・自由合併」を平成15年(2003年)に行ったことが発端だと思っている。

 この2人が喧嘩し、別れれば、民主党の分裂になる。


 当時のことは、『なぜか誰も書かなかった民主党研究』(成甲書房)の冒頭にある。以下、掲載する。



 民主・自由の合併に新聞各紙が大批判


 平成15年(03年)7月23日夜、民主党代表の菅直人氏と自由党党首の小沢一郎氏が会談し、9月末までに両党が合併することで基本合意し、合意文書に署名した。そして、テレビ朝日の「ニュースステーション」に出演した。

 党内了承は翌日の24日である。

 政党の合併とは、選挙区事情も含め両党に所属する国会議員の身分に関わる重大なことであり、これを党首が唐突に合意し、テレビ出演後に党内了承を得るというのは、両党に所属する国会議員がいかに軽んじられていたかがわかる。

 また、手続きが民主的であったかが問われる。

 こうした動きに、翌日の新聞各紙の社説は、「政策置き去り『新党』への疑問」(読売新聞)、「理念みえない『泥縄』手法」(産経新聞)、「小沢一郎の結末」(朝日新聞)など手厳しい批判を浴びせている。

 社説の批判は当然である。

 両党首は日頃から、「政党は理念と政策が命」「政党の合併には、政策合意が最も重要で、そうでないのは野合だ」と言っていたことを、今回は見事に裏切ったからだ。

 今回の合併理由は、表向きには政権交代と言いながら、実際は、両党の国会議員が選挙で生き残るための政党合併で、自由党が民主党に吸収する形で、国会議員が選挙で生き残るための手段であったとしか思えない。

 だから、マスコミは今回、「国民に常に言っていたこと(公約)を破った」として当然の批判をしているわけである。

 最近は、政権公約(マニフェスト)や選挙公約を大事にしよう、国民に言ったことは守るべきだという動きがある。これは、政治の復権と国民からの信頼回復が重要ということから起こっている。

 しかし、今回の民主・自由の合併は、政策合意抜きという、国民を欺く行為であり、両党議員が自らの身分保持だけにきゅうきゅうとし、国家・国民のことを全く考えない行動であった。


 平成14年(02年)9月23日に行われた民主党代表選挙で、現職の鳩山由紀夫氏が再選。しかし、代表選挙への立候補を断念し、旧民社党系の支持を鳩山氏に寄せた中野寛成氏を幹事長に起用したことが、党内から「露骨な論功行賞人事だ」との批判を浴び、さらに、10月27日に行われた衆議院議員、参議院議員統一補欠選挙で惨敗するなど、鳩山氏は、再選直後から厳しい批判にさらされた。

 復活を狙った鳩山氏は、野党共闘を目指し、自由党、社民党、無所属の会との新党結成に向け動き出した。しかし、党内での審議を経ないまま、唐突に行動した鳩山氏に対し、批判が噴出。

 結局、辞任に追い込まれた。
 民主・自由合併は、それから半年後のことであった。


 今回、民主党が自由党を吸収する形で合併したことは、基本合意「民主、自由両党の合併に関する合意書」に現れている。



      民主、自由両党の合併に関する合意書


 日本は経済、政治、社会のあらゆる分野で弱体化し、進むべき方向性を見失っている。その最大の原因は、政治が真の意味での指導性を発揮していないことにある。今日の自民・公明連立の小泉政権に真の指導性を期待することができないことは、この2年間の小泉政治を見れば誰の目にも明らかである。日本再生のためには、自民党内の総理交代ではなく、政権与党と総理を替える本格的政権交代が何よりも急務である。
 平成五年の細川政治改革政権により、政権交代可能な小選挙区中心の選挙制度が導入されたが、その後の二度の総選挙では野党間の選挙協力体制が構築できず、政権交代は実現していない。「仏作って魂入れず」の状態にある。よって両党は「小異を残して大同につく」覚悟で、左記のように合併することで合意した。

