2017年09月

2017年09月25日

解散・総選挙、いろんな動きがあります。

 今日から選挙モードです。
 これから、政治関連のツイートをして行きたいと思います。

 比例復活の自民党の福田峰之氏が離党して新党に参加するのは、相手候補が強くて、今の選挙区では連続落選で、今後も当選の見通しがないため、新党に活路を見出したいというとこです。
 自分が政治家として生き残るための選択です。

 民進党からも、離党して新党へという動きがこれからも出てきます。
 民進党だと落選、新党だと当選確率が増えるという読みです。

 日本のこころの中山代表の新党への参加は、夫君の成彬氏を政治家として復活させたい、そのためには新党が得策との考えです。

 政治家は、理念・政策よりも、自分が当選するには何が得か?
 選挙目的で動く生き物と見た方が良いと思います。

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 こういう人もいるのです。

 細野氏の新党出馬要請、溝口氏断る 「自民お世話に…」
 9/24(日) 23:22配信

6月の静岡知事選で現職の川勝平太氏に敗れた溝口紀子氏(46)は24日、浜松市浜北区で取材に応じ、民進党を離党した細野豪志・衆院議員らが立ち上げる新党から、衆院静岡1区に立候補の打診を受けたことを明かした。その上で、「知事選で自民党の支部や1区選出の上川陽子法相にお世話になった。恩をあだで返すことはできない」と出馬要請を断ったと説明した。

 溝口氏によると、要請があったのは、数日前で、細野氏に非常に近い人からだったという。「知事選で静岡市葵区、駿河区での得票が川勝氏を上回ったことから、1区で知名度があると判断されたようだ」と話した。溝口氏は「知事選の敗因は準備不足、勉強不足。資金も底をつき、今は選挙ができる状態にない」とし、比例区も合わせいずれの政党からも衆院選に立つつもりがないことを明らかにした。
(朝日新聞社)

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 政策を盗む、盗まないといった議論はナンセンス。

 国民にとって良いと思う政策があれば、行動に移すことが大事。
 自民党が野党の時、僕は橋本政調会長と細川首相の所にいって、自民党の政策要望を提出、この中で良いものがあれば政府で実行して下さいと言っていた。
 今の政治はおかしい。

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 前原誠司「安保関連法が廃止になると、日米防衛協力(ガイドライン)の合意が履行できなくなる」(2015年11月、読売テレビ)と言っていた。

 ところが、民進党政権公約では「安保法制を白紙化する」と。

 民進党は、日米関係をガタガタにして、なにをしたいのか?

 これが、「言うだけ番長」か!
 酷い!
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 前原・民進党代表は、かつて「共産党はシロアリだ。協力したら土台が崩れる」と言っていました。
 これから、共産党と選挙協力する?
 結果は、どうなるか?

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 前原誠司「私は改憲ではなく“加憲”を主張してきた。9条3項、あるいは10条といった形で、自衛隊の存在を明記してはどうかと考えている」(週刊東洋経済5.13)と明言。

 民進党代表として、どうするんだろう?

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 解散・総選挙は、勝てる見込みのある時にするもの。 

 大義がいくらよくても、不利な時に負ける戦いをするのは愚策。
 「孫子」を読めばわかること。
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 かつて解散すべきと言ってた人は、
 安倍首相は解散できないと思って言ってただけ。

 ところが、解散するとなると、その人達は、驚いて、「大義がない」などと難癖を付けて批判する。


2017年09月21日

安倍内閣総理大臣/国連演説全文(9月20日)

