たむたむブログについて

2019年05月09日

日本の競争力とトヨタ

 令和になって、平成元年から30年をふりかえる特集がさかんだ。
 その中で、日本企業の競争力が落ちたことが話題になっている。

 30年前、トップ企業20社(時価総額)に、日本の企業が14社もあったのに、
 今は、なんとゼロになったということだ。

 今は、
1・アップル、2・アマゾン、3・アルファベット(グーグル)、4・マイクロソフト、5・フェイスブック、
6・バークシャ−・ハサウェイ(ウォーレン・バフェット氏が会長CEOを務め、経営している投資会社)
7・アリババ(中国)、8・テンセント(中国)、9・JPモルガン、10・エクソン・モービル

 30年前は、10位に日本企業が7つもあった。
1・NTT、2・日本興業銀行、3・住友銀行、4・富士銀行、5・第一勧業銀行、
6・IBM、7・三菱銀行、8・エクソン、9・東京銀行、10・ロイヤル・ダッチ・シェル、

 11位がトヨタだった。

 現在、平成30年、世界時価総額ランキングの50位内に入っているのが、なんとトヨタの35位、一社だけだ。


 今朝の新聞に、トヨタの売上高が30兆円を超え過去最高となったとの報道がある。
 8日、トヨタの社長は記者会見で「トヨタは大丈夫、というのが一番危険だ」と述べた。

 世界経済は、競争の世界なのだ。

 30年前の日本のトップ企業は、トヨタしかないのが今の日本の現実だ。
 30年前、製造業、15位は新日鉄、17位・日立製作所、18位・松下電器、20位・東芝だった。
 今は、韓国のサムソン電子が16位にいる。

 日本の企業は、どうしてこうなったか?

 デフレのせいだ。人口の超高齢化・人口減少が原因というが、今の時価総額ランキングをみれば明らかだが、30年前には存在しなかった企業群だ。
 これらは、IT革命によってうまれた新興企業群だ。

 電車に乗れば、風景が一変している。
 みんなが新聞や本を読んでいたことから、スマホを見るようになった。
 スマホによって、世の中が便利になり、動いている。
 これによって、従来のビジネス環境が一変した。

 どうして、日本はこれに乗り遅れたか?

 かつて、日本は製造業が強い。だから大丈夫。
 中国がなくても日本の内需で大丈夫。
 これからは、大幅な財政出動をして、公共事業をすれば大丈夫という人もいる。

 そんなことで、日本の競争力はつかない。

 今朝、自民党では、経済成長戦略本部が開かれ、「令和」時代・経済成長戦略(案)が提示された。
 内容は、第4次産業革命へどう対応するか?だ。

 なぜ、日本が遅れたか?

 誰も語らなかった、その真の原因を、
 5月22日18時からの僕の講演の冒頭に明らかにします。
 興味のある方は、是非ともご参加ください。


 講演会のご案内

「グローバル・イッシューズ総合研究所 特別企画
共催:一般財団法人尾崎行雄記念財団、日本論語研究会
協力:株式会社近代消防社


日時:(講演会)2019年5月22日18時から19時30分
   テーマ「『憲法と自衛隊そして危機管理』」
講師:田村重信代表幹事

場所:憲政記念館(電話:03―3581―1778)
千代田区永田町1丁目1-1(永田町駅2出口から徒歩約5分、桜田門駅1出口から徒歩約5分
国会議事堂前駅2出口から徒歩約7分)

その後、懇親会が、20時から21時30分があります。
場所:町村会館ペルラン(電話:03―3581―9471)
千代田区永田町1-11-35(有楽町線・半蔵門線・南北線「永田町駅」3番出口徒歩1分)

会費:(講演会)3000円(書籍代込み。当日、尾崎財団受付にてお支払いください)
   (懇親会)4000円(パーティ代。当日、ペルラン受付にてお支払いください)

(注)今回は、事前申し込み制ですので、参加希望者は、田村まで、Emailにて、ご連絡ください。stamura@hq.jimin.or.jp
 田村重信のFBでも可能。
 尾崎財団HP https://ozakiyukio.jp/information/2019.html#0411
 からの申し込みも可能です。

