2010年07月28日

続々・日米同盟と日本の安全保障政策

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『漂流する日米同盟』(森本敏監修、海竜社)に掲載された僕の論文「日米同盟と日本の安全保障政策」の続々編をアップします。なお、この本は、良い本ですので、安全保障政策及び日米関係を勉強する方には大いに役立ちます。
 以下、僕の部分を掲載します。


 日米関係と日米同盟の歴史

 日本は敗戦の結果、1945年、ポツダム宣言の受諾により、我が国は歴史上初めて外国軍隊による占領を経験することになりました。当時、戦後の日本の指導者としてリーダーシップをとった吉田茂首相は、東西冷戦の激化する中で、サンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約を同時調印し、我が国の独立国家への第一歩を踏み出すと同時に、平和と安全の確保を図らんとしました。
 これにより、我が国は自由主義陣営の一員として国際社会への仲間入りを果たしました。
 その後、岸信介首相は、1960年に日米安全保障条約を改定し、旧安保が軍事事項だけであったものを、日米経済振興のために、新たに経済協力の促進を付け加えたことで、日米両国の経済協力関係が一段と促進され、日本経済の発展に大きく寄与することになりました。
 佐藤栄作首相時代の1972年、沖縄返還などで日米の関係はさらに友好と信頼を深めることになりました。いまだ解決を見ていない北方領土問題と対比したとき、沖縄返還はまさに象徴的ですが、敗戦国日本にとって米国は歴史上、例を見ない寛大な戦勝国でした。
 その米国との安全保障条約によって、我が国、ひいてはアジア全域にわたる平和と安定が維持されてきた事実を、私たちは直視すべきなのです。
 こうした日米間の揺るぎない同盟関係により、わが国は経済発展による国民生活の向上と平和を享受できたことを、あらためて想起する必要があります。

 近代史の中で世界のリーダー格でありました英米両国と友好同盟関係にある時の我が国は、『坂の上の雲』にも明らかなように、安定した国際関係を維持してきました。その経験から言っても、マンスフィールド米国駐日大使の言葉「日本にとって米国ほど重要な二国間関係はない」という信念は大切にしたいと思います。


 日米安保条約の重要な意義

 日米安保条約の意義ですが、それは日米安保条約の第5条と第6条にあります。
 日米安保条約の第5条というのが、我が国の安全の確保、日本有事への対応です。 第6条が、我が国の周辺地域の平和と安定を確保、いわゆる極東有事への対応ということです。日米防衛協力のための指針、いわゆる「ガイドライン」が1978年につくられたわけですが(これを旧ガイドラインと呼びますが)、内容は、/略を未然に防ぐ、日本に攻撃がなされた場合の対処行動等、つまり日本有事についてなのですが、これらについては、当時は冷戦下でしたからかなりきちんと検討されました。
 そして、F本以外の極東における事態ですが、日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力ということであり、これは日米安保条約の第6条に該当する事項であり、その議論・検討は冷戦後に先送りされたと言っても良いでしょう。

 その後、冷戦終焉後の日米安保条約の新たな役割と意義づけがなされ、1994年から日米間で検討作業が開始され、同年9月に、日本で有名なジョセフ・ナイ氏が国防次官補に就任し、95年2月に「東アジア戦略報告(EASR)」、いわゆるナイレポートがつくられました。
 その際、「冷戦後の日米同盟の在り方」「今後の日米安保条約の姿」、について様々な議論があり、ナイレポートでは、そうした点については、東アジアの米軍は現在の10万人体制の規模を維持することが適当だということが明記されたわけです。
 その頃、日本では細川連立政権で、首相の私的諮問機関として「防衛問題懇談会」(座長・樋口廣太郎アサヒビール会長)が、1994年2月からスタートし、村山連立内閣(同年8月)で、その提言が出されました。ところが、その提言では、日米安保よりも多国間安保が重要ではないかというような誤解を受けるような構成であり、アメリカ側がそれに懸念を表明したということもありました。

 1995年9月には、沖縄県での米兵の少女暴行事件があり、沖縄問題がクローズアップされ、その年に防衛計画の大綱が見直されました。その頃、北朝鮮の核開発疑惑、そしてその後、台湾海峡への中国のミサイル発射、そうした問題がある中で日米安保体制をどうするか、という問題が大きくクローズアップされました。
 その結果が、1996年4月に橋本首相・クリントン大統領との間で「日米安保共同宣言」というものが発表されました。内容は、日米安保体制は、アジア・太平洋地域の平和と安定に不可欠というもので、その中でガイドラインの見直しが提起され、新ガイドライン作成へとつながり、その内容をさらに実のあるものとすべく、周辺事態安全確保法、船舶検査法が策定されたわけです。

