本の紹介
2008年06月18日
政治家の覚悟 国民の覚悟(後藤田正純著 扶桑社)より
僕は、今から約15年前(1994年)、後藤田正晴元副総理のもとで「党基本問題調査会」の事務局を担当した。内容は、党の理念、綱領などの基本方針の見直しなどであった。その時、一番、印象に残ったのは、僕が後藤田会長に「最近の憲法論議」についてレクチャーしたことだった。その際に小沢調査会の集団安全保障と憲法の関連などもあった。
なぜ、良く憶えているかというと、
その日は酷い二日酔いだったからだ。
衆議院議員 後藤田正純氏は、後藤田正晴元副総理の後継者である。
こう考えてみると、僕も「古くなったな」という気がする。
その後藤田正純氏の「政治家の覚悟 国民の覚悟」(衆議院議員 後藤田正純著 扶桑社)を書店で買って読んだ。
一読して、政治センスの良さ、現代の日本の状況をどう打開するかが書かれていると思った。
その中で、役に立つ数字がいくつかでき来たので参考に記してみた。
「2006年、民間企業で働く人が1年間に得た平均給与は435万円。前年よりも2万円減っている。年収1000万円以上の人は9万5000人増えているが、300万円以下の人は約50万人も増加しているのだ。」
「一番難しいのは、日本の全従業員の約7割を占める中小企業の給料アップである。」
「GDPは世界第二なのに、最低賃金は先進国中最下位の日本」
「2006年まではアメリカが611円で最下位だった。ちなみに日本は673円。たいしてイギリスは1190円、フランスは1238円と、日本の倍近くである。2007年には、アメリカで最低賃金が694円と、一気に83円も引き上げられたので、日本は最下位に転落してしまった。」
「1秒34万円の借金大国に、誰もが見て見ぬフリ」
「日本の債務残高は、GDPに対して(対名目GDP比)148%以上、OECD加盟国平均が77%だから、ダントツの借金率である。」
こうした数字をいかに好転させるかが政治家の役割である。
本は、後藤田氏の政治家としての強い意気込みが感じられる。
是非ともご一読を!
2008年06月06日
2008年05月23日
カーブボール(ボブ・ドローギン著 田村源二訳 産経新聞出版)

「カーブボール‐スパイと、嘘と、戦争を起こしたペテン師」(ボブ・ドローギン著 田村源二訳 産経新聞出版)というすごい本が出版された。
これは、CIAも間違った情報を上げて、これがイラク戦争の引き金になったというものだ。
内容は、
『カーブボール』は亡命イラク人のコードネーム。
彼は亡命先のドイツの連邦情報局に「イラクでトレーラー型の移動式生物兵器の開発・製造にかかわった」とのにせ情報を提供する。情報はドイツ連邦情報局から米中央情報局の手に渡り、そこでは疑問符が付けられていたが、ホワイトハウスは確実な情報として捉え戦争に突入する。情報の虚偽が判明したのは開戦後である。
以下、これはという個所を抜粋した。
ブッシュはケイに、PDB(大統領日報)をどう思うかと訊いた。
これはむずかしい問題だった。
毎朝七時三十分に、CIAの特別報告官がホワイトハウスまたは大統領の他の場所におもむき、価値ある最新情報を伝え、注意・警戒すべき点について説明することになっていた。
その内容はCIAが前の晩に大人数で作成する。
PDBはアメリカの全情報機関が収集した情報を総合し、煮詰めたもので、国家最高司令官とその側近たちに知らせる、もっとも重要な秘密なのだ。
クリントン大統領は、六ページかそこいらの報告書を自分で読んだ方が早いと考え、口頭による報告を避けることが多かった。
ところがブッシュは人から直接報告を受けるほうが好きで、テネットは毎朝大統領に会いに行く初めてのCIA長官になった。
彼はこれをジョージタウン大学でのスピーチで自慢さえした。
「アメリカ合衆国大統領は、一週間に六日、つまり毎日、わたしに会います・・・大統領は、わたしというひとりの人間、全情報機関の統括者から情報を得ているのだと、みなさんにはっきりと申し上げることができます」ホワイトハウスのスタッフのなかには、このテネットの見苦しい自慢に苛立ちをおぼえた者もいた。
ケイが大統領との昼食の席でPDBについて指摘した問題点は、長期的な戦略的目標や計画ではなく、短期的な日々の状況変化に焦点を合わせて作成されているという点だった。