〇講演会参加、懇親会参加と御連絡下さい。(講演会のみの参加もOKです)


*グローバル・イッシューズ総合研究所は、公益財団法人日本国際問題研究所客員研究員田村重信氏を講師に迎え、新防衛計画大綱の概要、日本周辺の軍事環境の変化、憲法と自衛隊の関係、55年体制の崩壊の意味、新聞によって違う憲法・安保報道、憲法改正に関する今後の動向―等々に関して、以下の要領で御講演して頂きます。今回も懇親会を予定しております。多くの方々の御参加を待ち申し上げております。

(講師:田村重信)
1953 年、新潟県栃尾市(現長岡市)生まれ。拓殖大学政経学部卒業後、宏池会(大平正芳事務所)勤務を経て、自由民主党本部勤務。政調会長室長、総裁担当(橋本龍太郎)などを歴任。政務調査会の調査役・審議役などとして外交・国防・憲法・インテリジェンス等を担当。元慶應義塾大学大学院法学研究科非常勤講師。
現在、自由民主党政務調査会嘱託、日本国際問題研究所客員研究員、拓殖大学桂太郎塾名誉フェロー、国家基本問題研究所客員研究員、防衛知識普及会理事長、防衛法学会理事、日本論語研究会代表幹事など。
著書に『知らなきゃヤバい!防衛政策の真実』(育鵬社)、『改正・日本国憲法』(講談社α新書)『日本の防衛政策 第2版』『新・防衛法制』(内外出版)他多数。


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2018年09月05日

大好評!筆坂秀世さんとの対談

パトリオットテレビの
なぜ志位委員長は“長期政権”なのか、赤旗を役所で拡張するのは?元共産党ナンバー3の筆坂秀世さんに聞く【PTV:029】
が大好評です。
すでに、1万6千人以上の方がみています。
この機会に、是非ともご覧ください。






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2018年08月20日

たむたむ歌のチャンネルに2曲目「見上げてごらん夜の星を」をアップしました。

たむたむ歌のチャンネル
見上げてごらん夜の星を
がアップされました。
是非ともお聞きください。



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2018年08月09日

翁長沖縄県知事の死去と僕

 翁長沖縄県知事の死去した。

 僕と翁長氏とは、1998年(平成10)2月に行われた名護市長選挙を一緒に戦った同志だった。

 当時、普天間基地移設で、名護市が基地を受け入れるか否かで市民投票が行われ、比嘉鉄也名護市長が、総理官邸の橋本龍太郎総理に面会し、「海上ヘリポートの受け入れ及び市長辞任の意向」を伝え、名護市長選挙が行われることとなった。
 そのときに、当時の野中幹事長代理に「田村君、名護市長選挙のために沖縄に行ってください。今回は、先の市民投票の失敗を踏まえ、中央からの国会議員と沖縄県でも選挙区以外の国会議員にも入ってもらわないから、よろしく頼む。」と言われて、名護市長選挙を戦った。
 その時の自民党沖縄県連の幹事長が翁長氏だった。
 名護市長選挙は、全国注目となり、開票結果は、岸本氏が当選した。
 これは、新聞一面トップ、テレビもトップニュースで伝えた。

 大苦戦だった選挙が勝利となり、僕と翁長氏は抱き合って喜んだ。

 その後、沖縄県では、大田知事で、自民党は野党だったために、僕が定期的に沖縄自民党に足を運び、中央情勢を伝え、飛行機運賃や高速道路運賃の低減など、沖縄県連と一緒になって、具体的な政策を実現していった。

 その後、翁長氏が那覇市長に出馬表明し、そのときに、自民党沖縄県連の嘉数会長も出馬に意欲を見せていた。二人出たら共倒れになる。
 そこで、その調整を、故・末次一郎氏に託されて、僕が現地で調整し、それが、翁長氏一本化に役立った。

 翁長氏は、見事、那覇市長に当選した。
 翁長那覇市長とは、東京の自衛隊のイベントで、よくお会いしていた。

 それがあるとき、翁長氏が、沖縄県知事に「辺野古反対、共産党支持」で、出馬するとなった。
 そこで、僕は翁長氏側近に尋ねると、「田村さん、大丈夫。知事になったら現実志向に政策転換するから」と言うのだ。
 僕は、「共産党から応援してもらって、政策転換なんかできないよ。」と言った。

