2011年12月13日
憲法9条の不毛な解釈論議・西修の憲法を考える(3)
「天に向かって!」「日本を美しく!」(歌・田村重信)が、カラオケ(ウガ、ジョイサウンド)で唄えます。セントラルレコードのHPからユーチューブで聴けます。
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今回の駒澤大学名誉教授 西修の憲法を考える(3) は、
「終止符」打たねばならない
憲法9条の不毛な解釈論議
日本国憲法が「平和主義条項を有する唯一の憲法」は間違い
―とのテーマ、これは必見です。
「政府の憲法九条(戦争放棄条項)案は、一個の空文に過ぎない。わが国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある。それ故にわが党は民族独立のためにこの憲法に反対しなければならない」(原文はカタカナ)。日本国憲法成立時、このような主張を唱えていた政党はどこでしょう。
正解は、日本共産党である。1946年8月24日、同党を代表して野坂参三氏が発言した。その発言は、翌日の『官報号外 衆議院議事速記録第35号』にはっきり残されている。
街のあちこちで『守ろう! 憲法9条』と大書された同党のポスターをよく見かけたものだ。絶対反対を唱えていた憲法9条をなぜ守ろうと言いだしたのか。同党は、国民に説明責任を果たしていない。
自衛権を保持して、民族の独立を守ることは、日本国民のみならず、どの国の国民にとっても、ごく当たり前の考えではないか。そしてこの当たり前の考えを憲法に具体化するのが、為政者の責務である。
世界の憲法を見ると、100万人以上の人口をかかえている国で、軍備条項を欠いている憲法を見つけることは、ほとんどできない。国の独立を守り、国民の生命・自由・財産を護持することが、憲法上、不可欠であると考えられているからである。
わが国では、日本国憲法が平和主義条項を有する唯一の憲法であると喧伝(けんでん)されているむきがある。まったくの間違いである。私の調査によると、2009年6月現在、187カ国の憲法中、156カ国(83.4%)の憲法に平和主義条項が設けられている。
前回(本紙2489号)の国家非常事態条項に関する論考でも指摘したように、一方で平和主義条項を置き、他方で平和を破られた場合に備えて軍備条項を設定する、これが世界の憲法常識なのである。
9条私案のポイント「平和志向の宣明」と「軍の保持と文民統制」
憲法9条の解釈において、いまだに自衛権の行使としての戦力保持が可能かどうかをめぐって争われているのは、まことに不幸なことである。9条の不毛な解釈論議に終止符を打たなければならない。私は、かつて次のような改正私案を提起した(文藝春秋編『日本の論点 二〇〇七』)。あえてここで再提起し、批判を仰ぎたい。
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、平和に対する脅威の防止と除去に努め、国際社会の安寧を破壊するいかなる行為も、否認する。
(2)日本国は、国際紛争を解決する手段として、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使に訴えることをしない。
(3)日本国は、その主権と独立を保持し、国民の生命、自由および財産を保護し、かつ国際社会の平和と安寧に寄与するため、軍を保持する。
(4)軍の最高の指揮監督権は、内閣総理大臣に属し、その行動については、文民統制に服する。
ポイントは、(1)日本国および日本国民が平和志向であることを国際社会に向けて強く宣明すること(2)軍の保持を明記すること(4)軍の行動については文民統制に服すること、の3点である。
国連平和維持活動5原則の見直しを
この憲法条項は、「安全保障基本法」(仮称)の制定を前提としている。同法において、集団的自衛権の行使、領域保全の実施などを明記することが求められる。
また上記憲法条項で、軍の国際社会への寄与が規定されている。この条項に対応して、「国際協力基本法」(仮称)の制定が予定される。同法においては、国際平和協力として、国際基準に従って活動することが求められる。その際、国内でしか通用しない国連平和維持活動5原則の見直しが図られなければならない。
かくして、前回の論考と合わせれば、(1)軍備条項の設定→安全保障基本法と国際協力基本法の作成(2)独立の非常事態条項の設置→国家緊急事態基本法の制定という、安全保障の法的枠組みが構築される。
わが国が真に独立国家たる矜恃(きょうじ)を堅持し、国民の生命、自由、財産を保全し、あわせて国際社会の平和維持に協力するという基本的な考え方の合意に向け憲法改正とそれに伴う法的枠組みの設定に努力することは、為政者に課せられた責務といえる。
『自由民主』より