「そのため極秘のCNNのようになってしまいます」とケイは大統領に言った。
「具体的に説明してくれ」ブッシュは詳しい説明をうながした。
そこでケイは言った。
PDBを作成しなければならないということが、CIAや他の情報機関の情報収集の方向を決めてしまうのです。
その逆ではありません。
だからシステムが狂ってしまったのです。
それに、毎朝ジョージ・テネットがPDBに立ち会うということと、たえずホワイトハウスの要請に応えようとする彼の姿勢によって、どうということのない情報まで重要で緊急性があるかのように歪められ、大げさに伝えられてしまうのです。
「大統領がPDBの何かに関心を示されたら、それに関する情報が毎週伝えられることになります」とケイはブッシュに言った。
ブッシュはびっくりしたようだった。何かピンときたことがあったのだ。彼はチェイニーのほうを向いて、うなずいた。
「それでモザンビークのSOB(クソ野郎)の報告がしつこく上がってきたのか」大統領はニヤッと笑った。
イラク社会の腐敗ぶりについてライスから質問があった。
イラク全体が闇市場になり、やくざ者が支配するギャング国家になったのは、国連の制裁のせいだということを、ケイは説明した。
そして、イラクの兵器科学者たちは、開発計画が停滞しているのを認めるのが怖くて、あらゆるレベルで嘘をついていた、ともケイは言った。
「ですから、彼らは宮殿が聞きたがっていることを報告していたわけです」とケイは言った。
テネットもホワイトハウスで同じことをしていたことになる、とケイはふっと思った。
CIA長官は疑いがあるということを大統領と議会に認める勇気がなかったのだ、とケイは思った。
なぜ友好国の多くの情報機関までサダムの兵器開発計画について誤った判断を下してしまったのか、とカードが訊いた。
「だれもが同じ捏造情報を循環させ、それが別の捏造情報の裏付けになると考えてしまったのです」とケイは答えた。
ケイはイギリス、イスラエルをはじめとする友好国のスパイ機関の問題点を列挙した。
そして、自分の意見では、情報収集がいちばんうまいのは、たぶん中国ではないかと思います、と言った。
疑われずに運営できる偽装会社を設立して情報収集にあたる、という彼らのやりかたは実に巧みです。
「たしかに、あそこは我が国のテクノロジーを盗むのがおそろしくうまいな」ブッシュが声をあげた。
「何がいけなかったんだね?」とブッシュは訊いた。
「なぜ我々はこれほどの間違いをおかしてしまったのか?」
簡単な情報収集技術、基本的分析、CIA上層部の指導力という点で、想像を絶する失敗があったのです、とケイは言った。
わたしたちイラク調査団が、それを暴露したのです。
その詳細は極秘ですので、この不祥事を公にすることはしませんでした。
CIAは戦争前、もっとも憂慮すべきことのひとつとして、<カーブボール>と呼ばれるたったひとりのイラク人情報源に全面的に頼る情報を押し出しました、とケイは大統領に言った。
ところがCIAは、戦前にその男に直接尋問したことがなかったのです。
彼自身を入念に審査することも、彼の情報の裏をとることも、まったくしませんでした。
それなのにコリン・パウエルは国連で<カーブボール>のトラックを強調してしまいました。
大統領ご自身も、一般教書演説で彼の情報を引用されました。
大統領が大量破壊兵器を見つけたと発表されたのも、彼の情報によってでした。
しかし、<カーブボール>は嘘つき、ペテン師、とんでもない情報捏造者だったのです、とケイは言った。
移動式生物兵器製造施設が存在したことなど、いちどもないのです。
アメリカ合衆国は蜃気楼を追って戦争をはじめたのです。
大統領は何の反応も示さなかった。関連質問をすることもなかった。ブッシュはすでに<カーブボール>のことを知っているのだ、とケイは悟った。
2008年05月09日
世界地図でわかる日本国憲法(監修 西 修 駒沢大学教授 講談社)
「世界地図でわかる日本国憲法」(監修 西 修 駒沢大学教授、講談社)が、西先生から送られてきました。これは、面白い本である。さすが、西先生らしい、極めてわかりやすい。
憲法が身近になります。是非ともご一読を!