 結果は、僕の言う通りとなった。

 翁長氏は、なんとしても知事になりたかった。
 そのためには、どんな手段もいとわないと、なってしまった。

 翁長氏は、知事としての立場と本心の違いのなかで葛藤していたんだろう、と僕は思う。


 翁長さん、ゆっくりお休みください。
 お疲れ様。
 心からご冥福をお祈り申し上げます。


*詳しくは、僕の『平和安全法制の真実』(内外出版)の沖縄の部分をお読みください。  

shige_tamura at 10:44|PermalinkComments(0)clip!

2018年08月06日

自民党本部に再雇用

 大変ご無沙汰です。
 今年1月に自民党本部を退職し、今回8月1日から嘱託(政務調査会担当)となりました。
 すでに、数日間、自民党本部で働いていますが、いいですね。
 今、定年後とか、いろいろ言われてますが、働くことが良いです。

 これからも本を出したり、ユーチューブに新しく歌のコーナーを作ったり、楽しくやっていきます。
 以下、お聞きください。


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2018年01月12日

自民の安保政策支えた田村重信氏が退職(産経新聞)

2018.1.11 20:39更新

自民の安保政策支えた田村重信氏が退職


 自民党の安全保障政策を理論面で支えてきた同党政務調査会の田村重信審議役が、65歳の誕生日を迎える17日付で定年退職する。田村氏は、平成19年の防衛庁の省昇格や、27年に成立した集団的自衛権の限定的な行使を容認した安全保障関連法などに関わってきた。

 田村氏は11日、首相官邸で安倍晋三首相(党総裁)と面会し、退職することを報告、首相は「またよろしく頼む」とねぎらった。

 田村氏は昭和28年、当時の新潟県栃尾市(現長岡市)に生まれ、拓殖大卒業後、「大平派」と呼ばれていた宏池会の事務局で勤務した後、党職員になった。

 湾岸戦争直後の平成3年から党政調の安全保障を担当した。自衛隊の米軍に対する後方支援を定めた11年の周辺事態法、13年の米中枢同時テロを受けたテロ対策特別措置法の立案にも携わった。

 憲法改正についても積極的に提言し、憲法や安保問題を中心にした著書は共著を含め約50冊に上る。自民党は、憲法改正が今後の大きなテーマになることもあり、田村氏を今年8月に再雇用する。
         (1月12日、産経新聞より)


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2017年09月25日

解散・総選挙、いろんな動きがあります。

 今日から選挙モードです。
 これから、政治関連のツイートをして行きたいと思います。

 比例復活の自民党の福田峰之氏が離党して新党に参加するのは、相手候補が強くて、今の選挙区では連続落選で、今後も当選の見通しがないため、新党に活路を見出したいというとこです。
 自分が政治家として生き残るための選択です。

 民進党からも、離党して新党へという動きがこれからも出てきます。
 民進党だと落選、新党だと当選確率が増えるという読みです。

 日本のこころの中山代表の新党への参加は、夫君の成彬氏を政治家として復活させたい、そのためには新党が得策との考えです。

 政治家は、理念・政策よりも、自分が当選するには何が得か?
 選挙目的で動く生き物と見た方が良いと思います。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 こういう人もいるのです。

 細野氏の新党出馬要請、溝口氏断る 「自民お世話に…」
 9/24(日) 23:22配信

6月の静岡知事選で現職の川勝平太氏に敗れた溝口紀子氏(46)は24日、浜松市浜北区で取材に応じ、民進党を離党した細野豪志・衆院議員らが立ち上げる新党から、衆院静岡1区に立候補の打診を受けたことを明かした。その上で、「知事選で自民党の支部や1区選出の上川陽子法相にお世話になった。恩をあだで返すことはできない」と出馬要請を断ったと説明した。

 溝口氏によると、要請があったのは、数日前で、細野氏に非常に近い人からだったという。「知事選で静岡市葵区、駿河区での得票が川勝氏を上回ったことから、1区で知名度があると判断されたようだ」と話した。溝口氏は「知事選の敗因は準備不足、勉強不足。資金も底をつき、今は選挙ができる状態にない」とし、比例区も合わせいずれの政党からも衆院選に立つつもりがないことを明らかにした。
(朝日新聞社)

....................................................................

