2008年11月11日
天地人「上」(火坂雅志著) NHK出版
来年のNHKの大河ドラマは、直江兼続にスポットがあたる。その原作が『天地人』(火坂雅志著、NHK出版)だ。すでに25万部売れたとのこと。
僕も新潟県栃尾市の出身で、上杉謙信のことはよく知っているが、直江兼続については、知らなかった。最近、パチンコ台の「花の慶次」で、直江兼続が出てくる、「愛」という名前の兜を身につけているのが直江兼続くらいしか認識がなかった。
でも、今回、本を読んでみて、すごい人だと思った。
直江兼続とは、どんな人物だったかの説明は省き、『天地人』(上)の中から、これはと思った文章を下記に拾ってみた。
<上>
P37
「私たちの望みは、天下が平らかに治まることです」
P38
「(略」信長は・・・」
「神仏をたのまず、それどころか、みずからを生き神と称して、人におがませていると聞いている」
「おそろしや」
「信長は、魔王にほかならず。比叡山延暦寺の僧をなで斬りにし、伊勢長島の一向一揆の衆二万を、幾重にもめぐらした柵のなかで生きながら焼き殺した。そのような者に、善光寺如来がまします信濃の土を、断じて踏ませてはならぬのです」
P97
「(略)信長に、いや天下の万民に利を得るよりも崇高なものがあることを知らしめたい。人が人としてあることの美しさ、それがわしの考える義だ」
P98
―信長に利よりも崇高なものがあることを知らしめねばならぬ。
しかし、謙信は、
一、裏切りをせぬ
一、謀略を使わぬ
一、非道をせぬ
(天に恥じぬ男でありたい・・・)
P116
心を空となし、おのれのなかにある甘え、おごり、不安、あせり、苛立ち、もろもろの雑念をひとつひとつ、そぎ落とすように消し去っていく。
才があるということは、それだけ他人がおろかに見え、人の気持ちを平然と傷つけるということでもある。
P127
「何はともあれ無駄をはぶき、金をためておくことだ」
P178
―大将の条件
第一に知性。(略)判断力。(略)勇気。(略)必要だ。
しかし、人の上に立つ者にとってもっとも重要なのは、継続する意志をもてるかどうかであろう。
大将が不動の心を持ってこそ、人はそのあとについていくものである。かかげた目標を見失わず、初志を貫徹する意志の強さ。
動乱の時代において、不動の心を持たぬ大将は、――悪
P233
「疾如風(疾きこと風の如く)」
「徐如林(徐かなること林の如く)」
「侵掠如火(侵掠すること火の如く)」
「不動如山(動かざること山の如し)」
風林火山
「生前、不識庵(上杉謙信)さまは申されていた。生中に生なく、死中に生あり。死んだ気にならねば、何事もなしえぬ」
P264
樋口惣右衛門は、息子の兼続に言った。
「人が陰で何を言おうが、気にしてはならぬ。大事なのは、年功や家格ではない。その者が、どのような実績を上げるかだ」
P266
「人はけっして、ひとりで生きているわけではない。誰かが存分に腕をふるうには、それを陰でささえる力が必要ということだ」
P297
「われわれが不識庵さまより教えられし、義の心を忘れぬことだ」
「わが上杉軍はただの軍勢ではない、義によって戦う漢の集まりであることを、みなに思い起こさせよう。利で結びついた集団は、武田軍がそうであったように、脆く崩れやすい。織田軍とて同じだ。そこにこそ、ただ一点、われらのつけ入る隙がある」
兼続は言い、男たちを見わたした。
P315
「生中に生なく、死中に生あり」と、雲洞庵住職の北高全祝は、川中島合戦を前にした上杉謙信に一偈をさずけた。
P360
人には、二種類ある。大舞台に立てば立つほど力を発揮していく者と、期待されると萎縮して、本来持っていた力さえ出せなくなる者だ。
兼続の場合は、前者に属する。
P363
「門地などは、このさい考慮からはずすべきでありましょう。問題は、相手が同盟を結ぶに足る器量の持ち主か、否かです」
「羽柴秀吉に、器量ありと見るか」




