2017年06月27日
加速する憲法改正論議――党本部重鎮が語る自民党の青写真
憲法施行70年の節目を迎えた5月に、安倍首相が憲法改正について「2020年の改正憲法の施行」「自衛隊の憲法明記」を発言したことで、今、にわかに憲法改正論議が加速している。
自民党憲法改正推進本部は6月6日に会合を開き、改憲項目として「自衛隊の明記」「教育の無償化」「緊急事態条項(大災害時を念頭に衆院議員の任期を延長する緊急事態条項の創設)」「参議院選挙区の合区解消」の4つを例示した。自民党は9月にも憲法改正案をまとめ、公明党などと調整の上、最終案を決定し、来年1月の通常国会で憲法審査会に提案するという。
今後の改正論議をリードしていくと思われる自民党の真意と改正スケジュールについて、湾岸戦争以降のすべての安全保障・防衛政策の策定・法律の立案などに関わった永田町きっての安全保障のエキスパートである自民党政務調査会審議役の田村重信氏に話をうかがった。
まったく進まなかった憲法改正論議
安倍首相はその発言の2日前、5月1日に開催された超党派の議員たちの会合でも、憲法改正について、「機は熟した。今求められているのは具体的な提案だ。理想の憲法の具体的な姿を、自信を持って国民に示すときで、しっかりと結果を出さなければならない」と述べ、「憲法改正を党是に掲げてきた自民党の歴史的な使命ではないか」と訴えています。
今まで国会の憲法審査会では、野党の意見も聴きながら進めようとしてきましたが、まったく議論が進みませんでした。特に憲法9条の改正については、各政党の間ではどうしても賛否が分かれてしまいます。そこで、9条についてはいったん横に置いて、多くの議員の賛同を得やすいと思われる緊急事態条項などから議論していこうとしていました。
しかし、よく考えてみれば、民進党はいまだ独自の憲法改正草案を提案できていません。また、日本国憲法の制定当時は天皇条項と9条に反対していた、かつての改憲政党の共産党は、今では憲法を一言一句変えてはいけないという姿勢であり、これではお話になりません。最初から野党の意見を聞いていたら無理です。
「自衛隊は違憲」議論が生まれる余地をなくすべきだ
平和安全法制が成立しましたが、最近の北朝鮮のミサイル問題や中国の動向なども考えると、「自衛隊は違憲」などと言っている場合ではなくなるでしょう。自衛隊は国内では軍隊ではありませんが、海外へ出れば国際法上、軍隊とみなされます。また、海外でPKO活動を行い、国内外で災害が起きれば活動する自衛隊を、国民の多くが評価しています。それにもかかわらず、多くの憲法学者や政党の中には、「自衛隊は違憲」とする議論が今なお存在しています。「自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任に思います。
安倍首相は、特に憲法9条に関して、「『自衛隊が違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべきだ」と述べています。国家と国民のために時には命がけで活動する自衛隊に応え、憲法に「自衛隊を明記すること」は、政治の責任ではないでしょうか。憲法改正で一番大事なのは「自衛隊を明記すること」であることを明確にしたかったから、安倍首相はこの発言をされたのでしょう。
9条2項改正ではなく自衛隊を憲法に「明記」する意味
憲法改正は国民投票で過半数の賛成を得なければできませんが、その前にまず衆参各院で総議員の3分の2以上の賛成がないと発議できません。そうすると、もちろん自民党単独では発議できず、連立与党の公明党、そして憲法改正に熱心な日本維新の会にも憲法改正論議に乗ってもらいたい。そういうことを政治的に考えれば、安倍首相のあのような発言は「アリ」だと思います。
なぜか。それは今回の安倍首相の発言内容は、「加憲」を主張する公明党の考え方とやや似ているからです。また、安倍首相は5月3日のメッセージでもう一つ、「高等教育についてもすべての国民に真に開かれたものとしなければならない」と述べ、日本維新の会などが提案している教育無償化を盛り込むことにも前向きな考えを示しました。まずは、国会で憲法改正に賛成する勢力をきちんと固めることが大事だと考えたのではないでしょうか。