 冷戦後は、日米安保条約第6条の事態、極東有事(いわゆる周辺事態・周辺有事)がクローズアップされ、その実現のためのプロセスが実施されてきたと言っても過言ではないわけです 。
 

 まとめ

 鳩山政権で、平成21年末に決定されるべき防衛計画の大綱、中期防を見直しが翌年に先送りされました。今年は日米安保改定50周年になります。日米同盟は大きな節目を迎えます。
 そこで「日米安保共同宣言」のような新しい宣言を、今年は、日米両国で話し合い策定する必要があるのではないかと思います。しかし、現在の鳩山政権(当時、現在は菅政権)では普天間基地移設問題で迷走し、インド洋の海上自衛隊の補給活動の中止、その上に鳩山・オバマ両首脳の関係が良好と言えない状況にあり、極めて残念な状況です。

 最近ではソマリア沖の海賊対策、アフガニタンの問題、国際平和協力の一般法の必要性などが言われており、その中でも、日米防衛協力を深化・強化については、待ったなしで検討する必要があります。

 一方、その実現のためにさらに検討を要するのが、日本の憲法です。憲法改正がなされないと日本の安全保障政策が依然として不透明なままに、前に進まない状況が続くと思います。
 先述のように自衛隊は国内では軍隊と呼ばない。しかし海外では軍隊とされる。そんな矛盾をそのまま放置して良いわけがなく、できるだけ早く、自衛隊の位置づけを憲法に明記し、そして、集団的自衛権の問題を明確にし、自衛隊のPKO従事時の武器使用権限なども外国の軍隊と同じような基準になるようにしなければなりません。また、軍事裁判所等の設置も大事なことです。
 日本が世界の中で公の仕事をする、そして世界の平和と安定のために貢献する時代になっている中で、そろそろ憲法を改正し、きちんと明確な憲法規定の下で、誇りを持って仕事をしてもらわなければならない時期に来ている。
 私はそう考えています。


(参考、さらに詳しく勉強されたい方は、『教科書 日本の防衛政策』『日米安保と極東有事』(南窓社)と拓殖大学海外事情研究所の『海外事情』(2008年11月号)「わが国における冷戦後の安全保障政策の変遷−自民党安全保障担当スタッフとしての回想」をお読みください。)


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この記事へのコメント

1. Posted by きく   2010年07月29日 01:45
 国を守る気概があるか。これは自分自身にも問われることである。
 
 ところで、国を守るということについて、田村氏の考えの中に国の富が入っているのだろうか。
米国債を自由に売買もできず。日本が資源大国になる可能性がある分野に投資もできず、許しを受けた原子力発電の建設だけ一生懸命になっている。

 アメリカは、日本を属国にしておいたほうが得の場合だけ日米安全保障条約を締結しておく。

 今、日本はアメリカの属国である。岸首相の評価はいろいろあるのではないか。巣鴨拘置所から
児玉誉士夫、笹川良一と一緒に釈放されて、同じく読売新聞の正力松太郎は、ポダムというスパイ名であった。

 長くなったが、日本の防衛ラインを領土でなく、領海に置くべきである。そして、中国の軍事力は、核を除けば十年後もなんとかなる。
2. Posted by みるる   2010年07月29日 06:47
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100728/plc1007282257028-n1.htm
頑張って下さい
こんな記事が出ていますが
議会に出席全くしないで選挙活動の民主党とそれを支援するマスコミに言われたくないですよね自民のやってる事は殆ど報道せずでっち上げと歪曲に専念するマスコミの中傷に負けないで
3. Posted by きく   2010年07月29日 23:16
 田村氏の論に冷戦終了後のアメリカの戦略の変更について述べていない。これは、もはや日本がアメリカの陣営にいるでのなく競争相手とみなされたのである。経済において年次改革要望書が作成され、強力に日本の政策に干渉してきた。
 
 あの時もマスコミが、年次改革要望書のことを言わずに日本にとって都合がいいことのように洗脳していた。皆さんも覚えているでしょう。
政府、官僚、マスコミ一体となっていたことを。
 
 アメリカの戦略は、日本を大国として自立して振舞わせたくない。今までどうりに属国としておきたい。
田村氏は、この方針どうりに米軍の要望する軍備等にに金をかけさせ、そして自衛隊を米軍の指揮下におくこと主張していると考えられる。
 
 私は、東アジアで覇権を争うこといっているのではない。日本の経済力、技術力があれば政治的にも、軍事的にもふさわし姿があると考えている。
 
 インターネットを利用している人は、官房機密費が長年に亘ってマスコミ配られていることも、新聞、テレビ局の政治の部長、局長などがアメリカ大使館員と会合していることもご存知でしょう。

 ぜひ、政治家は、この困難な状況を変えるため、旗を掲げてほしい。日本は、もっと豊かでよい国になれるはずである。

 長文失礼しました。



 

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