2009年07月26日
今月の言葉への言葉・前田知巳より


「宝島09」を読んでいたが、妻に教えられた。
「パパ、これ読んだ。」「そこだけ読んでない」、と言われて、早速読んだ。とても良かった。
そこで、以下に掲載します。
今月の言葉への言葉・前田知巳より
『麻生さんは可哀そう、とすら思うんです』「情報ライブミヤネ屋」司会の宮根誠司氏
これに対して、「いや、麻生さんの責任は重いんです」というコメンテーターの発言もあった。
そんなことは承知したうえで、僕もどちらかといえば麻生さんは「可哀そう」だと思う。
宮根さんの趣旨は、「小泉、安倍、福田政権の間にたまったひずみの代償を、麻生さん一人で背負うことになってしまった」ということだった。
ほとんどのメディアの論調が当たり前のように「麻生叩き」であるのに対し、こういう風に異端な見方をテレビで、しかも司会という立場でぶつけるのは勇気がいるということも含めて、僕は宮根さんに何か気持ち良さを感じる。
これまでメディアは一貫して、麻生さんの不甲斐なさから出てきた部分も大きいだろうが、しかし、実はそうではないと僕は思う。
麻生さんのブレは、そのまま、この国自体がブレているということ、僕たち国民一人一人がブレている、その鏡だということだ。
一応だが国のトップである麻生さんに自覚を求めることは、イコール国の一員である自分に自覚を求めることという、実は当たり前のことを説いてくれるメディアがどれだけあっただろうか。
その根本の意識から変わらない限り、誰が首相を務めても、どの党が政権を収っても、この国は永遠に変わらないだろう。
僕は決して、ここで麻生さんを擁護したいわけではない。
しかし「国のことはぜんぶ政治家の責任」とくくり過ぎる、かなり無責任な国民性になってしまったことを、せめて僕たちは自覚ぐらいしておいた方がいいと思う。
故・松下幸之助さんが、こんな意味のことを言っていた。「何で相手の党をけなしてばかりなんや。ほめるとこはほめて、そのうえでこっちの党はもっといいですよ、となったら、物事はもっとうまく進むはずやのに」。
こういう熟した、それでいて素直な意識を持てる人が今どれだけいるだろうか。
一番の問題は高齢化ではなく、メディアを象徴として、この国の意識が退化、幼稚化していることではないかと思う。
前田知巳 まえだ ともみ
コピーライター。博報堂を経てフリーランスに。宝島社の一連の企業広告をはじめ、トヨタからミスターチルドレンまで幅広く広告コピーを手掛ける。ファーストリティリンパク、森ビルなど、様々な企業や商品のコンセプトワークも担当。