2007年11月19日

松下幸之助はやっぱり凄い人

金子先週、土曜日(17日)の日本論語研究会「松下幸之助の人生と人間観」の金子将史氏(PHP総合研究所)の話には感動しました。
 「尊敬する経営者は」と聞かれ、「松下幸之助」と答える人が一番多いようです。
そこで、今回は、松下政経塾出身でもあり、PHP総合研究所の主任研究員の金子将史氏にお話をしていただきました。

 はじめに
「松下幸之助が戦後日本の国民的英雄になったのはなぜか?」(堺屋太一『日本を創った12人』)
・ 立身出世物語
・ 成功の道のりがさわやか
・ 戦後の日本式経営を創始
・ 経営理念を説く哲学者としての顔

次が、松下幸之助の人生(明治二十七年(1894)−平成元年(1989))

○ めぐまれなかった幼少時代
・生家の破産、尋常小学校中退、九歳で丁稚奉公に
○ 独立開業から敗戦まで 〜 企業の社会性への覚醒
  ・綱領・信条の制定(昭和四年) ※参考資料
  ・事業の真使命(いわゆる水道哲学)=命知元年(昭和七年)
○ 敗戦から社長退任まで 〜 人間観の探求と松下グループの発展
  ・GHQによる七つの活動制限
  ・PHP活動の開始(昭和二十一年) ※参考資料
  ・松下電器は日本を代表する企業に成長
○ 社長退任以後 〜 日本の将来への危機感と社会への発言
  ・社長退任後、PHP活動を再開(昭和三十六年)
・松下政経塾設立(昭和五十四年)
  ・新党構想
  ・世界を考える京都座会(昭和五十八年)

そして、松下幸之助の考え方
○人間観の強調
○ 弱さをみとめて、強さにつなげる
○素直な心
○世間を教科書に、とらわれない心をもって自分の頭で考え抜き、言葉にする
⇒ 松下政経塾「塾是・塾訓・五誓」 
○ 心配するのが経営者の仕事/大忍

おわりに
山本七平氏の
「技術は導入されても経営はあくまでも日本的であり、伝統的であったという点では両者(注:渋沢栄一と松下幸之助)には共通した一面がある。それがこの二人の巨人をなぜ不倒翁にしたか。そこには探求すべき多くの遺産があるであろう。」
という言葉をご紹介されました。

以下が、松下幸之助年譜です。
なんと、94歳まで生きたのですが、その生き方が凄いのです。
僕は、54歳、孫もでき、ゆっくりしようと思っていましたが、松下さんの生き様には本当にビックリしました。
 そこで、松下幸之助年譜を仕事場の机に貼っておいて、時どき見る事にしました。本当に、松下さんは凄い人です。感動しました。


年 年齢 事項
1894年(明治27年) 11月27日、和歌山県和佐村に松下政楠、とく枝の三男として生まれる 
1899年(明治32年) 4才 父政楠が米相場に失敗 
1904年(明治37年) 9 尋常小学校を中退、火鉢店に奉公 
1905年(明治38年) 10 五代自転車店に奉公 
1906年(明治39年) 11 父政楠病没
1910年(明治43年) 15 大阪電燈に内線見習工として入社 
1913年(大正2年) 18 母とく枝病没
1915年(大正4年) 20 井植むめのと結婚
1917年(大正6年) 22 大阪電燈を退社、改良ソケットの製造販売に着手  
1918年(大正7年) 23 松下電気器具製作所創立、アタッチメント・プラグと二灯用差込プラグがヒット 
1925年(大正14年) 30 区会議員に当選 
1929年(昭和4年) 34 松下電気製作所と改称、綱領・信条を制定 
1929年(昭和4年) 34 深刻な不況を、従業員を解雇せず乗り切る 
1932年(昭和7年) 37 事業の真使命に思い至る(命知元年) 
1933年(昭和8年) 38 事業部制を実施 
1935年(昭和10年) 40 松下電器産業株式会社に改組 
1943年(昭和18年) 48 松下造船、松下飛行機を設立
1946年(昭和21年) 51 2月、新綱領制定
1946年(昭和21年) 51 財閥指定、労組からの公職追放除外嘆願運動
1946年(昭和21年) 51 11月3日、PHP研究所を創設 
1946年(昭和22年) 52 月刊誌『PHP』誌創刊
1949年(昭和24年) 54 負債10億円となり、物品税滞納王と報道される 
1951年(昭和26年) 56 欧米視察へ 
1952年(昭和27年) 57 蘭フィリップス社と技術提携 
1960年(昭和35年) 65 「5年先に週5日制を」と発表 
1961年(昭和36年) 66 社長退任、会長に就任
1961年(昭和36年) 66 PHP研究再開 
1961年(昭和36年) 66 「所得倍増の二日酔い」を発表 
1962年(昭和37年) 67 『私の行き方 考え方』発刊
1964年(昭和39年) 69 熱海会談、営業本部長代行として経営の指揮にあたる
1965年(昭和40年) 70 「ダム経営」論発表 
1968年(昭和43年) 73 『PHP道をひらく』発刊
1968年(昭和43年) 73 霊山顕彰会初代会長に就任 
1969年(昭和44年) 74 『PHP』誌100万部達成
1970年(昭和45年) 75 勲一等瑞宝章
1971年(昭和46年) 76 飛鳥保存財団初代理事長に就任 
1972年(昭和47年) 77 『人間を考える‐新しい人間観の提唱』発刊 
1973年(昭和48年) 78 会長退任、相談役に就任 
1974年(昭和49年) 79 『崩れゆく日本をどう救うか』発刊 
1977年(昭和52年) 82 『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』発刊 
1979年(昭和54年) 84 松下政経塾設立、理事長兼塾長に就任
1979年(昭和54年) 84 中国訪問
1983年(昭和58年) 88 「世界を考える京都座会」発足 
1987年(昭和62年) 92 勲一等旭日桐花大綬章
1989年(平成1年) 94 4月27日、逝去


なお、次回の日本論語研究会の講師は、武部 勤 元自民党幹事長・衆議院議員です。
1、12月8日(土)16時30分〜18時
2、場 所 慶應義塾大学   第1校舎1階 112教室
3、(テーマ、政治と道徳(仮題))


shige_tamura at 14:57│Comments(0)TrackBack(0)clip!日本論語研究会 

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