そもそも自由民主党は昭和30(1955)年11月15日の結党以来、「憲法の自主的改正」を「党の使命」に掲げてきた政党です。しかし、今までは自民党の中でも、憲法改正を進める勢力は大きくありませんでした。その中で、第一次安倍政権下で憲法改正のための詳細なルールを定めた国民投票法が成立しました。そして、再び自民党総裁に返り咲いた安倍首相は、旗印の一つに憲法改正を掲げています。自民党は党の使命を果たすために、安倍首相が中心になって憲法改正を進めていくことになるでしょう。
安倍首相は、自民党が2012年に公表した憲法改正草案について、「そのまま憲法審査会に提案するつもりはない。柔軟性を持って現実的な議論を行う必要がある」と述べています。今までは「9条2項改正」だったので、今回の安倍首相の「9条1項、2項を残して、自衛隊を明記する」という改正案は、自民党内からも異論が出ています。でも、別に変えてもいいのです。それについて議論すればいいのですから、安倍首相はいい問題提起をされたと思います。憲法改正を進める上で、自民党の中でまず議論し、公明党、維新の会とでコンセンサスを得るというのは、当然のことでしょう。
憲法改正に向けて議論をはじめよ
野党は平成2016年7月10日の第24回参議院議員通常選挙で、改憲勢力が憲法改正の発議に必要な3分の2の議席を取ることを阻止する方針を掲げました。しかし結果は、非改選も含め、改憲に前向きな自民党、維新の会、日本のこころを大切にする党の3党と無所属、「加憲」を掲げる公明党の合計議席が、憲法改正発議に必要な3分の2に達しました。
私は湾岸戦争以来、すべての安保法制に関わってきましたが、安保法制はすべて公明党との協力で成立してきました。政治とはさまざまな意見をまとめることですから、それぞれの政党が妥協しなければなりません。にもかかわらず、憲法審査会はなかなか開かれませんでした。今回の安倍首相の発言は、憲法改正に向けた議論をしなければならないというメッセージにもなったのです。
今後の憲法改正のタイムスケジュール
憲法改正には政局の安定が必要です。現在、「安倍1強」と言われていますが、これはある意味、政局が安定しているということです。政治家は学者や評論家と違います。現実に政治を考えて、結果を出さなければなりません。
今後の憲法改正のタイムスケジュールですが、以下が考えられます。
<2017年>
◎年内に改憲項目を絞り込み。
<2018年>
◎通常国会で憲法改正原案できる。衆参両院でそれぞれ3分の2以上の賛成で発議。
◎国民投票は発議後60〜180日の実施が規定。
◎9月、自民党総裁選。
◎12月、衆議院議員任期満了。
<2019年>
◎国民投票が行われる可能性。
<2020年>
◎改正憲法施行。
2018年9月に自民党総裁選がありますので、安倍総裁が再選されれば、内閣改造をするでしょう。12月に衆議院議員の任期満了ですから、その前に安倍総理が解散すれば、憲法の国民投票と衆議院総選挙が同時に行われる可能性が考えられます。憲法改正と総選挙を同時に行うことで、争点が明確になり、憲法改正の可能性が一気に高まると思われます。もちろん政治は生き物ですから、あくまでも現時点での私の予測です。
国民投票は否決されたらそう簡単にやり直せませんが、それはルールだから仕方ありません。ですから、国民の多くが納得できる案を提案していく必要があるのです。
【田村重信(たむら・しげのぶ)】
自由民主党政務調査会審議役(外交・国防・インテリジェンス等担当)。拓殖大学桂太郎塾名誉フェロー。昭和28(1953)年新潟県長岡市(旧栃尾市)生まれ。拓殖大学政経学部卒業後、宏池会(大平正芳事務所)勤務を経て、自由民主党本部勤務。政調会長室長、総裁担当(橋本龍太郎)などを歴任。湾岸戦争以降のすべての安全保障・防衛政策の策定・法律の立案等に関わる。慶應義塾大学大学院で15年間、日本の安保政策及び法制に関する講師も務めた。防衛法学会理事、国家基本問題研究所客員研究員。著書に『改正・日本国憲法』(講談社+α新書)、『平和安全法制の真実』(内外出版)他多数。最新刊は『知らなきゃヤバい! 防衛政策の真実』(育鵬社)
