2007年10月26日
中條高徳先生のお話
講演後、参加者の数名から、「感動した」といったメールをいただいた。
そこで、今回は、中條高徳著『企業の正義』(ワニブックス、2006年)
の本から「上に立つものが必ず身につけなければならない思想」を記述する。
大いに参考になります。
(244−250頁)
日本には道徳の模範として古くから「武士道」が存在した。(略)その根本的な考え方は「上に立つものにはそれなりの義務が伴う」というものである。
実はこの思想は日本の武士道独特のものではない。西洋の騎士道にもはっきりと存在するものである。
西洋の騎士道ではこの思想を「ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」と言う。強き者は弱き者に、富める者は貧しき者に聖なる義務があるという考えである。
(略)
上に立つからには、いざという時には、下の者を全力で守る義務があるということなのだ。これがしっかりとしているからこそ、尊敬され、下の者も付いてくるのだ。
(略)
だが、最近の経営者にはどうもこうした考えがないようだ。社員は自分のために働く駒だなどと思っている経営者も多い。勘違いもはなはだしい。政治家や官僚も同様だ。彼らの中にこの「ノーブレス・オブリージュ」の精神を持っている人がいったいどれだけいるのだろうか。
会社を自分の所有物のように錯覚し、社員も所有物だと勘違いする経営者たち。会社の業績が悪くなると、自らの経営力は棚に上げ、リストラの名の下に社員の首を切る。もちろん、自分の地位だけはそのままだ。
(略)
ノーブレス・オブリージュを実践した人として、江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山が良く引き合いに出される。破綻寸前の藩財政を建て直すため、自ら率先して質素倹約し、自身が鍬を持って農民と一緒になって土地の開墾に励んだという。そのほかにも福祉政策など数々の施策を打ち出し、実行した。アメリカ大統領ジョン・F・ケネディやビル・クリントンが、「日本の政治家で最も尊敬する人物」として名を挙げたことでも有名だ。
この上杉鷹山が残した「伝国の辞」という藩主としての心得を記した条文が残っている。(略)
一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして、我私すべきものにはこれなく候
(国家とは先祖から子孫へと伝えるものであって、藩主が私物化すべきものではない)
一、人民は国家に属したる人民にして、我私すべきものにはこれなく候
(人民は国に属するものであり、藩主が私物化すべきものではない)
一、国家人民の為に立たる君にて、君の為に立たる国家人民にはこれなく候
(国家人民のために藩主がいるのであって、藩主のために国家人民がいるのではない)
(略)
「国家」を「会社」、「人民」を「社員」、「君」を「社長」もしくは「経営者」と読み換えてみてはどうだろう。会社を私物化し、社員を私物化し、社員はみな自分のために働いているのだと勘違いする経営者には、ぜひ毎朝、出勤前にそらんじてほしいものである。
地位とは危険なものだ。社長だというだけで、周りはみな、おだてたり褒めたりする。しかし、それは本心からおだてたり褒めたりしているとは限らない。身内は社内政治を自分の都合のいいように動かすためだったり、うまくいけば社長が自分を認めて地位を引き上げてくれるかもしれないと思うからだし、外部の人間はおだてておけばもしかしたら仕事が増えるかもしれないとか、好条件で取引が出来るかもしれないなどと思うからである。
何の根拠もなく単に地位をひけらかしても、部下は付いてこない。やはり、「徳」をもって治めなければ、組織全体のベクトルが同じ方向を向くことはないのである。
(略)
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この記事へのコメント
1. Posted by
小池重憲
2007年12月16日 09:20
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