2011年07月12日

「政治と安全保障」講演録(田村重信・10)

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 1997年4月14日(月)「防衛庁防衛研究所一般課程研究員研修(防衛庁防衛研究所・東京)」で講演したものです。


◇極東有事への対応

 次に極東有事への対応の問題についてだが、さきにも述べたように、NHK総合テレビのNHKスペシャルで「日本の選択・極東有事、日本は何をするのか」というテーマで一九九六年十一月にかなり大きく報道された。
 それが今年の一月にも再放送された。

 北朝鮮の核開発疑惑問題の時の対応、そして、これから日米安保、日本の安全保障を考えるうえにおいては極東有事の問題が重要である。
 これからは、日米安保条約の第五条の日本有事から、約六条の極東有事、そこへ焦点が移るということになる。
 だからこそ日米安保共同宣言において、ガイドラインの見直しが行われることになったわけである。

 ガイドラインの見直しというのは本気でやらないと、私は日米関係が大変なことになるだろうと思っている。
 その一つは、現在、日本が経済的にあまり良くない状況になってきている事とも関連している。
 日本に比べて米国の経済は良くなってきているので、今までは「日本たたき」という言葉があったが、それが今度は「日本たたき」ではなくて、「日本無関心」「日本素通り」すなわち「バッシング」から「パッシング」ようになってきていて、今までと違って米国の日本を見る目が変わってきている点があることだ。

 それから安全保障の面から言えば、冷戦の終結でソ連の脅威がなくなったということもある。
 一九九六年の五月にも米国に行って米国の議員と議論したが、「今までの五十年はたしかにソ連が重要なポイントだったけれど、これからの五十年は中国だ」ということで、非常に中国に対して熱いまなざしでみる米国の識者が多くなってきたということがある。
 米国の国会議員も中国にはたくさん行くけれど、最近では、日本にはあまり来なくなったというようなデータもある。

 それで、ガイドラインなどの問題について、従来は日本が今までいろいろなことを協議しても米国側から見て、「日本は議論だけして、またどうせやってくれないんじゃないか」という懸念があった。
 したがって、一九九六年の後半には、なんとなく米国の方から見れば、ややお手並み拝見というような気持ちがあったようだ。
 普段だと、米国の方から具体的に「これと、これは是非やってほしい」と、大体、要求が来るのが当然だった。

 しかし、その後の一九九七年に入ってからの協議では、こうした関係が持ち直したようだが、ガイドライン協議では、むしろ「ボールは日本側にあって、日本の方でやれることをきちんと詰めて、日本側から提示するという体制になっていた」ようである。

 ガイドライン協議は、日本が将来の安全保障問題を考えた時に、やはり日米関係は重要だし、そのためには具体的に日米安保共同宣言で約束した日米防衛協力のための指針、すなわちガイドラインを一九九七年秋までにはキチンと仕上げなければいけない、ということなわけである。

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