1、
 議長、ご列席の皆さま、本日私はまず、「持続可能な開発目標(SDGs)」の実施にかける、われわれの情熱をお話ししようと思っていました。国内の啓発を図る工夫にも、ご紹介したいものがありました。
 いわゆる「We―Fi」、女性起業家を資金で支える計画が私個人や日本政府にとって、なぜ重要か。
「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC)のことを、私は「日本ブランドにする」と言っています。本年12月、われわれは東京でUHCを主題に大きな会議を開きます。
 語るべきことの、リストは長い。
 法の支配に対するわれわれの貢献。パリ協定に忠実たろうとするわれわれの決意。世界のインフラ需要に対し、質の高い投資をもって臨むわれわれの政策。
 また、日本がどこまでも守りたいものとは、フリーで、リベラルで、オープンな国際秩序、多国間の枠組みであります。
 まさに、それらを守る旗手・国連に寄せる世界の期待はいよいよ高い。ならばこそ、安全保障理事会を、時代の要請に応じ、いち早く、変革すべきなのです。変革のため日本は友人たちと努めます。安保理常任理事国として、世界平和に積極的役割を果たすのが、日本の変わらぬ決意だと、私は主張するつもりでありました。
 けれども私は、私の討論をただ一点、北朝鮮に関して集中せざるを得ません。

2、
 9月3日、北朝鮮は核実験を強行した。それが水爆の爆発だったかはともかく、規模は前例をはるかに上回った。
 前後し、8月29日、次いで、北朝鮮を制裁するため安保理が通した「決議2375」のインクも乾かぬうち、9月15日に北朝鮮はミサイルを発射した。いずれも日本上空を通過させ、航続距離を見せつけるものだった。
 脅威はかつてなく重大です。眼前に差し迫ったものです。
 われわれが営々続けてきた軍縮の努力を北朝鮮は一笑に付そうとしている。不拡散体制は、その史上最も確信的な破壊者によって深刻な打撃を受けようとしている。
 議長、同僚の皆さま、このたびの危機は、独裁者の誰彼が大量破壊兵器を手に入れようとするたび、われわれがくぐってきたものと、質において、次元の異なるものです。
 北朝鮮の核兵器は、水爆になったか、なろうとしている。その運搬手段は早晩、大陸間弾道ミサイル(ICBM)になるだろう。
 冷戦が終わって二十有余年、われわれは、この間、どこの独裁者にここまで放恣にさせたでしょう。北朝鮮にだけは、われわれは結果として許してしまった。
 それはわれわれの、目の前の現実です。
 かつ、これをもたらしたのは、「対話」の不足では、断じてありません。

3、
 対話が北朝鮮に、核を断念させた、対話は危機から世界を救ったと、われわれの多くが安堵したことがあります。一度ならず、二度までも。
 最初は1990年代の前半です。
 当時、北朝鮮がなしたどう喝は、国際原子力機関(IAEA)など、査察体制からの脱退を、ちらつかせるものにすぎませんでした。
 しかし、その意図の、那辺を察したわれわれには、緊張が走った。
 いくつか曲折を経て、94年10月、米朝に、いわゆる「枠組合意」が成立します。
 核計画を。北朝鮮に断念させる。その代わりわれわれは、北朝鮮にインセンティブを与えることにした。
 日米韓は、そのため、翌年の3月、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)をこしらえる。これを実施主体として、北朝鮮に、軽水炉を2基、つくって渡し、また、エネルギー需要のつなぎとして、年間50万鼎痢⊇徒を与える約束をしたのです。
 これは順次、実行されました。ところが、時を経るうち、北朝鮮は、ウラン濃縮を、着々と続けていたことが分かります。
 核を捨てる意思など、もともと北朝鮮にはなかった。それが誰の目にも明らかになりました。発足7年後の2002年以降、KEDOは活動を停止します。
 北朝鮮はその間、米国、韓国、日本から支援を詐取したと言っていいでしょう。
 インセンティブを与え、北朝鮮の行動を変えるというKEDOの枠組みに価値を認めた国は徐々に、KEDOへ加わりました。
 欧州連合(EU)、ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、インドネシア、チリ、アルゼンチン、ポーランド、チェコそしてウズベキスタン。
 北朝鮮は、それらメンバー全ての、善意を裏切ったのです。
 創設国の一員として、日本はKEDOに無利息資金の貸与を約束し、その約40%を実施しました。約束額は10億法実行したのは約4億砲任后

