2006年10月02日
伊吹文明文部科学大臣に期待する。
以前、月刊誌の『致知』(4月号)を読んで、伊吹文明先生は「とても良いことを言う、教育に熱心な政治家」と思っていました。
それが、今回、伊吹先生が安倍内閣の文部科学大臣に就任、それを「お天道さま内閣」といって評価していたブログ(「もののふのこころ」)も登場していました。
就任記者会見はブログ(「もののふのこころ」)を引用します。
就任記者会見で、「お天道さまや世間さまに顔向けできないような人間にはなるんじゃないよ」は日本独特の言い回しです。確かに、世界を見渡しても同様な意味の言葉はあるでしょう。ですが、「お天道さま」と云う表現は、日本の古来からの文化や伝統、価値観をもって育んできた規範を凝集したような真にユニークな言葉です。
なお、僕が感動した伊吹文明先生の『致知』(2006−4)の『視点 小泉改革の忘れ物 伊吹 文明 』を引用しました。
(112〜113頁)
(略)
日本は、アイヌや在日の方などの例外はあるが、基本的に一民族、一民族支配、一言語、同一の信仰(穏やかな多信仰)で成り立つ世界でも稀有(けう)な国である。人工的に移民でつくられたアメリカのように、言語も価値観も異なる人々の集合体である多民族国家と異なり、日本では法に書かれざる“暗黙の了解”が比較的成立しやすかった。
この特別な環境下で、われわれの祖先は、千年以上もの長きにわたって試行錯誤を繰り返し、上手(うま)くいかないことは削り落とし、よいと思われることを残して、社会規範として伝えてきた。少し前までは、「お天道様が見ている」、「世間様に顔向けできない」という言葉がよく使われていた。日本人は、そういう伝統的社会規範に照らして自らの行動を律してきたのである。
古い商家には、代々の体験にもとづいてつくられた家憲・家訓という規範があり、例えば、ただ利を追求するだけでなく、お得意様に不義理をしたり、お仕入れ先や下職(したしょく)の人をいじめるなど、道に外れたやり方で利を上げることを固く戒めてきた。
ところが、そうした日本人の尊い精神は、国が豊かになるにつれ次第に希薄になってきている。暖衣飽食の中で倫理観、道徳観は薄れ、「法に触れなければ問題ない」、「バレなければ何をやってもいい」と、悪徳商法や不祥事が頻発するようになった。戦後の教育の影響も大きい。義務よりも権利、「公」よりも「私」を優先する戦後教育を受けた人が大人になり、さらにその影響を受けた子どもたちが大人になることによって、「お天道様が見ている」、「世間様に顔向けできない」という戒めが通用しない世の中になっている。
(略)
(114頁)(略)
チャーチルも「民主主義は最悪の政治であるが、いままで存在したいかなる政治制度よりましである」と、その欠点を認めている。賢人支配の独裁制に戻したほうがいいかといえば、独裁者がいつも賢人である保証はない。(略)中小企業がやっとの思いで納めた十万円に価値を認めるのが政治である。
(略)保守主義の根本理念の一つは謙虚さである。(略)決断に際して最も信頼できる拠り所となるのは、先人が残してくれた伝統的な社会規範、すなわち「お天道様」であり「世間様」である。(略)
日本人が失われつつある伝統的な社会規範を取り戻すためにも、自民党政治は、郵政改革と同様の情熱で、憲法改正、教育基本法の改正に取り組み、教育や相続制度のあり方、そして家業、家族をどう維持するかに答えを出さねばならないと思う。
(略)伝統的な社会規範、人間の力を尊重し、それを取り戻す手を打つことによって、小泉改革に初めて車の両輪が揃(そろ)い、日本の将来に資する真の改革になると私は考える。