 政策を盗む、盗まないといった議論はナンセンス。

 国民にとって良いと思う政策があれば、行動に移すことが大事。
 自民党が野党の時、僕は橋本政調会長と細川首相の所にいって、自民党の政策要望を提出、この中で良いものがあれば政府で実行して下さいと言っていた。
 今の政治はおかしい。

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 前原誠司「安保関連法が廃止になると、日米防衛協力(ガイドライン)の合意が履行できなくなる」(2015年11月、読売テレビ)と言っていた。

 ところが、民進党政権公約では「安保法制を白紙化する」と。

 民進党は、日米関係をガタガタにして、なにをしたいのか?

 これが、「言うだけ番長」か!
 酷い!
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 前原・民進党代表は、かつて「共産党はシロアリだ。協力したら土台が崩れる」と言っていました。
 これから、共産党と選挙協力する?
 結果は、どうなるか?

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 前原誠司「私は改憲ではなく“加憲”を主張してきた。9条3項、あるいは10条といった形で、自衛隊の存在を明記してはどうかと考えている」(週刊東洋経済5.13)と明言。

 民進党代表として、どうするんだろう?

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 解散・総選挙は、勝てる見込みのある時にするもの。 

 大義がいくらよくても、不利な時に負ける戦いをするのは愚策。
 「孫子」を読めばわかること。
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 かつて解散すべきと言ってた人は、
 安倍首相は解散できないと思って言ってただけ。

 ところが、解散するとなると、その人達は、驚いて、「大義がない」などと難癖を付けて批判する。


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2017年01月17日

「ギリシア人の物語 民主政のはじまり(2)」(塩野七生著、新潮社)

政治は、ある職業でもある技術でもなく、高度な緊張を要する生活のなかであり・・・

民主主義にとって最大の敵は、「機能しない」ことであり、「結果が出ない」ことなのだ。


「安全保障」とはなんだろう。

 歴史の成り行きに任せていたら、結果的として百年間保障された、ということか。
 それとも、終了直後からの諸々の対策、保障されなくなった事態も考慮したうえで実行に移した諸々の対策、をつづけてきたからこそ、その結果として、百年間の安全が保障されたということか。

 歴史を後世から見る立場に立つと、前者になる。同じ歴史でも、その時代に生きた人の視点で見ると、後者に変わる。
 前者だと、所詮は成り行きどおりに進むのが歴史だから、それをどうこうしようとして成される人々の努力のすべてが無用に見えてしまう。その中でも常人以上に営々たる努力を惜しまなかったリーダーたちに至っては、常人以上の愚か者で、それでも彼らが何かをやったのは、地位や権力にしがみつきたかったにすぎない、とでも裁かれ終わりだ。
 こう考える人には、「安全」が長期にわたって「保障」された状況を示す「平和」も、ピースと呼ぶほうがふさわしい。英語でピースと言っていると、何となく、そう言っているだけで実現するような気分になってします。

 古代ローマ人は、「平和」を「長期にわたる安全保障の継続」と認識し、厳しくも冷徹な人間たちによる努力の成果、と考えていた。

 このように考えると、権力者も普通の人もふくめた当事者全員の安全保障への努力も、バカバカしくは見えてこなくなる。たとえこの種の努力が、後世から見れば無用に終わったことであっても、愚かな行為には見えてこなくなるのだ。
 それどころか、想定外の事態さえも考えに入れたうえで成された対策の数々があったからこそ、その結果として、たとえ百年間にしても、ギリシア人は「平和」を享受することはできたのであった。ペルシア軍の侵攻を、心配しないで済んだのである。

 これを、地位や権力にしがみつきかったからであると断ずるのは、下品な言い方を許してもらえば、「下司(げす)の勘繰り」にすぎない。下司の勘繰りくらい、歴史に親しむのに、ふさわしくない心の持ちようもないと思っている。

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