2008年12月22日

対テロ戦争株式会社(ソロモン・ヒューズ著、河出書房新社)

テロ この本はだいぶ前に買って読んで、そのうちに紹介をしようと思っていたが遅くなった。すでに、新聞の書評等で紹介されている。
 よく詳細に調査された本である。

 僕は大学のゼミ論文が「マキアヴェリ」だった。
 その時に傭兵でなく自国軍でないと真に国は守れないと学んだ。
 そのことは、本書にも以下のように書かれている。

 傭兵制はイタリアの政治の中心的な役割を果たした。イタリアのルネサンス期に書かれた最も重要な政治論の著作、マキアヴェリの『君主論』でも、この問題は大きく取りあげられている。マキアヴェリは、イタリアが「長い年月のあいだ傭兵に支配されてきた」ために、悲惨な結果がもたらされたと論じた。
 「イタリアの荒廃はまさしく、すべての望みを長年にわたって傭兵にかけてきたせいで引き起こされた」からだ。マキアヴェリは自らフィレンツェの住民からなる民兵を組織した。これが国家軍の初期の形であり、のちには傭兵に取って代わるようになる。彼はそうした経験から、傭兵がよき支配の脅威であることを示し、こう論じた。

 マキアヴェリの批判は現代にも通用する。有能な傭兵はおのれの力を信じ、おのれの利益のために行動する。暴力を効果的に使用できる傭兵隊は、自分たちに金を支払う政府に盲従しようとは思わず、その指示を無視したり、自分たちに都合よくねじ曲げたりする。いっぽう有能でない傭兵は、悲惨な軍事的結果や失敗をもたらし、「通常の形で」政府を崩壊させる。

 傭兵は「無益で危険」だというマキアヴェリの見解は、彼の時代には異端的な考えだったが、別の世紀には常識となった。「分裂しがちで、敵対的、野心的で、統制に欠け、不実で、友軍の前では勇ましいが、敵軍の前では臆病になる。神への恐れも、人への忠誠心ももたない」。その後300年の間に、国民国家が徐々に成長し、あるいは戦いによって独立を果たした。こうした国家は、ヨーロッパの帝国や都市国家、公国の寄せ集めに取って代わった。国民国家の勃興とともに、自国の国民から選抜された国家軍が生まれた。金への愛ではなく、国への愛によって戦う――少なくとも理屈のうえでは――軍である。フリーランスとも呼ばれる金で雇われた外国人兵士は、国家軍に吸収された。

 やがて傭兵たちが武器をしまって荷作りをし、大陸を離れていくまでには、長い時間がかかった。ヨーロッパの各国は、世界のほかの場所で行なわれる別種の営利目的の戦争や征服を通じ、暴力の市場で商売を続けた。私掠船、海賊、帝国の事業などすべてが、商業的に供給される暴力を利用した。それでも、傭兵利用からの脱却は、現代的な国民国家の興隆に決定的な役割を果たした。国民軍の創出を促した愛国的な気風は、民族自決主義の高まりと密接に結びつき、ひいては民主主義の高まりをもたらした。国家軍が政治に果たす役割といえば、クーデターや弾圧といった反民主主義的な活動のイメージが浮かんでくる。
 だが、近代への移行期にはそうではなかった。国家軍が封建時代の軍や傭兵の寄せ集めに取って代わったとき、そうした軍は民衆による統治の条件を生み出した。


 ところが現実は、訳者(松本剛史氏)「あとがき」にあるようだ。

 2001年9月11日のテロ攻撃以降、世界情勢は大きく変わったとされる。当事国であるアメリカは「テロとの戦い」という方針を打ち出し、アフガニスタン、さらにはイラクへの進攻を開始した。こうした戦争の意義については、今後の歴史の評価を待たねばならないだろう。しかし数々の詩的な言説に飾られる戦争の影には、決まって散文的な事実がある。多くの人命が失われる災厄や戦いの裏には、それによって大きな利益を手にする人間たちがかならずいるということだ。

 かつてアメリカのアイゼンハワー大統領は、こうした仕組みを「軍産複合体」と呼んで批判した。企業と軍、政府が結託した勢力は、20世紀初頭の「対テロ戦争」においても、きわめて大きな役割を果たしている。しかしアフガニスタンやイラクの侵攻及び戦後経営には、以前には見られなかったひとつの特徴がある。軍事関連の輸送、施設の管理、警備業務など、かつては軍や警察のものだった業務が、コスト削減や民間の活力の導入などといった理由から、私企業に外注されるようになったのだ。しかし戦後の混乱の続く現地では、民間業者の役割はいきおい戦闘行為にまで及び、結果として、民間軍事産業、いわゆる傭兵会社の存在がクローズアップされることとなった。

 その象徴的な出来事が、2004年にイラクの街ファルージャで起こった、アメリカの軍事会社ブラックウォーター社に属する民間兵士4名の殺害事件である。2005年11月には、イギリスの警備保障会社イージス社の職員が公道を走るイラク人の車を銑撃する場面を写したビデオがインターネットに投稿され、話題を呼んだ。また同年には、日本人である斉藤昭彦氏がイラクで死亡するという事件も起こっているが、氏が警備員として所属していたのは、本書にも登場するイギリスの民間軍事会社ハート・グループだった。

 もっとも、こうした軍事部門の民営化の流れは、決して9.11を契機に新しく始まったというわけではない。その元をたどれば、サッチャー政権下の1990年代のイギリスにまで行き着く。新自由主義を標榜するサッチャー首相は、市場原理のプラス面を重視し、さまざまな国営部門の民営化を推し進めた。
 そしてその方針は、刑務所の経営や軍の基地や施設の管理にまで及ぶことになる。

 本書は、こうした流れが十数年にわたってイギリス、アメリカの両国を席巻し、軍事関連事業のみならず、安全保障を名目とした国内情報の収集や管理までが民間に委託されていく過程を、きわめて丹念な調査によってたどったものである。著者ソロモン・ヒューズの多岐にわたる綿密な取材から、このところの民間軍事産業の急激な成長や、政府や軍との癒着などの驚くべき実態が明らかにされる。まさに本書のタイトルどおり、「対テロ戦争株式会社」というにふさわしい三位一体ぶりだ。

 実際にこうした企業の経営陣には、日本でも名の知られた多くの政治家が名を連ねている。とりわけアメリカでは、ブッシュ政権の中核を占める「ネオコン」やタカ派の政治家たち、たとえばディック・チェイニー、ドナルド・ラムズフェルド、リチャード・パールらが、各軍事会社の取締役や顧問を務めていた。

 イギリスも負けてはいない。かつての保守党政権の意向を受け継いだかのように、ブレア首相率いる新生労働党政権も軍の民営化を推し進め、閣僚や政権の中枢にある政治家たちが多くの民間会社の便宜をはかってきたのだ。

 本書の著者ヒューズは、こうした構造を「安全保障−軍複合体」と呼んでいる。「対テロ戦争」とは国土の安全保障を求める戦いであるといわれるが、その掛け声の下、政府は軍の民営化のみならず国内の管理体制の強化も推進したうえ、民間に業務を委託するまでになった。それが一部の企業のみならず、政治家たちにも利益をもたらすという仕組みができあがりつつあるのだ。その結果として引き起こされたさまざまな問題については、本書のなかにくわしく記されている。

shige_tamura at 11:35 │Comments(0)TrackBack(0)clip!本の紹介 

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