2008年05月28日

教育再生のために ― 親子で『論語』を素読する気運を(その2)

論語「「論語」百章ー子供と声を出して読みたい」(岩越豊雄著、致知出版社)で有名な石塾 塾長 岩越豊雄さんが「日本論語研究会」(4月12日)で講演をされました。今回は(その2)です。

 ニ、規範意識を確立するには

 ご承知のように昨年「教育基本法」が改正されました。
 本当にいい時に改正されたと思います。長年の課題でありました。安倍首相がいなければできませんでした。今だったら不可能です。日銀総裁一人すら決まらないのですから、今なら改正できなかったでしょう。

 先ほど申しましたように、教育基本法が改正され、教育界の大きな課題が「伝統意識の尊重」と「規範意識の確立」となっています。
 今、確かに、人としての規範が崩れて、人としてどう生きていったらよいかが分からなくなってきています。陰湿ないじめ、子が親を殺したり、親が子を殺したり、いろいろな面で規範が崩れていることが大きな社会問題になっています。

 学校の現場でも、モンスターペアレンツといって、常識外の父母が増えています。先生方を本当に悩ませています。
 一例を申し上げますと、学校が休みの土曜日に子供が運動場に遊びに来ました。子供同士で喧嘩になって砂を投げられて、砂が目に入った。たまたま養教の先生が休日出勤していました。その子の目を洗ってあげて、これは、大丈夫ということで帰宅させました。
 翌日、その親から電話がかかってきました。目に砂が入るようなことをさせられたのに、なんで親に連絡をしないのかというのです。
 「ありがとう」の一言もない。
 そして、校長室に乗り込んでくるのです。
 本当に考えられないようなことが起きています。

 ほとんどの方々はまだまだ常識があり、健全なのですが、健全な家庭が崩壊し、そうした者が増えていることは確かです。そういうこともあって、規範意識をどう取り戻したらよいかを考えなくてはいけないということです。

 そもそも規範意識とは何か?いわずもがなのことですが、規範意識とは人としてのあるべき行動様式であり、判断の基準です。
 人としてどう行動したらいいか、いろいろな場面でどう判断したらよいかということです。また、それを知っているかどうかは人の品格にも関わってきます。そしてそれは、社会の安寧秩序にもつながってきます。規範が壊れてしまったら社会は滅茶苦茶になります。
 
 幸い、日本は長い伝統と歴史がありますから、規範が崩れたと言っても、まだまだ常識がある方が多いわけで、そういう人たちで社会が持っているわけですが、確かに規範は崩れつつあるということです。
 いろいろな事件が続発しますし、いろいろな問題で社会の安定秩序が乱れています。
 ですから、規範意識というのは、社会に共有化されたものであり、皆が共通の常識として持つことが必要なのです

 よく考えてみますと、戦前には「教育勅語」がありました。

  「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信ジ恭倹己ヲ持シ博愛衆ニ及ボシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ国憲ヲ重ジ国法ニ遵ヒ一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ・・」と。

 「お父さんお母さんを大切にしなさい、兄弟は仲良くしなさい」に続いて、「夫婦は愛和しなさい」とありますが、実はこれが子供の教育の基盤です。
 いま、不登校をはじめとする子供達のいろいろな問題があります。
 その根底に家庭の夫婦の問題があります。
 本当はお父さんお母さんの仲がいいのが一番なのに、そこが崩れてきているのです。
 夫婦の諍い、子育ての不安、安易な離婚、いま、子供の育つ環境が不安定なのです。
 子供のころの大切な時期に親の愛情を受けない、経験できないのが、今大きな問題だと思います。

 次に「友達は信じ合いなさい、謙虚につつましく、ひろく人々に愛の手を差し延べ、よく学業を修めて、技術を身につけて、知識能力を養いなさい。知識だけでなく心をしっかり磨き、進んで世のため人のために働きなさい」云々と続きます。

 一番問題にされるのは、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」です。軍国主義の元凶だと言われます。
 しかし、一旦緩急とは、他国からの侵略だけでなく、大地震とか災害が起きた時には、自分のことだけでなく、正しく勇気を奮って、公のため、世のため人のために尽くしなさいという意味です。どの国でも教えていることです。
 また、「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」というのは、天皇お一人のためにと言っているのではありません。今の憲法では、日本国の象徴、日本国民統合の象徴としての天皇となっているのですから、ここの意味は、万世一系の天皇を中心とした、日本の国ということです。
 これまでも学校教育の現場では、国歌国旗のことがよく問題になりました。いつも必ず問題に成ったのは「君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりてこけのむすまで」の歌詞のことです。
 日教組の先生方は、民主主義の世の中でなぜ天皇一人を称えなければいけないのかといいます。そのとき私は、これは何も天皇お一人を称えているわけではなく、天皇を国の統合の象徴とするわが国がいつまでも栄えるように、という意味だと説明しました。

 確かに、教育勅語を学んだ世代の人は、人としての品格や常識を身につけている人が多いように思います。
 時々、孫のことで、戦前の教育を受けた、お年寄りが学校に訪ねてくることがありました。何かそのときはいつもほっとしたものを感じました。

 しかし、今は「教育勅語」などというと抵抗があります。
 「教育勅語」は国会で失効決議されていますし、依然として教育界ではタブーです。ですからこれを復活することは不可能です。

 ではどうしたらよいか?
 それには「教育勅語」の精神に大きな影響を与え、長い歴史の中で日本人の規範の元になった、『論語』を見直したらどうかということです。
 山本七平さんも「論語の読み方」という本で、規範確立には、共通の古典を持つことが必要だといっています。西洋では『聖書』です。日本ではそれは『論語』だと言っています。

 『論語』は、『千字文』とともに、応神天皇の頃に入ってきた、日本で一番古い書物です。日本書紀にそう記されています。
 その後、聖徳太子をはじめ歴代の偉人賢人はみんな読んでいます。紫式部さえも読んでいました。徳川家康もそうです。江戸時代は儒学、主に朱子学を国の統治の理念として使いました。
 また、江戸時代は中江藤樹、伊藤仁斎、荻生徂徠など多彩な儒学者が出ています。この時代には、寺子屋で一般庶民も読みました。
 明治維新後は西洋の学問が主となり、東洋の学問は省みられなくなりましたが、夏目漱石に「則天去私」という言葉もある通り、明治の文豪には基本的な素養として「論語」などの漢学を学んでいます。

 現代では、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士です。
 子供の頃、親から『論語』の素読を受け、それがものを考える力になったとおっしゃっています。

 とにかく、『論語』というのは日本人が長い間、読み継ぎ、人としての在り方について学んできた古典です。今一度、皆が読み直してみることが、規範意識の確立に大きな力になるのではないかと思います。

shige_tamura at 13:53│Comments(0)TrackBack(0)clip!日本論語研究会 

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