             記

一、民主、自由両党は平成十五年九月末日までに合併する。
二、両党合併に伴う存続政党は民主党とし、現在の自由党は合併と同時に解散する。
三、合併後の新政党の代表は民主党の菅直人代表とし、新政党の運営は現在の民主党執行部によって行う。
四、合併後の新政党の規約、政策、マニフェスト等は、現在の民主党のものを継承する。
五、総選挙の候補者調整及び擁立は、平成十五年九月の両党合併までに完了させる。なおその際、小選挙区の候補者調整については、前回小選挙区で当選した者及び比例区との重複立候補で当選した者のうち、惜敗率の高い者を優先することを原則とする。
六、両党の合併を円滑に実現するために、両党は速やかに両党幹事長を責任者とする「合併準備委員会」を設置し、合併準備を進める。

                        平成十五年七月二十三日
                         民主党代表 菅 直人
                         自由党党首 小沢一郎



 ちなみに、東京都知事の石原慎太郎氏も、民主党と自由党の合併に関して小沢一郎を痛烈に批判している。

 以下は、毎日新聞と産経新聞の関連記事を抜粋したものである。

「政治家として小沢氏認めぬ」(毎日新聞、平成15年7月25日)

 石原都知事は24日、民主党と自由党の合併に触れ、「(小沢一郎自由党党首が入ることで)民主党が分裂する一つの大きなモーメント(きっかけ)になるんじゃないかと思う」と述べた。
 さらに、「私は小沢一郎という人に非常に疑義を感じている」と指摘。小沢氏が幹事長時代に取り組んだ一連の政策を取り上げ「夜はクマしか通らない高速道路があちこちにできたりとか、結局、日本の経済はガタガタになった。私は政治家として彼は認めません。非常に危険な政治家だな」と強い口調で批判した。菅直人・民主党代表についても「たぶん危険な要因をはらむことになると思う」と述べた。


「国民の支持得られない」(産経新聞、平成十五年七月二十五日)

 民主党と自由党の合併について、「手だてを選ばないということなら、国民は納得しない」と述べ、国民の支持は得られないとの考えを示した。
 そのうえで小沢一郎自由党党首について「政治家として彼を認めない」と批判。「(菅直人民主党代表は)それを覚悟で数をそろえるために合併したのかもしれないけど、民主党は危険な要因をはらむことになるし、分裂の大きなモーメント(契機)になると思う」と述べた。



 小沢氏「理念、政策の一致なき連合は野合」と主張していたが


 平成6年12月10日、「自民党に代わり政権を担いうる政党」を目指して結成された新進党は、「寄り合い所帯」の域を脱せず、政権が遠のき、選挙の展望が開けなくなった時点で命運が尽きて、平成9年12月27日、解党した。

 「政策」、「理念」よりも「政権」、「選挙」を重視したことが、新進党の内紛を宿命付けた。新進党が、当時の連立内閣である「自社さ政権」に浴びせた「理念なき野合政権」の批判は、そのまま自らの身に降りかかったのである。

 新進党解党に先立ち、党勢不振の責任を問い新進党党首選挙に立候補した鹿野道彦氏は、「野党勢力の結集」を主張したが、小沢氏は、「理念、政策の一致のない連合は、野合」と一蹴した。

 党首選挙で辛うじて再選された小沢氏は、「純血路線」を推し進め、突如として新進党を解党し、「政策、理念の一致」を目指して「自由党」を結成した。

 民主・自由合併の際、民主党は、「民主党、自由党は政策不在の野合」との批判に対し、「自民党と公明党の間にも公約の食違いがある」と反論したが、そのような反論は、自らの矛盾を棚上げし、他に転化しようとする無責任な態度と言わざるを得ない。

 政党が独自の政策を持ち、異なる公約を掲げるのは当然であって、自民党と公明党は、そのような前提に立ちながらも、連立政権を樹立する際、入念な政策協議を行ない、政策合意の上に立って連立政権合意を交わしたのだ。

 平成11年10月4日、自民党、自由党、公明党による連立政権樹立の際も、「三党連立政権、政治・政策課題合意書」(経済、社会保障、安全保障、政治行政改革、教育・環境、その他の重要事項)を確認した上で、「三党連立政権合意書」に調印。その後、「自民・公明・保守連立政権」、「自民・公明・保守新連立政権」へと推移するなか、政策の継続性を念頭に置きつつも、新たな政策課題を追加しながら、その都度、政策合意を行なった上で連立政権を樹立、運営してきた。

 民主党と自由党は、一つの政党になろうとする場合であって、連立の場合以上に両者の政策の一致が必要なのにも関わらず、党内議論のないままに、「合併後の新政党の規約、マニフェスト等は、現在の民主党のものを継承する」という形で、自由党が自らの政策を捨て去って国会議員が選挙で生き残るために、民主党に吸収される道を選択したわけである。

 合流を決定する前の政策協議は一切行なわれなかった。

 これでは、政策をないがしろにし、「選挙目当て」、「政権欲しさ」が先に立った「政策不在の野合」と批判されても仕方がないことだ。

shige_tamura at 12:01|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!

