2015年05月19日

龍と象の「一帯一路」――中印蜜月、「紅い皇帝」のもう一つの狙い(遠藤誉氏)

田村 紀伊国屋書店、新宿本店週間ベストセラー
(新書)5月4日〜5月10日
第6位になりました。
改正・日本国憲法(講談社+α新書 ) 


 インドのモディ首相を「紅い皇帝」習近平が西安で迎えたのは、西安が新シルクロード経済圏の起点だからだ。龍と象の争いを抱える中印両国だが、「紅い皇帝」は中露と中印の蜜月により日米同盟強化に抵抗している。

◆「紅い皇帝」自ら西安まで行った深いわけ

「紅い皇帝」習近平が自ら西安に赴き、訪中したインドのモディ首相を歓待したのは、昨年9月に彼がインドを訪問したとき、モディ首相が自分の故郷であるグジャラートで習近平を歓待したお返しだと言われている。

 だが、習近平が生まれたのは北京であって、西安ではない。

 習近平が生まれるとき、父親の習仲勲(しゅう・ちゅうくん)は北京に入城したので、北京(当時の呼称は北平、ベイピン)に近づいたとして「近平」という名をつけたのである。しかし国家主席になる前から「紅い皇帝」になることをイメージしてきた習近平は、自らを「延安の人」として位置づけ、中国建国の父、毛沢東が革命の聖地とした「延安」をあたかも自分の故郷のように位置づけてきた。

 たしかに習仲勲は陝西省の生まれであり、また習近平は文化大革命時代に延安に下放されて青春を送った。

 正確に言えば、習近平が下放先として自ら延安を選んだのだが、中国では「習近平国家主席の故郷は陝西省」ということになってしまっており、延安も西安も陝西省であることから、「モディ首相の故郷・グジャラート」vs「習近平国家主席の故郷・陝西省(西安)」ということになっている。

 しかしそれは表面上の説明であって、実際の目的は「一帯一路」(陸の新シルクロード経済ベルトと21世紀の新シルクロード海路)にインドをしっかり引き込むことにあるのは、いうまでもない。

 習近平国家主席は、5月9日にロシアを訪問してプーチン大統領との間で中露蜜月を演じて見せたばかりだ(詳細は5月11日付の本コラム新たな冷戦構造か、モスクワの「赤の広場」式典――「紅い皇帝」習近平が存在感)。

 アメリカのオバマ大統領が、自国における人気取りと外交業績を残すためにロシアに対する経済制裁の大号令を出した。ロシアとの貿易関係が深いヨーロッパはしぶしぶアメリカに同調したが、「紅い皇帝」習近平は違った。

 堂々とモスクワで開催された反ファシスト戦勝70周年記念式典に国家主席として参加しただけでなく、プーチン大統領と緊密度を、これまでになく深めた。

 そこにはもちろん「一帯一路」とアジアインフラ投資銀行AIIB成功のための布石があった。

 今般またインドのモディ首相を西安まで自ら出向いて歓待したのは、ここが新シルクロード経済ベルトの起点であるだけでなく、かつてインドと中国が古代文明発祥の地として、西安を中心に交流していたからである。

 そのため、このたびのモディ首相訪中では、やたら「文化」と「伝統」という言葉が飛び交い、仏教経典の経路を辿るだけでなく、インドのヨガと中国の太極拳が共通のルーツを持つことにも深く触れ、「精神性」が強調された。

◆アメリカ発の「価値観同盟」対に対する抵抗

 それは5月14日付の本コラム日米有識者、共通の価値観を提言――中国には不似合いで触れたように、アメリカが日本との間に「共通の価値観」という精神性で「社会主義的価値観」あるいは「共産主義的価値観」で固まっている中国を「異なる存在」として包囲しようとしていると、中国が見ているからだ。

 AIIBや一帯一路に加盟しながら、日米と精神性において共通点を見出し、同一の「価値観同盟」に近づこうとする国は少なくない。オーストラリアやフィリピンなどは、安全保障の上でも(軍事的に?)日米と結びついておこうとしている。これは一種の「保険」のようなものだ。

 そこで「紅い皇帝」は歴代王朝の「文化」に目を付けた。

 仏教など信じてもないし、また社会主義以外の信仰を奨励していないのに、インドを惹きつけるために「古代文明発祥の地」という共通項に目を付けたのである。

 それが「西安」を選び、「紅い皇帝」の脚を西安まで運ばせた最大の理由だ。

 社会主義という、インドでは受け入れられない精神性を避けて、「文化」「伝統」に光を当て、中印は「同一の価値観」を持ち、古代文明発祥の地の王座を共有していると、モディ首相に印象づけようとした。

◆チャイナ・マネー100億ドルで「象(=インド)」を買う

 鉄道に関して日本の新幹線を選ぶのか、あるいは中国の高速鉄道を選ぶか決めかねていたインドは、中国の高速鉄道を選ぶ決定をしたのだろう。

 インドの鉄道事情はあまりに立ち遅れており、毎日400人ものインド人が鉄道事故に遭っているという。インドにとって鉄道は、インフラの中でも喫緊の課題だ。9大路線のうち、すでに一路線は中国の高速鉄道と決めてしまったインドは、レールの幅や他路線との共有上、すべて中国の高速鉄道を選ぶしかない。細部の技術は日本の新管制技術を使う可能性は残しているが、中国の鉄道に関する「抗日戦争」は、どうやら勝利を迎えつつあるようだ。

 このたびの中印交渉で、中国はインドに100億ドルの投資を行う事業契約を締結した。経済、貿易、インフラ建設はもとより、ITや宇宙・航空開発など、24項目のプロジェクトにわたっている。

 アメリカ・カリフォルニアにあるシリコンバレーではICチップを“Indian Chinese”のICに置き換えているくらい、IT関係は実はインド人と中国人によって占められている。リモートコントロールの武器も、IT技術に依るところが大きい。

 モディ首相と会見した習近平首相は、中印両国で約26億人(中国13.9億人、インド12.5億人)の人口を有し、全人類の36%を占めるとして「中印新時代」の出現を強調した。

 「紅い皇帝」習近平は、44億人(全人口の61%)を含んでいるとされている一帯一路を、中国を中心として、「北にロシア、南にインド」という形で中心軸を形成しようと計算している。

◆このたびの「象」は三面相?

 ただ、必ずしも計算通りにはいかないのは、モディ首相に代表される「象」の多面相だ。中国、アメリカ、日本のどの国に対しても「貴国こそは!」と、にこやかに握手している。

 しかし、文明発祥の地として西安を選んだ「紅い皇帝」は、今のところ象の三面相を一面に塗り替えたかに見える。

 龍(=中国)と象(=インド)が手を携えて「新しいアジア」を形成しようとしているのである。

 インド自身は、どうだろうか?

 本当に多面相を放棄して一面相になっているのだろうか?

 アメリカの強いニーズと期待によって安保法制を閣議決定した日本と、アジアを放棄しきれないアメリカにも、にこやかに頬笑むモディ首相は、やはり三面相を保つことによって「保険」をかけているように思われる。

 これまで龍と象は隣接する領土をめぐって長い争いを抱えてきた。

 一帯一路とAIIBは、アメリカ主導のTPPや日米同盟強化などに対抗するため、龍と象の争いには触れずに、新しいアジアへの道を歩ませようとしている。

 アクションとリアクションという「せめぎ合い」が新しい世界の秩序を形成するのか。目が離せない。


遠藤誉
東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士

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