2013年08月02日

講演・佐藤一斎の教え(6、おわり)福井昌義。どんな困難な状況にあっても、決して悲観的にならず、前向きに物事を考え、挑戦していくこと

これで納得! 日本国憲法講義 -前文、九条、九六条などの正しい解説- [単行本(ソフトカバー)]
憲法
ブログランキングに参加しています。
↓↓↓貴方の応援クリックが明日の活力になります↓↓↓

こちらをクリック

 僕の『これで納得!日本国憲法講義―前文・9条・96条などの正しい解説』(内外出版)が入荷。
 お急ぎの方は、自民党本部の1階売店で販売開始!
 アマゾンでも買えます。または、 内外出版(03−3712−0141)にご連絡ください

 新宿・紀伊国屋 新宿本店3FのA009の憲法図書コーナー
ジュンク堂プレスセンター店及び池袋本店5Fの憲法図書のコーナーにあります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 どんな困難な状況にあっても、決して悲観的にならず、前向きに物事を考え、挑戦していくこと


 なお、『言志録』の書名の由来については定かではありませんが、論語からとられているという説があります。
 孔子が弟子の顔淵と子路に「お前たちの志を聞かせてくれないか。」と問いかけます。
 2人がそれぞれの志を述べた後、今度は子路が孔子に向かって、「願わくば、先生の志を教えて下さい。」と言います。孔子は、「老人には安心されるように、友達からは信頼され、若者には慕われるようになることだ。これが私の志だよ。」と言われたそうです。
 おそらく、この論語の公冶長篇から名づけられたのでしょう。

 どんな困難な状況にあっても、決して悲観的にならず、前向きに物事を考え、挑戦していくことの大切さを一斎は、教えてくれています。

 そのことについて、『言志後録』第25条は次のように書いています。
 人の一生遭う所には、険阻有り、坦夷有り、安流有り、驚瀾有り。
 是れ気数の自然にして、ついに免るる能わず。即ち易理なり。
 人は宜しく居って安んじ、玩んで楽むべし。
 若し之を趨避せんとするは、達者の見に非ず。

 現代語訳にしますと、

 人がその一生の間で出会うものは、道にたとえれば、険しいところもあれば、平坦なところもある。また、水路にたとえれば穏やかな流れもあれば、逆巻く大波もある。これは生きている自然の姿であって、免れることはできない。
 易でいう道理ということだ。だから、人は自分の居る所に安んじて、逆らわず、楽しむようにしたら良い。この大自然の動きに逆らったり、逃げたりするのは、達人の見識ではない。となります。

 言い換えますと、人は困難なことに出会い、それを乗り越えることで学び、成長できるものです。
 だからいつも楽ばかりしている人生は、刺激も向上もない、つまらない人生と言えます。
 ただ心がけとしては、困難な時も順調な時も、自分を見失わずに学び成長することを楽しめばいいと思えることが理想的です。となります。

 明治維新を推し進めた重要人物たちが、『言志四録』を学んでいたことを考えると、一斎の存在なくして明治維新は起きなかったと言えます。

 その意味において一斎は、もっと世に知られて良い人物だと思います。
 このことを声を大にして言いたいです。

 今回は、『言志四録』に的を絞ってお話をさせて頂きました。

 ここで少し、もう1つの名著である『重職心得箇条』について触れます。

『重職心得箇条』は、1826年(文政9年)、一斎が55歳のとき、重臣向けに書いた指導書です。当時他に類書がないことから引っ張りだことなり、噂を聞いた諸大名が大金を払って書き写したという逸話があります。
 全部で17条からなります。

 これは聖徳太子の17条憲法に倣ったとされています。
 一斎は、1859年(安政6年)9月24日88歳で亡くなっていますから、既に154年の
歳月が流れています。
 墓は、東京都港区六本木の高明山深広寺にあります。
改めて『言志四録』を読んで、わかりやすく語っていますが、実践することの大変さを感じた次第です。そして、どんなに月日が経っても今を生きる我々の道標となるべきことを語っていることには、本当に驚きます。私自身、目の前のことから、コツコツと取組んで行きます。
 そのことについて書いてある、『言志後録』第107条と『言志晩録』第175条の2つを最後に読ませて頂きます。

『言志後録』第107条です。

 人の事を做すは、目前に粗脱多く、徒らに来日の事を思量す。譬えば行旅の人の齷齪として前程を思量するが如し。太だ不可なり。人は須らく先ず当下を料理すべし。

 現代語訳にしますと、

 人が物事をなすに当り、目前の事に手ぬかり多く、徒らに将来の事を思いめぐらしている。たとえば旅人があくせくと行先を考えるようなもので甚だ宜しくない。人はまず眼前の事を処理すべきである、となります。


 次に『言志晩録』第175条です。

 心は現在なるを要す。
 事末だ来たざるに、向うべからず。
 事已に往けるに、追うべからず。
 わずかに追い、わずかに向うとも、すなわちこれ放心なり。

 現代語訳にしますと、

 時間は時々刻々と移り変わるが、自分の心は「現在」に据えておかなければならない。
 時機が到来していないものを迎えることは不可能だし、また過ぎ去って行ってしまったものを追いかけても追いつけない。
 少しでも過去のことに未練をもって追いかけたり、まだやっても来ないものに気を
揉んだりするのは、「心の不在」を示すものである。となります。
 過去のことや未来のことばかり考えるのではなく、まず目の前のことに全力投球しなさいということです。未来を良くするためには、今を大切に生きなくてはなりません。

 私の好きな三学戒『言志晩録』第60条をはじめ、『言志四録』をいくつか読ませて頂きましたが、どれもすばらしい言葉なので、選ぶのにいい意味で本当に悩みました。
 これからも『言志四録』は、目まぐるしい現代社会に生きている我々の生き方の書として、正しい方向へ導いてくれるはずです。
 そろそろ、お時間が参りました。
 本日それぞれの御用を割いてお越し下さった皆様に、心より感謝申し上げます。
 ご清聴ありがとうございました。
(おわり)

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
ランキング一覧

人気blogランキング

人気blogランキングに参加しました。
応援よろしくお願いします。
月別アーカイブ
最新コメント