2011年02月22日

民主党とはどんな政党か?

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 最近、民主党という政党について関心が高まっている。

 僕は、民主党ウオッチャーとして、『なぜか誰も書かなかった民主党研究』『民主党はなぜ、頼りないのか』(成甲書房)の2冊の本を出した。
 
 当時は、民主党に人気がなく、僕の本にそれほど関心が高まらなかったが、今、読み返してみると、民主党の本質は何ら変わっていない。

 そこで、新たな『民主党研究』として、2冊の本の中から、今でも重要と思われる個所を改めて掲載・連載する。



 『なぜか誰も書かなかった民主党研究』(2005年6月)
 はじめに(若干加筆)より


 最近、「民主党は何を考えているの?」、「民主党の政策がわからない」といった質問が多く聞かれる。

 確かに民主党は選挙で「イラクへの自衛隊派遣反対」「政府の年金改革反対」とは言うが、「これが民主党の考えです」というのがハッキリ伝わってこない。

 例えば、今、憲法改正論議が活発に行なわれている。自民党は今年(05年)11月の立党五〇周年には「憲法改正草案」を発表することになっているのに、野党のチャレンジャーであるはずの民主党は、何と「来年出します」と言うのだ。

 自民党の改正案を見てから検討するというのだから、「後だしジャンケン」である。 自民党の答えを見た後で出すのだから、「きっと自民党より良い案がでることでしょう」、そう皮肉られても仕方がない。

 どうして、憲法や安全保障の議論になると民主党は明確な答えを出すのを先送りするのか。それは、民主党という政党が抱えている構造的な問題に起因するからである。

 民主党の議員を見ると、岡田克也、小沢一郎、鳩山由紀夫といった自民党出身者と、横路孝弘、仙谷由人、千葉景子といった社会党出身者が混在している。

 かつての五五年体制で争っていた「水と油」の違いほどある政党が一緒になったのだから、憲法や安全保障政策が今日までまとまらず、いつも「現在、検討・議論中」ということになるのは当たり前のことで何ら不思議ではない。

 そんな民主党でも、メディアは「二大政党時代の到来」と声高に叫び、今にも政権交代が起きそうな雰囲気をかもし出す。
 記憶に新しい平成15年(03年)11月の第四三回衆議院議員選挙を振り返ってみよう。

 投開票日の直前、あるテレビ局が、民主党の「次の内閣」の閣僚名簿発表のニュースと称し、一政党の政策をPRする内容の番組を放送した。選挙期間中という状況に鑑みれば、明らかにバランスを欠いていた報道であった。
 そして迎えた投開票日。

 出口調査で、獲得議席数205と予測していた番組では、キャスターが、200を目標に掲げていた当時の民主党代表の菅直人氏に対し、「今日は民主党の記念日になりましたね」と祝福。

 一方、自民党幹事長であった安倍晋三氏には、敗北責任を促す「メッセージ」をぶつけた。
 しかし、結果は、自民党237議席、民主党177議席と、自民党が民主党を大きく引き離し、公明党を含め、安定多数を確保した。

 同じような偏向報道は、平成16年(04年)7月の第19回参議院議員選挙でも見られた。

 投開票日当日、各メディアは、「自民党敗北、民主党躍進」と報じ、番組に出演しているコメンテーターたちは、嬉しそうな顔付きで、小泉純一郎首相や自民党を批判。同時に、民主党に加担した持論を展開していた。

 確かに自民党は、改選議席数を1議席減らした。しかし、与党全体では、非改選議席数を含め過半数を維持。僅か1議席減らしただけでも自民党は「敗北」、一方、過半数には達せずとも、改選議席数を上回れば民主党は「躍進」と表現する。