自民党憲法改正推進本部は6月6日に会合を開き、改憲項目として「自衛隊の明記」「教育の無償化」「緊急事態条項(大災害時を念頭に衆院議員の任期を延長する緊急事態条項の創設)」「参議院選挙区の合区解消」の4つを例示した。自民党は9月にも憲法改正案をまとめ、公明党などと調整の上、最終案を決定し、来年1月の通常国会で憲法審査会に提案するという。
今後の改正論議をリードしていくと思われる自民党の真意と改正スケジュールについて、湾岸戦争以降のすべての安全保障・防衛政策の策定・法律の立案などに関わった永田町きっての安全保障のエキスパートである自民党政務調査会審議役の田村重信氏に話をうかがった。
まったく進まなかった憲法改正論議
安倍首相はその発言の2日前、5月1日に開催された超党派の議員たちの会合でも、憲法改正について、「機は熟した。今求められているのは具体的な提案だ。理想の憲法の具体的な姿を、自信を持って国民に示すときで、しっかりと結果を出さなければならない」と述べ、「憲法改正を党是に掲げてきた自民党の歴史的な使命ではないか」と訴えています。
今まで国会の憲法審査会では、野党の意見も聴きながら進めようとしてきましたが、まったく議論が進みませんでした。特に憲法9条の改正については、各政党の間ではどうしても賛否が分かれてしまいます。そこで、9条についてはいったん横に置いて、多くの議員の賛同を得やすいと思われる緊急事態条項などから議論していこうとしていました。
しかし、よく考えてみれば、民進党はいまだ独自の憲法改正草案を提案できていません。また、日本国憲法の制定当時は天皇条項と9条に反対していた、かつての改憲政党の共産党は、今では憲法を一言一句変えてはいけないという姿勢であり、これではお話になりません。最初から野党の意見を聞いていたら無理です。
「自衛隊は違憲」議論が生まれる余地をなくすべきだ
平和安全法制が成立しましたが、最近の北朝鮮のミサイル問題や中国の動向なども考えると、「自衛隊は違憲」などと言っている場合ではなくなるでしょう。自衛隊は国内では軍隊ではありませんが、海外へ出れば国際法上、軍隊とみなされます。また、海外でPKO活動を行い、国内外で災害が起きれば活動する自衛隊を、国民の多くが評価しています。それにもかかわらず、多くの憲法学者や政党の中には、「自衛隊は違憲」とする議論が今なお存在しています。「自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任に思います。
安倍首相は、特に憲法9条に関して、「『自衛隊が違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべきだ」と述べています。国家と国民のために時には命がけで活動する自衛隊に応え、憲法に「自衛隊を明記すること」は、政治の責任ではないでしょうか。憲法改正で一番大事なのは「自衛隊を明記すること」であることを明確にしたかったから、安倍首相はこの発言をされたのでしょう。
9条2項改正ではなく自衛隊を憲法に「明記」する意味
憲法改正は国民投票で過半数の賛成を得なければできませんが、その前にまず衆参各院で総議員の3分の2以上の賛成がないと発議できません。そうすると、もちろん自民党単独では発議できず、連立与党の公明党、そして憲法改正に熱心な日本維新の会にも憲法改正論議に乗ってもらいたい。そういうことを政治的に考えれば、安倍首相のあのような発言は「アリ」だと思います。
なぜか。それは今回の安倍首相の発言内容は、「加憲」を主張する公明党の考え方とやや似ているからです。また、安倍首相は5月3日のメッセージでもう一つ、「高等教育についてもすべての国民に真に開かれたものとしなければならない」と述べ、日本維新の会などが提案している教育無償化を盛り込むことにも前向きな考えを示しました。まずは、国会で憲法改正に賛成する勢力をきちんと固めることが大事だと考えたのではないでしょうか。