項目で、いくつかひろってみた。
「世界各国の自由度を考える」
「憲法改正は世界の常識!」
「日本だけが、平和主義なのか?」
「選挙権は何歳からがいいのか?」
「選挙に行かないとペナルティがある」
「憲法に環境条項が必要ではないか?」
「憲法に、文化・伝統の保護も必要ではないか?」
「日本国憲法のおかしな条文」などなど
その中で、「軍隊をもたない国もあるにはあるが・・・」を掲載しました。
・・・・・(略)
憲法上、軍隊の非設置を規定している国がコスタリカとパナマです。両国とも中央アメリカに位置し、コスタリカは人口わずか410万人ほどで、パナマは310万人ほどです。
わが国では、とくにコスタリカを「平和・非武装憲法を持つ国」として喧伝されています。しかしながら、その成立経緯などをみると、決して「平和の意思に燃えて」というわけではありません。
同国では、1940年代まで内戦やクーデタに明け暮れていました。内戦に勝利を収めたフィゲーレス政権が、みずからに向けられたクーデタの可能性を排除するためと、財政立て直しの軍事費削減のために「軍をもたないことにする」という極めて現実的な選択をしたのです。
またその背景には、同国はアメリカを中心に構成されていた反共軍事同盟・リオ条約に加盟しており、アメリカの強力な軍事力に依存できたということもありました。1949年の憲法制定議会では、平和条項というべき「国際政治の手段としての戦争を禁止する」という案が否決されたという事実も指摘しておかなければなりません。同国の上記条項にみるように、「米大陸内の協定」があれば、軍隊を設置することができ、またその際には集団的自衛権の行使も可能とされています。
パナマでは、1989年12月、軍事独裁政権をうち立て、反米を唱えていたノリエガ将軍が米軍の侵攻を受けて降伏、軍隊が解体されました。その延長線上で1994年の憲法改正により、軍の非設置条項が入れられたのです。
上記に記したパナマ憲法第10条に、一方では軍隊の不保持を定め、他方ですべての国民に国のために武器をとることを求めている点に留意すべきでしょう。
2008年05月08日
人間 福澤諭吉(松永安左エ門著 実業之日本社)
慶應義塾創立150年ということで、福澤諭吉に関する本が最近、多く出版されている。今こそ、一万円札の福澤諭吉の生き方に学ぶ必要があるのでは。
「人間 福澤諭吉」(松永安左エ門著 実業之日本社)には、近代日本の礎を築いた巨人の人間味あふれる逸話を通じて福澤イズムの真髄に迫る人物伝!という説明があった。
本の内容で、これはと思ったところを記述する。
福澤諭吉はほんとうに偉い。私は今、先生を聖徳太子、弘法大師とならべて、日本開闢以来の三大偉人と呼ぶのであるが、むろん、私以外にも先生を同じにみる人はいくらもあろう。あって然るべしだ。
慶応に入学して間もなくのこと、私はある日、校庭で教師を見掛けて、すれちがいざま、あわててお辞儀をした。むろん、今までの教師に対する礼と同じに、足を揃えて、ていねいに頭を下げた。
ところが、それが終わるか終わらぬかに、うしろからポンポンと背中を叩くものがある。誰だろうかと振り返ってみると、六十近い老人がむつかしい顔をして立っている。誰だか判らない。まったく知らぬお爺さんだった。
「お前さんは今、そこで何をしているんだね」
「先生にお辞儀をしました」
「いや、それはいかんね。うちでは、教える人に、途中で逢ったぐらいで、いちいちお辞儀をせんでもいいんだ。そんなことを始めてもらっちゃこまる」
呆気にとられて、こちらは改めてその老人を見直すと、それが例の着流しに角帯、股引履きに尻っぱしょりという姿の福澤先生であった。これは又、変な初お目見えに、変な叱られ方をしたものだった。