4、
 KEDOが活動を止め、北朝鮮が核関連施設の凍結をやめると言い、IAEA査察官を追放するに及んだ、2002年、2度目の危機が生じた。
 懸案はまたしても、北朝鮮がウラン濃縮を続けていたこと。そしてわれわれは、再び、対話による事態打開の道を選びます。
 KEDO創設メンバーだった日米韓3国に、北朝鮮と中国、ロシアを加えた、6者会合が始まります。2003年8月でした。
 その後、2年、曲折の後、2005年の夏から秋にかけ、6者は一度合意に達し、声明を出すに至ります。
 北朝鮮は、全ての核兵器、既存の核計画を放棄することと、核拡散防止条約(NPT)と、IAEAの保障措置に復帰することを約束した。
 そのさらに2年後、2007年の2月、共同声明の実施に向け、6者がそれぞれ何をすべきかに関し、合意がまとまります。
 北朝鮮に入ったIAEAの査察団は、寧辺にあった、核関連施設の閉鎖を確認、その見返りとして、北朝鮮は、重油を受け取るに至るのです。
 一連の過程は、今度こそ、粘り強く対話を続けたことが、北朝鮮に、行動を改めさせた、そう思わせました。
 実際は、どうだったか。
 6者会合のかたわら、北朝鮮は2005年2月、「われわれは、既に核保有国だ」と、一方的に宣言した。
 さらに2006年の10月、第1回の核実験を、公然、実施した。
 2度目の核実験は、2009年、結局北朝鮮は、この年、「再び絶対に参加しない」と述べた上、6者会合からの脱退を表明します。
 しかもこのころには、弾道ミサイルの発射を、繰り返し行うようになっていた。

5、
 議長、同僚の皆さま、国際社会は北朝鮮に対し、1994年からの十有余年、最初は「枠組合意」、次には「6者会合」によりながら、辛抱強く、対話の努力を続けたのであります。
 しかし、われわれが思い知ったのは、対話が続いた間、北朝鮮は核、ミサイルの開発を諦めるつもりなど、まるで持ち合わせていなかったということであります。
 対話とは、北朝鮮にとって、われわれを欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった。
 何よりそれを、次の事実が証明します。
 すなわち1994年、北朝鮮に核兵器はなく、弾道ミサイルの技術も成熟にほど遠かった。それが今、水爆とICBMを手に入れようとしているのです。
 対話による問題解決の試みは、一再ならず、無に帰した。
 何の成算あって、われわれは三度、同じ過ちを繰り返そうというのでしょう。
 北朝鮮に、全ての核・弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄させなくてはなりません。
 そのため必要なのは、対話ではない。圧力なのです。

6、
 議長、同僚の皆さま、横田めぐみという、13歳の少女が、北朝鮮に拉致されて、本年11月15日、ついに40年を迎えます。
 めぐみさんはじめ、多くの日本人が、いまだに北朝鮮に拉致されたままです。
 彼らが、一日も早く祖国の土を踏み、父や母、家族と抱き合うことができる日が来るよう、全力を尽くしてまいります。
 北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対し、日本は日米同盟によって、また、日米韓3国の結束によって立ち向かいます。
 「全ての選択肢はテーブルの上にある」とする米国の立場を一貫して支持します。
 その上で私は、北朝鮮に対し厳しい制裁を科す安保理決議2375号が、9月11日、安保理の全会一致で採択されたのを、多とするものです。
 それは、北朝鮮に対する圧力をいっそう強めることによって、北朝鮮に対し、路線の根本変更を迫るわれわれの意思を、明確にしたものでした。
 しかし、あえて訴えます。
 北朝鮮は既に、ミサイルを発射して、決議を無視してみせました。
 決議はあくまで、始まりにすぎません。
 核・ミサイルの開発に必要な、モノ、カネ、ヒト、技術が、北朝鮮に向かうのを阻む。

 北朝鮮に累次の決議を完全に履行させる。
 全ての加盟国による一連の安保理決議の、厳格かつ全面的な履行を確保する。
 必要なのは行動です。北朝鮮による挑発を止めることができるかどうかは、国際社会の連帯にかかっている。
 残された時間は多くありません。