そもそも自由民主党は昭和30(1955)年11月15日の結党以来、「憲法の自主的改正」を「党の使命」に掲げてきた政党です。しかし、今までは自民党の中でも、憲法改正を進める勢力は大きくありませんでした。その中で、第一次安倍政権下で憲法改正のための詳細なルールを定めた国民投票法が成立しました。そして、再び自民党総裁に返り咲いた安倍首相は、旗印の一つに憲法改正を掲げています。自民党は党の使命を果たすために、安倍首相が中心になって憲法改正を進めていくことになるでしょう。
安倍首相は、自民党が2012年に公表した憲法改正草案について、「そのまま憲法審査会に提案するつもりはない。柔軟性を持って現実的な議論を行う必要がある」と述べています。今までは「9条2項改正」だったので、今回の安倍首相の「9条1項、2項を残して、自衛隊を明記する」という改正案は、自民党内からも異論が出ています。でも、別に変えてもいいのです。それについて議論すればいいのですから、安倍首相はいい問題提起をされたと思います。憲法改正を進める上で、自民党の中でまず議論し、公明党、維新の会とでコンセンサスを得るというのは、当然のことでしょう。
憲法改正に向けて議論をはじめよ
野党は平成2016年7月10日の第24回参議院議員通常選挙で、改憲勢力が憲法改正の発議に必要な3分の2の議席を取ることを阻止する方針を掲げました。しかし結果は、非改選も含め、改憲に前向きな自民党、維新の会、日本のこころを大切にする党の3党と無所属、「加憲」を掲げる公明党の合計議席が、憲法改正発議に必要な3分の2に達しました。
私は湾岸戦争以来、すべての安保法制に関わってきましたが、安保法制はすべて公明党との協力で成立してきました。政治とはさまざまな意見をまとめることですから、それぞれの政党が妥協しなければなりません。にもかかわらず、憲法審査会はなかなか開かれませんでした。今回の安倍首相の発言は、憲法改正に向けた議論をしなければならないというメッセージにもなったのです。
今後の憲法改正のタイムスケジュール
憲法改正には政局の安定が必要です。現在、「安倍1強」と言われていますが、これはある意味、政局が安定しているということです。政治家は学者や評論家と違います。現実に政治を考えて、結果を出さなければなりません。
今後の憲法改正のタイムスケジュールですが、以下が考えられます。
<2017年>
◎年内に改憲項目を絞り込み。
<2018年>
◎通常国会で憲法改正原案できる。衆参両院でそれぞれ3分の2以上の賛成で発議。
◎国民投票は発議後60〜180日の実施が規定。
◎9月、自民党総裁選。
◎12月、衆議院議員任期満了。
<2019年>
◎国民投票が行われる可能性。
<2020年>
◎改正憲法施行。
2018年9月に自民党総裁選がありますので、安倍総裁が再選されれば、内閣改造をするでしょう。12月に衆議院議員の任期満了ですから、その前に安倍総理が解散すれば、憲法の国民投票と衆議院総選挙が同時に行われる可能性が考えられます。憲法改正と総選挙を同時に行うことで、争点が明確になり、憲法改正の可能性が一気に高まると思われます。もちろん政治は生き物ですから、あくまでも現時点での私の予測です。
国民投票は否決されたらそう簡単にやり直せませんが、それはルールだから仕方ありません。ですから、国民の多くが納得できる案を提案していく必要があるのです。
【田村重信(たむら・しげのぶ)】
自由民主党政務調査会審議役(外交・国防・インテリジェンス等担当)。拓殖大学桂太郎塾名誉フェロー。昭和28(1953)年新潟県長岡市(旧栃尾市)生まれ。拓殖大学政経学部卒業後、宏池会(大平正芳事務所)勤務を経て、自由民主党本部勤務。政調会長室長、総裁担当(橋本龍太郎)などを歴任。湾岸戦争以降のすべての安全保障・防衛政策の策定・法律の立案等に関わる。慶應義塾大学大学院で15年間、日本の安保政策及び法制に関する講師も務めた。防衛法学会理事、国家基本問題研究所客員研究員。著書に『改正・日本国憲法』(講談社+α新書)、『平和安全法制の真実』(内外出版)他多数。最新刊は『知らなきゃヤバい! 防衛政策の真実』(育鵬社)