 日本のメディアは余りに客観性に欠けている。

 最近は、書店に行けば、「小泉政治の正体−真の改革者か稀代のペテン師か」、「改革はなぜ進まないか―小泉政権批判論」、「『小泉改革』に異議あり―そのネライとホンネ大研究」「自民党を倒せば日本は良くなる」、「リコール!小泉鈍一郎―あの米国を想い、この属国を創る」と小泉首相や自民党を批判する書籍がズラリと並ぶ。週刊誌や論壇誌でも、目を覆いたくなるようなスキャンダルネタが紙面を飾る。

 自民党、民主党の二大政党制が叫ばれる中、このような「反『自民』」、「親『民主』」というムードは、極めて不公平であり、一方的な情報だけでは国民の冷静な判断が狂ってしまう。

 自民党は、今年(05年)11月に立党五〇周年を迎える。
 平成5年(93年)8月に野党に転落するも僅か11ヵ月で与党に復帰した。常に政権の座を維持しながら、敗戦で混乱状況にあった日本を復活させ、経済成長の牽引役を担い、世界に名だたる大国を築き上げた。

 最近のメディアの報道は、こうした歴史的事実に基づく功績は一切評価せず、一方的に自民党に対し、誹謗中傷、罵詈雑言を浴びせることが多い。
 あまりフェアではない。

 1993年に自民党が野党に転落し、細川連立政権ができた。
 細川護熙氏はその前に日本新党を作り、この時代、新生党、新党さきがけ、新進党といった「新しい」という文字を付けた政党が登場し、新党ブームが起きたことは記憶に新しい。また、保守党も保守新党に名前を変えた。

 日本人は、「新しい」という言葉が好きで、「古い」という言葉を嫌う性向が強いようだ。
 しかし今、これらの「新しい」と名前の付いた政党はすべて消滅してしまった。「新しい」ものは、一時的には人々の関心を引き注目されるが、時間が経つと飽きられてしまうことが多い。現在では「新しい」と付く名前の政党は存在しない。

 一時のブームに惑わされると後で大変なことになり、迷惑するのは国民である。

 こうした想いが本書の上梓につながったのである。(略)




 「寄り合い所帯」の現実』(『民主党はなぜ、頼りないのか』より)


(一) 民主党は「ビビンバ政党」

 チジミ、キムチ、プルコギに並ぶ、韓国料理の定番と言えば、「ビビンバ」。「ビビン」は「混ぜる」、「バ」は「ご飯」を意味する。
 モヤシ、ホウレン草、ワラビ、ゼンマイ、キムチ、甘く煮たミンチ肉などの食材を、炒り卵が入ったご飯に乗せ、コチュジャンをかけて、スプーンでかき混ぜる。
 ビビンバは、混ぜれば混ぜるほど美味しい。しかし、混ぜれば混ぜるほど、その「味」が複雑になる政党がある。
 それが民主党だ。

 韓国の「東亜日報」(2005年8月10日)は、「『小泉政変』日本はどこへ行くのか」と題する社説の中で、民主党について、「小沢一郎のような自民党本流出身の保守が民主党におり、安保政策ではタカ派傾向の前原誠司のような人物が正面に浮上する」と指摘。

 同じく韓国の中央日報(2005年12月13日)も、日本の憲法改正への動きに関するコラムの中で、「もし両党(自民党と民主党)の『大連立』が実現すれば社民党、共産党など革新系少数政党だけが野党として残ることになる。事実上、野党の失踪だ」と述べた上で、「昔の社会党や市民活動家出身などが混ざった『ビビンバ政党』である民主党」と揶揄し、小泉首相は民主党を「揺さぶって保守派議員を引き抜いて来るとか、左右分裂を誘導すれば良いのだ」と述べている。

 さすがビビンバの本場、韓国である。

 民主党は、自民党の一部、旧社会党右派及び左派の一部、旧民社党、旧新党さきがけ、旧社民連、旧自由党など、さまざまな「具」が交じり合ってできた「ビビンバ政党」だ。
 そのため、イデオロギーの違う面々が同居し、憲法、外交、防衛政策に大きな開きがあるのだ。