7、
 議長、ご列席の皆さま、北朝鮮はアジア・太平洋の成長圏に隣接し、立地条件に恵まれています。勤勉な労働力があり、地下には資源がある。
 それらを活用するなら、北朝鮮には経済を飛躍的に伸ばし、民生を改善する道があり得る。
 そこにこそ、北朝鮮の明るい未来はあるのです。
 拉致、核、ミサイル問題の解決なしに、人類全体の脅威となることで、開ける未来など、あろうはずがありません。
 北朝鮮の政策を、変えさせる。そのために私たちは、結束を固めなければなりません。

 ありがとうございました。

shige_tamura at 14:35|PermalinkComments(0)clip!安倍晋三 

2017年09月12日

第51回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示(平成29年9月11日)

本日、我が国の防衛の中枢を担う幹部諸君と一堂に会するに当たり、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、一言申し上げたいと思います。
 九州北部豪雨の現場で、濁流に漬かりながら、人命救助や行方不明者の捜索に当たる諸君。豪雨が続く被災地では、避難される方々に寄り添い、心の支えとなりました。
 灼熱(しゃくねつ)のアデン湾、南スーダンで世界の平和と安全のため、黙々と汗を流す諸君。自衛隊の諸君の、高い使命感に裏打ちされた懸命な姿が、私だけでなく、多くの国民の瞼(まぶた)に浮かびます。

 北朝鮮による、我が国上空を飛び越えるミサイル発射や核実験という暴挙。
 自衛隊は、発射直後から落下まで、ミサイルの動きを、切れ目なく完全に探知・追尾していました。速やかな放射能調査により、国民の安全を確認しました。北朝鮮がミサイル発射の検討を表明した時には、即座にPAC−3部隊とイージス艦を展開させました。県民の安心につながった。迅速な対応に感謝する。島根、広島、愛媛、高知の知事からの言葉です。
 国民の負託に全力で応え、与えられた任務を全力で全うする隊員諸君。国民から信頼を勝ち得ている自衛隊員は、私の誇りであります。

 同時に、我々は、信頼に応える責任の重みを、噛(か)み締めなければならない。南スーダンの日報問題をめぐっては、国民の皆様から大きな不信を招く結果となりました。最高指揮官として、国民の皆様に、おわびを申し上げたいと思います。

 真に国民のための自衛隊たれ。自衛隊創設以来のこのすばらしい理念を、今一度、しっかりと胸に刻み、国民の負託に応えていく。最高指揮官たる私自身が、先頭に立って、皆さんと共に全力を傾けたいと思います。

 かつて、東西冷戦構造の下では、脱脅威論、すなわち、目の前の脅威に直接対抗しない、という考え方が、我が国の防衛政策の中核でありました。しかし、厳しさを増す我が国の安全保障環境を前に、我々は、目の前の現実に、真正面から向き合わねばなりません。
 安全保障政策を立て直す。この信念から、10年前、国の防衛という国家の最も基本的な権能を担う組織の、在るべき姿として、防衛省を設置しました。二次政権発足後、国益を長期的視点から見定め、我が国の安全を確保していくため、我が国初となる国家安全保障戦略を策定し、その司令塔として国家安全保障会議を設置しました。積極的平和主義の下、防衛装備移転三原則を策定し、さらに、限定的な集団的自衛権の行使を含む平和安全法制を制定、及び、新たな防衛協力ガイドラインを日米で合意しました。
 我が国を取り巻く安全保障環境の現実を直視するとき、これらの政策は、全く間違っていなかった。私はそう確信します。

 北朝鮮による、我が国上空を飛び越えるミサイル発射や核実験という暴挙。相次ぐ国籍不明機による領空接近。真正面から向き合い、こうした枠組みの下で、万全の対応をとらなければなりません。
 安全保障政策の根幹となるのは、自らが行う努力であります。自らの手で、自らを守る気概なき国を、誰も守ってくれるはずがありません。同時に、地域の平和と安定なくして、我が国の平和もあり得ません。