これが、この際における先生の、お小言めいた初訓戒であった。
武士は食わねど高楊子といった。封建時代のサムライ気質をあらわしたものである。また、江戸っ子は宵越しの金を持たぬと威張っていた。これも貧乏をしながら金を小馬鹿にした皮相な空景気である。先生にはこの両方ともが気に入らず、欲しいものは欲しい、惜しむべきものは惜しむ。大切にしなければならぬものは大切にするという態度で、ずっとその経済生活を押し通してこられたのである。
明治時代に入っても、一般の風潮では金をいやしむべきものとした。殊に官途に就き、学問を修め、然るべき地位を占めた連中は、内心そうでなくとも、うわべをそのように気取った。金を大切とも認め、欲しいとも、惜しいとも考えながら、金をザックバランに談ずることを、いわゆる紳士の沽券にかかわる卑事と思っていた。その中にあって、先生は何のこだわりもなく、遠慮会釈もなく、俗中俗に処して、こうした生活態度をつらぬかれたことは、偉大な先生をいっそう偉大ならしめるゆえんになると私は考えたい。
言行一致の人でもある。自立した人間なら、職業に貴賎を設けず、平等に、気楽に付き合った。散歩の途中、ぼろをまとった人にも機嫌よく、話しかけた。威風あたりを払うための口ひげなどはつけず、しかつめらしい物の言い方も一切しなかった。
なお、著者の松永安左エ門は明治8年長崎壱岐に生まれ、「学問のすすめ」を読み感動し慶応義塾に入学。その後、電気事業に尽力し、9電力会社への事業再編を実現させ「電力の鬼」と呼ばれた。昭和46年、95歳で死去。
2008年04月25日
政権交代(榊原英資著、文藝春秋)
朝日、読売新聞の政治面で小沢一郎氏の本のように紹介されていたので、買ってみたら、民主党べったりで有名な元財務省高官の榊原英資氏のものだった。本の内容は、ただただ「政権交代が必要」というもので、「政権交代して民主党中心の政府に賭けてみるしかないのではないでしょうか。」とギャンブル・賭博をすすめているような無責任な内容だった。
民主党政権になれば、具体的に日本がどう良くなるかといった点はあまりない。
氏は民主党について「民主党が現在マニフェストなどで掲げている政策については、私が見るところ、変革のためのパーツ、部分品は用意されていますが、全体としてこの国のかたちをどうするのかについての構図は今のところ必ずしもはっきり見えていません」とある。
これは、民主党の寄せ集め、選挙互助会の宿命で、年金などの政府の細かな点を探して批判するのはうまいが、日本をどうするのか、憲法は、安保は、といった点は、まとめることができない政党ということである。
次ぎに労組との関係、
氏は「民主党が労働組合を有力な支援団体としていることから、労働組合の既得権益に影響されて思い切った改革ができないのではないかという点です。こうした懸念は、たしかに、現実のものですし、政権交代が起こったからといって小沢代表が語っているようなラディカルな改革が必ず実現できるという保証はありません」と言っている。
その上で、「民主党に・・・一度やらせてみなければ何も始まらないのです」とギャンブルをすすめているのだ。
21世紀を生きるためにラディカルな改革が必要で、それには政権交代しかないと、スローガンを強調した内容である。
政権交代して、どうなるといったものがなく、ただただ民主党政権と言っているだけで、説得力のない本だ。
これでは、「政権交代」ではなく、「政権後退」ということになる。
かつてジョン・F・ケネディは「国民をギャンブルにかけるわけにはいかない」といったことがある。国民をギャンブルに巻き込むのではなく、できるだけベターな道を選ぶのが政治の道である。
(参考)民主党は、閣僚名簿を衆議院議員選挙の真っ最中の平成十五年十一月四日に発表した。