(二) 国家観にバラつき

 ここで民主党の国家観を探る上での貴重なバロメーターでもあった1999年の内閣提出による「国旗及び国歌法案」の採決を思い出してみよう。

 採決前の衆議院本会議で、民主党は、国旗のみを法制化する修正案を提出。その趣旨説明で、鳩山由紀夫氏は、「君が代については歴史観や世代間で様々な意見があり、慎重論が増えている」と述べた。

 ところが民主党は、修正案が否決されると、驚くことに「内閣提出の法案については自主投票」としたのだ。

 政党として修正案を提出するということは、すなわち内閣提出の法案に反対の意思表示したことになる。

 したがって、自主投票にするならば、最初から修正案を出さずに、内閣提出の法案についての賛否だけを問えばよかった。民主党の行動は、時間の無駄としか言いようがなかった。

 そして採決。

 民主党は賛成と反対が「真っ二つ」。賛成45名、反対46名に分かれた。

 計ったような数字。

 民主党の内部対立の姿を浮き彫りにした。

 なお、全体の結果は、賛成403票、反対86票、欠席10名、欠員1名だった。

 イギリスの思想家で政治家でもあったエドマンド・バークは、政党を「ある特定の主義や原理が一致している人々が、その主義や原理に基づいて、国民的利益を増進させるために協力すべく結ばれた集団」と定義している。

 つまり、このバークの定義に則して述べるなら、党としての意思統一、決定を図ることができない民主党は、政党としての体を成していないと言える。

 ちなみに、衆議院本会議における国旗及び国歌法案への民主党議員たちの投票行動は次の通りである。

 賛成者(45名)は、安住淳、伊藤英成、石井一、上田清司、岡田克也、奥田建、鹿野道彦、鍵田節哉、川内博史、川端達夫、神田厚、北橋健治、熊谷弘、玄葉光一郎、木幡弘道、古賀一成、今田保典、佐藤敬夫、島聡、島津尚純、城島正光、仙谷由人、田中慶秋、田中甲、高木義明、玉置一弥、樽床伸二、中川正春、中野寛成、中山義活、永井英慈、羽田孜、畑英次郎、鳩山由紀夫、平野博文、藤田幸久、藤村修、古川元久、堀込征雄、前田武志、松崎公昭、松沢成文、吉田治、吉田公一、渡辺周各氏。


 反対者(46名)は、赤松広隆、伊藤忠治、家西悟、池田元久、池端清一、石毛子、石橋大吉、岩國哲人、岩田順介、上原康助、生万幸夫、枝野幸男、小沢鋭仁、大畠章宏、海江田万里、金田誠一、河村たかし、菅直人、北村哲男、桑原豊、小平忠正、小林守、五島正規、近藤昭一、佐々木秀典、佐藤謙一郎、坂上富男、末松義規、辻一彦、土肥隆一、中桐伸五、中沢健次、葉山峻、鉢呂吉雄、原口一博、日野市朗、肥田美代子、福岡宗也、細川律夫、前原誠司、松本惟子、松本龍、山元勉、山本譲司、山本孝史、横路孝弘各氏。

 そして欠席者は石井紘基氏一名であった。

 一方、参議院。こちらも真っ二つだった。

 賛成者(20人)は、足立良平、浅尾慶一郎、石田美栄、今泉昭、海野徹、江本孟紀、北澤俊美、小林元、小山峰男、佐藤雄平 、寺崎昭久、直嶋正行、長谷川清、平田健二、広中和歌子、本田良一、松田岩夫、柳田稔、吉田之久、和田洋子各氏。


 反対者(31人)は、朝日俊弘、伊藤基隆、今井澄、江田五月、小川勝也、小川敏夫、岡崎トミ子、川橋幸子、久保亘、郡司彰、小宮山洋子、輿石東、佐藤泰介、齋藤勁、櫻井充、笹野貞子、高嶋良充、竹村泰子、谷林正昭、千葉景子、角田義一、福山哲郎、堀利和、前川忠夫、松崎俊久、円より子、峰崎直樹、本岡昭次、簗瀬進、山下八洲夫、藁科滿治各氏。

 棄権したのは、勝木健司、木俣佳丈、内藤正光、藤井俊男、松前達郎各氏の5名であった。

 以上の結果からわかることは、民主党に所属する国会議員の国家観を分けるなら、賛成者は右系で、反対者は左系ということになる。

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