 我が国自身の防衛力を強化し、自らが果たし得る役割の拡大を図っていく。小野寺大臣には、防衛大綱の見直しと、次期中期防衛力整備計画の検討を指示しました。これまでの考え方を、所与のものとすることはできません。将来の在るべき防衛力の姿に思いを致し、これからの時代にも妥当性があるのかどうか、不断の検討を行っていくことが必要です。自衛隊が向き合う現実を、一番よく知るのは、今日、この場にいる諸君であります。
 現場からの忌憚(きたん)のない意見を積極的に提示してもらいたい。諸君の貢献に期待しています。

 国民の安全を守り、地域の安定を維持するためには、日米同盟の強化が不可欠です。助け合うことのできる同盟は、その絆を強くする。平和安全法制と新ガイドラインの下、日米の絆は、かつてない強固なものとなっています。北朝鮮が挑発行為を繰り返す中、その脅威を抑止しなければならない。
 今年、日本海で米空母2隻と史上初となる日米共同訓練を行いました。戦略爆撃機との共同訓練も重ねています。我々は、米国と共に防衛態勢と能力の向上を図るべく、具体的な行動をとっていかなければなりません。

 普遍的価値と戦略的利益を共有する国々との協力の強化も極めて重要です。今年、史上初めて、日本、米国、英国、フランスの4か国による共同訓練を行いました。インドと米国との3か国の共同訓練「マラバール」も、今後、恒常的に実施していきます。
 連携強化のインフラであるACSA(物品役務相互提供協定)についても、今年、豪州、英国との協定を締結し、フランスと締結交渉を開始しました。今後とも、戦略的な国際防衛協力を積極的に推進してもらいたいと思います。

 昨年、この場で、適者生存という言葉を紹介しました。生存競争において、勝ち残ることができるのは、最も力がある者ではありません。その環境に最も適応した者。すなわち、環境の変化に柔軟かつ迅速に対応できた者であります。

 その一例として、自衛隊が新たな時代に適応できるかどうかの試金石は、女性活躍であると申し上げました。残念ながら、昨年、この場に女性の将官の姿はありませんでした。
今年は、近藤奈津枝さんが列席している。大変、うれしく思います。
 男性中心の働き方文化の改革。改革は、これで終わりではありません。
 新たな時代に適応する。自衛隊は、ここ数年、大きな組織改革、制度改革を積み重ねてきました。これらの真価を発揮させるには、より一層、一体的かつ機動的な組織文化へと、変革を遂げていく必要がある。

 国民目線を忘れず、全体を俯瞰(ふかん)しながら、柔軟に事に当たる。諸君の行動の一つ一つが、変革につながります。新たな組織と制度に、しっかりと魂を入れていってほしいと思います。

 そして、最高指揮官たる内閣総理大臣と、防衛省、自衛隊が、一体となって、事に当たることができるよう、常に心を砕いてほしい。そう思っています。

「只今がその時、その時が只今なり」

 江戸時代の武士、山本常朝(じょうちょう)の「葉隠(はがくれ)」に記された言葉です。常日頃から、備えを万全とするために、不断に自己を磨く。

 国際情勢は、一層複雑化し、私たちが望むと望まざるとに関わらず、激変を続けています。昨日までの平和は、明日からの平和を保障するものではありません。

 こうした状況の変化を、しっかりと見定めながら、あらゆる事態に備え、国民の命と平和な暮らしを守る。この崇高な任務に対し、いかなる困難にもひるまず、強い使命感を持って、たゆまぬ努力を続けていただきたい。

 国民の生命・財産、領土・領海・領空を断固として守り抜く。最高指揮官である私を含め、一人一人が、国民の負託に応えるため、全力を尽くしていかねばなりません。諸君と共に改めてそのことを誓いたいと思います。

 私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、ますます精励されることを切に望み、私の訓示といたします。


平成29年9月11日
自衛隊最高指揮官
内閣総理大臣   安倍 晋三


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