首相に菅直人氏、副総理(外交・行政改革担当)に小沢一郎氏、文部科学大臣に鳩山由紀夫氏、無任所大臣(国会担当・幹事長兼任)に岡田克也氏、同じく無任所大臣(地方主権担当)に長野県知事の田中康夫氏、
財務大臣に元大蔵省財務官の榊原英資氏、
国土交通大臣にゴールドマンサックス投信株式会社元社長の山崎養世氏を据えた。
2008年04月23日
地域づくり新戦略(片木淳、藤井浩司、森治郎編 一藝社)
「シンクタンク2005・日本」の主任研究員の黒澤武邦さんから『地域づくり新戦略―自治体格差時代を生き抜く」(片木淳、藤井浩司、森治郎編、一藝社)という本が送られてきました。この本は、「まえがき」にもあるように、
今日、我が国の地方自治体は、急激な人口減少と高齢化の進展、経済のグローバル化の下での厳しい地域間競争により、「ゴーストタウン」化、地域経済衰退、財政破綻など死亡の危機に直面しているといっても過言ではない。
特に、2007年(平成19)年夏の参議院選挙で与党自由民主党が大敗した原因の一つとして、「地域格差」問題への取り組み姿勢が不十分であったことが指摘されたこともあり、ここにきて、地域の格差是正・再生・活性化が大きな政治課題となっている。政府においても、同年11月末、「地方再生戦略」をまとめ、関係省庁が連携してこの問題に取り組むこととなった。
その際、自治体は、このような危機を乗り越え、厳しい格差時代を生き抜くため、いかなる対策を実施していくことが必要であろうか。どのような地域づくりを進め、どのように地域住民と協働して地域の再生、活性化に取り組んでいくべきであろうか。
――ということで、以下の内容となっている。
第1章 「地方政府」と地域づくり新戦略
第2章 まちの活性化と地域ブランド
第3章 メディアの地域貢献をどう進めるか
第5章 「中心市街地活性化」のパラダイムシフト
第7章 人的ネットワークによる地域再生
第8章 学官連携と地域活性化の視点
一読したが、どれも地域の自立と活性化のために役立つものである。
関係者必見!の本である。
2008年03月25日
「女子大生ちあきの 頑張れ アジャアジャ!―韓国交換留学」(山崎ちあき著 振学出版)

昨日、「女子大生ちあきの 頑張れ アジャアジャ!―韓国交換留学」(山崎ちあき著 振学出版)の出版を祝う会が開かれ、僕も参加した。
著者の山崎ちあきさんは、拓殖大学大学院の国際協力学研究科で博士課程に在籍している。
この本は、彼女が拓殖大学の時に韓国に交換留学した時の体験記である。
この本が出版できたのは、両親のお陰である。
はじめにで、
今回、本を出版することになったのは、両親の一言だった。留学する前から両親には「留学中のできごとを毎日書き留めておくように」と言われていた。「もしかしたら、いつか私が『留学記』という形で本を出せるときが来るかもしれないから」と言っていた言葉が印象的だった。
―とあるように、すべては彼女のお父さん、お母さんのお陰であり、昨日は、彼女に「親に感謝の気持ちを忘れないこと」と言っておきました。
本は、一気に読みましたが、とても面白かった。
まさに、「韓国に留学したいけど不安、言葉は、学校生活は、・・・」、「韓国の事をもっと知りたい、文化・生活・日韓関係・・・」と思っている人に、最適の本だ。
これは、チャレンジ・スピリッツに満ち満ちた、ある女子大生の韓国留学生活の記録である。
彼女が留学の不安を乗り切った『ケンチャナヨ』と『アジャアジャ』の精神。
「行ってしまえば何とかなる」、「一生懸命頑張れば、相手も認めてくれる」―。
こうして彼女の留学生活は、多くの、かけがえのない友人を得ることになった。
海外に留学したいが、言葉が、お金が、習慣が・・・と思い悩むあなた!
