2011年06月24日

語る 第3回 中曽根康弘元総理

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 友情というものが外交の基本

 総理・総裁経験者がその貴重な体験をもとに、政策ほか、ものごとへの対し方、考え方を『語る』シリーズ。中曽根康弘元総理による第3回は、親しい人間関係づくりで外交に臨んだ体験や、常に国家を考えるという政治家としての使命を語る。


「首脳部間で人間的に抱き合える関係をつくる」

 外交というものを考えるとき、たとえば日米関係でも、まず大事なことはね、アメリカの政治家も人間だ、私も人間だと。
 国籍は違うけど人間には違いないと。今までのキャリアや文化の違いによって違う点はあるけれど、人間という意味においては同じということです。

 だから、政党人として、あるいは国民として目的を遂行していく場合に、国は違っても政治家の責任や政治のあり方については共通のものがある。

 それで、相手のやってることも尊敬し、共鳴してることでは協力し合う。また自分の欠点も言ってもらう。そういう関係になって、人間関係として結び付き合うということが一番大事なんだ。

 だから、外交ということは、首脳部が相手の首脳部との間で、人間的に互いに抱き合える関係をつくり上げる。首脳部間の友情というものが外交の基本ですね。

 首脳部間の信頼感があれば、外務大臣は仕事がやりやすくなる。首脳部間が対立してる場合には、外務大臣は仕事ができない。だから、首脳部間でそういう友情を、交歓・交流し合うような人間関係をつくり上げていくことが外交の要諦なんですね。


「今の政治には個人的付き合いというものがなさすぎる」

 中曽根元総理は総理時代に計5回のサミット(先進7カ国首脳会議=G7時代)に出席した。仏ミッテラン、英サッチャー、西独コール、米レーガン(写真左から=昭和60年5月3日、西独ボン・サミットで)の4カ国首脳とは、就任して半年後(昭和58年5月)の米ウィリアムズバーグ・サミット以来、毎回顔を合わせた

 今の政治を見ておると、アメリカの大統領とか韓国の大統領とか中国の主席とか、そういう相手方に対する個人的付き合いというものがなさすぎますね。

 まあ、手紙を出し合うとか、それから個人的に付き合いを始めて、お互いが人間として、あるいは政治家として助け合うという気持ちが出てきたら、合格ですね。まず人間として認め合わなきゃだめです。首脳会談なんかだけでなく、その前から人間的な付き合いをしていなくてはね。

 私はレーガン(米元大統領)とかサッチャー(英元首相)とか、そういう人とは、前から手紙を出し合ったりして人間的に結び合っていました。

 で、サミット(主要国首脳会議)に行ったときには同志になっていましたね。サミットに出る場合には、味方を一人つくってなきゃだめなんです。会談に乗り込んでいくというような気持ちではなくてね。

 個人的な付き合いというから、私はレーガンを日の出山荘に招待したりしたんです。ああいう田舎家まで呼んで、一緒に田舎の料理を食べる。そういうところまでお互いが進んでいかなければ、本当の外交にはならんですね。


「日本の国家、自分と国家との関係を年中考えている」

 私らの生涯を見ると、戦争がありましたからね。だから、自分は国家とどういう関係を持つかというのは若いころから今日に至るまで続いてる問題ですよ。個人と国家。それで、自分で経験したことを新聞、雑誌に発表して若い人に参考にしてもらっているということです。

 やっぱり政治家になると国家とか国民との関係が死ぬまで随伴して、それが宿命的なものになるものですからね。命に関わるような大事な、一番大事なことになるんですから。とくに政治家になった場合にはね。

 だから年中、国家を考えてるわね。国家観というものが終わったことはないですね。いつも考え直して、日本の国家というのはどんな国家なんだろうか、自分と国家との関係はどうあるべきだったんだろうかと、年中考えていますね。終わったということはない。卒業もないですね。

(近藤三津枝・党新聞出版局長が取材『自由民主』より)


 あの時、この時

―――山荘懇談―――

 昭和58年11月11日。東京・西多摩の丘陵に建つ山荘に日本中の耳目が向けられた。中曽根総理(当時)が自身の別荘「日の出山荘」に、来日中のレーガン米大統領を招いたのだ。
 この年1月には中曽根総理が総理就任後初めて訪米し、レーガン大統領と会談した。5月の米ウィリアムズバーグ・サミットを挟んで、今度は日本での日米首脳会談開催となり、同大統領が来日。9、10両日には、世界平和への日米協力を主要テーマとして会談した。
 そして、この日、午前中に国会で演説し公式日程を終えた大統領がナンシー夫人とともに山荘に到着したのは、正午を30分ほど過ぎたころ。
中曽根総理が蔦子夫人とともに、茶の湯や日本料理、日本酒でもてなす中、和食の効用が話題になったり、大統領がメモ用紙に似顔絵を描いてみせるなど、終始なごやかな懇談となった。
 2時間ほどの滞在時間の最後に、両首脳は20分ほど会談したが、それさえも前日までとは違う狄綟らず瓩箸覆蝓互いに「ロン」「ヤス」と呼び合う親交をさらに深めるものとなった。
 こうして歴史的な舞台となった同山荘は、平成18年11月に中曽根元総理から地元・日の出町に寄贈され、現在「日米首脳会談記念館」として一般に公開されている。

shige_tamura at 16:50│Comments(0)TrackBack(0)clip!自由民主党 

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