2006年09月06日
石原慎太郎氏の痛烈な小沢批判
下の写真左は、逆さになったまま泳ぐ魚。
右は、台湾の世界一ビル101。
8月に台湾で携帯で撮った写真です。

現在、自民党総裁選が行われ、民主党もまもなく党首選挙がある。
今、求められているのは、政治家こそが国民を代表して、これからの日本をどうしたらいいのか、我々の国民生活をどういう方向に持っていけばいいのかという政策ビジョンを考え、議論して国民の前に具体的に提示することである。
そのためには、やはり政策というのが非常に大事なわけで、それは官僚ではなくて、政治家がつくっていかなければならない。
ところが、その点について月刊『文芸春秋』(1995年7月号)の「何を守り何を直すか――今こそ問う――国家の意思を決めるのは誰か」という石原慎太郎氏の論文にある指摘が、正鵠を射ているように思える。
その論文にこんなくだりがある。
「いつか自民党の首脳の一人が新生党が出来立ての頃、愚痴まじりに言っていたことがある。次の選挙に備えて小沢一郎が自民党の選挙に精通した党スタッフをほとんど引き抜いていったとか。『でも連れていったのは選挙関係者ばかりなんで、これじゃ政策の方が手薄じゃないかと、ある同僚が彼にいったら、政策なんぞのために人を雇って金をかける馬鹿がいるか。政策なんて脅したら電話一本でどこの役所でもただで持ってくるさ、といったそうな』そういった自民党幹部がどんなつもりだったか知らぬが、ある意味で語るに落ちた話でしかない。そんな魂胆で雨後の竹の子みたいに出来上がった政党に、政党としての対立軸のありようもない。そんな政界に歴史観にのっとった、国民が固唾を飲むような激しい議論もあり得ぬし、国民へのなんらかの啓蒙など有る筈もない」
と石原氏は述べている。
実際に、小沢一郎氏も政策は役人を使えばいいという考えがあったためか、新生党ができたときも、政策に関係するスタッフはごく少人数だった。
小沢・民主党は、政権交代を目指して、来年の参議院選挙で与党の過半数割れをねらって、無所属議員や他党に働きかけをしている。
しかし、肝心かなめの政策は抜きである。
この傾向は、かつて石原氏は指摘した通りなのだ。
小沢氏の座右の言葉に「変わらずに残るためには、変わらなければならない」というヴィスコンティ監督バートランカスター、アランドロン主演の「山猫」の滅びの貴族の台詞がある。
小沢氏の何が変わったかと言えば、日教組などに好かれる理念・政策に大きく変わったということだけは確かなようである。
右は、台湾の世界一ビル101。
8月に台湾で携帯で撮った写真です。
現在、自民党総裁選が行われ、民主党もまもなく党首選挙がある。
今、求められているのは、政治家こそが国民を代表して、これからの日本をどうしたらいいのか、我々の国民生活をどういう方向に持っていけばいいのかという政策ビジョンを考え、議論して国民の前に具体的に提示することである。
そのためには、やはり政策というのが非常に大事なわけで、それは官僚ではなくて、政治家がつくっていかなければならない。
ところが、その点について月刊『文芸春秋』(1995年7月号)の「何を守り何を直すか――今こそ問う――国家の意思を決めるのは誰か」という石原慎太郎氏の論文にある指摘が、正鵠を射ているように思える。
その論文にこんなくだりがある。
「いつか自民党の首脳の一人が新生党が出来立ての頃、愚痴まじりに言っていたことがある。次の選挙に備えて小沢一郎が自民党の選挙に精通した党スタッフをほとんど引き抜いていったとか。『でも連れていったのは選挙関係者ばかりなんで、これじゃ政策の方が手薄じゃないかと、ある同僚が彼にいったら、政策なんぞのために人を雇って金をかける馬鹿がいるか。政策なんて脅したら電話一本でどこの役所でもただで持ってくるさ、といったそうな』そういった自民党幹部がどんなつもりだったか知らぬが、ある意味で語るに落ちた話でしかない。そんな魂胆で雨後の竹の子みたいに出来上がった政党に、政党としての対立軸のありようもない。そんな政界に歴史観にのっとった、国民が固唾を飲むような激しい議論もあり得ぬし、国民へのなんらかの啓蒙など有る筈もない」
と石原氏は述べている。
実際に、小沢一郎氏も政策は役人を使えばいいという考えがあったためか、新生党ができたときも、政策に関係するスタッフはごく少人数だった。
小沢・民主党は、政権交代を目指して、来年の参議院選挙で与党の過半数割れをねらって、無所属議員や他党に働きかけをしている。
しかし、肝心かなめの政策は抜きである。
この傾向は、かつて石原氏は指摘した通りなのだ。
小沢氏の座右の言葉に「変わらずに残るためには、変わらなければならない」というヴィスコンティ監督バートランカスター、アランドロン主演の「山猫」の滅びの貴族の台詞がある。
小沢氏の何が変わったかと言えば、日教組などに好かれる理念・政策に大きく変わったということだけは確かなようである。