本書を一読すれば、あれこれの不安が一挙に解消すること請け合い。
あなたの背中をポンと押してくれる本だ。
2008年03月21日
米国はどこで道を誤ったか

最近のアメリカの状況は、サブプライム問題を発端とするドル安、株安によって金融不安が高まっている。その上に、アフガニスタン、イラクでの戦争を継続中である。
どうしてこうした状況になるのだろうが。
1974年に、世界最大のミューチュアル・ファンドであるバンカード・グループを立ち上げ、設立以来20年以上にわたり、同社の最高責任者を務めたジョン・C・ボーグル氏は、『米国はどこで道を誤ったか―資本主義の魂を取り戻すための戦い』(同氏著、瑞穂のりこ訳 東洋経済新報社)で次のように述べている。
氏は、「ローマ帝国はなぜ衰退したのか?」について、「市民があくまで物質的な財(パン)を求め、娯楽(サーカス)に夢中になった。人間の値打ちも、欲求も、その所有物の価値も、金で測ることを受け入れた。尊敬され認められることが重要でなくなり、自由、解放、偉大さの理想さえ廃れた。虚栄心だ。」と述べている。
米国のパンとサーカス
「新世紀が始まり、米国に米国流のパンとサーカスが現れた。それが古代ローマのパンとサーカスと同じでなかったのは、意外ではない。だがパンとサーカスが登場したことに変わりはない。パンの大部分は、大衆をおとなしくさせるためでなく、ごく一握りのエリートに向けられた。例えば企業のCEOや、有名スポーツ選手や、芸能界のスターが、目の玉が飛び出るほどの報酬を稼いでいる(ローマ帝国とそっくりだ)。1998年から2000年にかけて、株式市場のバブルが呆れるほどの富を生み出し、パンはますます膨れ上がった。企業の上級幹部や、野心的な企業家や、向こう見ずな投資家や、投資銀行や、金融業者や、他人の資産を運用するマネジャーが懐を膨らませた。」
「サーカスも繁盛している。米国最大の競技場、ミシガン大学のスタジアムでさえ10万7501人しか収容できないが(32万人を収容した古代ローマの大競技場「キルクス・マクシムス」の3分の1だが)、テレビの画面を通じて、米国のスポーツやエンターテインメントは世界数十億人の視聴者に提供されている。株式がエンターテインメントになって、おそらく米国最大のサーカスは金融市場だろう。」と分析している。
また、氏は「わたしの批判的な目でみれば、欲や、利己主義や、実利主義や、浪費がありすぎる。わたしからみれば、この国の経済は、「持つ者」にばかり焦点を当て、「持たざる者」をないがしろにし、困窮する人々に国の資源が配分されていない。貧困の問題が解決されず、質の高い教育が万人に行き渡っていない。またわたしの目からみれば、米国人は世界の天然資源をとんでもなく消費している。資源は次世代に伝える神聖な預かり物ではなく、浪費するためにあると思い込んでいるとみえる。またわたしの目からみれば、政治システムが献金にまみれて腐敗している。政治献金は、ありていにいって、何の見返りも求めない公正無私の市民から提供されることはめったにない。」とも述べている。
株式会社アメリカはどこでおかしくなったのか?−「病的変異」
それは、「問題の根には、ごく広い意味で社会的な変化がある。神話学者のジョセフ・キャンベルはこれをこう言い表した。「中世のころ、都市に近づく旅行者は聖堂に目を奪われた。こんにち、都市に近づいた者の目を奪うのは商業の塔だ。右を向いても左を向いてもビジネスしかない」。こんにちの社会は、キャンベルのいう利益至上主義社会となった。ただし、重視すべき点を取り違え、実質より形式を、徳より名声を、功績より金を、人格よりカリスマ性を、永続より束の間を追い求めている。天の神より富の神を求めさえしている。」
(略)
「英国のユダヤ教首席ラビ、ジョナサン・サックスはこう語っている。「重要なもののいっさいが金で売り買いされ、都合が悪くなったら約束をほごにでき、ショッピングが救いとなり、広告文句がお題目の代わりとなって、いくら稼いで消費したかで人間の値打ちが測られる。そんなとき、市場はそれが、そもそも拠り所としてきた価値を破壊している」。
(略)
「資本主義が機能するためには、人々が信頼する構造、拠り所とする価値体系がなければならない。なにも『少女パレアナ』並みに、人間はみんないい人だと固く信じる必要はない。だが約束や義務は、いったん生じれば必ず守られるとの確信がなければならない。また大体において、一部の人を優遇するために他の人が犠牲にされることはないとの信頼もなければならない。資本主義を繁栄に導くのはこうした要因にほかならない。」
と述べている。
(略)
ケインズはこう警告している。「国の資本形成がカジノでの活動の副産物になるとき、まともな成果は期待しにくい」。
以上の反省が本に書かれていた。
ところで松尾芭蕉は、「不易流行」と言った。不易とは、時代がどう変わっても一貫している詩の心で、流行は、そのときどきの時代感覚。この二つが両立すれば立派な俳句となる。
辞書には、不易は、かわらないこと。不変。
流行は、流れ行くこと。急にある現象が世間一般にゆきわたり広がること。「伝染病が―する」。衣服・化粧・思想などの様式が一時的にひろく行われること。はやり。「―の先端をいく」「―作家」とある。
最近のアメリカと日本は、不易を忘れ、流行だけを追い求めているようだ。
2008年03月18日
「誰も書けなかった防衛省の真実」 衆議院議員・中谷 元著 幻冬舎
「誰も書けなかった防衛省の真実」(衆議院議員・中谷 元著、幻冬舎)が発売された。僕は、土曜日に本を買って読んだ。そうしたら、昨日、中谷先生が本を届けてくれた。
筆者は、レインジャーの経験もあり、そうしたことも書かれていて興味深く読める。
また、自民党安全保障調査会(会長、中谷 元)では、明日から防衛省改革小委員会(浜田 靖一委員長)が開かれる。
そこでは、防衛省改革についての検討が行われる。
その点についての「中谷提案」が本に書かれていた。
参考に、そのポイントを記す。
防衛省をどう改革するのか―私の提案
第一に内局と幕僚監部の混在する組織を作ってはどうかという意見があるように報道されていますが、しかし、単純に混在させれば素晴らしい結果が生まれる、と期待するのは安易だと私は考えます。
(略)
餅は餅屋で、長年の経験で構築され、固まっている機能は活かして使うべきです。どの国も、陸軍参謀本部があり、海軍参謀本部があり、統合組織を持っています。つまりそれは、「ユニフォーム ツー ユニフォーム」の関係で国際法の中で定められた軍人や軍隊として行動する純粋プロ集団としての専門的領域の世界があるからなのです。
(略)
第2点は、現在の防衛省は、内局が力を持ちすぎているのではないか、という認識です。本来、制服組ができること、制服組がやったほうがよいことも、内局が所管しており、その分の労力と時間が費やされています。
(略)
本来、他の国でもそうであるように、制服組の軍人と公務員の処遇を合わせること自体がおかしいのですが、防衛省では、内局と背広組が一緒に考えられてきました。そして、結局、制服組が内局の年次の若い職員に使われる体制ができてしまいました。
この問題の最大のネックは、人事権にあります。
(略)
第3点は、運用の問題です。自衛隊を迅速に行動させるには、運用企画局は廃止することも視野に入れるべきです。今回の「あたご」の件でも、内局の運用企画局がないとなれば、海幕長や統合幕僚監部は、各々の責任をもっと強く自覚し、防衛大臣への連絡が迅速に行われたのではないでしょうか。
オペレーションに関しては、統合幕僚監部がありますから、ここに権限を集中させるべきであり、政府全体の運用の支援ならば、防衛政策局で対応させるべきです。またそれ以外に、監察や装備のほうに人員を廻すことができれば、本来の任務であるチェックアンドバランスになると思います。
オペレーションや部隊のこと、現場のことは、幕のほうが詳しく、各幕でできるにもかかわらず、あわせて内局がやっているため、時間と労力を無駄にしている面があります。
餅は餅屋に任せるべきだということです。
(略)
シビリアンコントロールとは、政治の軍への優越です。しかし、的確な情報を入手できなければ、政治は正しい判断ができません。
いつまでたっても、自衛隊の組織、機能が見えにくいのは、極言すれば、政治と自衛隊のつなぎの部分に内局が介在しているためではないか。
(略)
日本の国会では、制服組の意見陳述すら、この50年間行われていません。もっと政治家が軍事知識を持って、自衛隊の力を国家、国民のために正しく発揮できるよう、国会と自衛隊の間の正しい情報伝達の機能強化が必要であると考えます。
(略)
防衛省の改革は、自衛隊創設以来の課題であり、問題は山積しているように見えます。この問題の要点は、軍事と政治の関係の整理にあると考えています。
幕僚監部というものは、参謀本部であり、参謀総長のいない軍隊はありません。会社でいえばそれは本社機能であり、本社がない会社はありません。一方で、政治との関係は重要です。装備の調達や防衛政策の政府内の位置づけ、こういったことを内局はしっかり担うべきです。
現在も一部で実行されていますが、内局という組織にもっと制服組を入れ、その能力を活用すること、また内局の人間も、もっと現場部隊でできる仕事があるはずです。
(略)
防衛省設置法によって形作られた現在の組織を、大きくいじる必要はありません。ただ、制服組と内局の職員がしっかりとサポートしあえるような体制を作るための改正は、ぜひとも必要なものだと考えています。











