2011年10月

2011年10月31日

谷垣禎一自民党総裁の代表質問全文(その1)

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 今日の衆議院本会議、谷垣禎一自民党総裁の代表質問全文です。

一、はじめに

 私は自由民主党・無所属の会を代表して、先般の野田総理の所信表明演説、安住財務大臣の財政演説について質問いたします。

 冒頭、東日本大震災ならびに相次ぐ台風の被害によって、不自由かつ不安な日々をお過ごしの皆様に対し、心からお見舞い申し上げるとともに、地域における復旧・復興に向けて、自民党は引き続き総力を挙げてまいることをここに約束いたします。また、先般のタイ王国大規模洪水およびトルコ共和国大地震災害に対して、政府においては最大限の支援策を講じることを強く求めます。

 さらには、歴史的な円高の影響によって、多くの企業が厳しい経営を強いられています。政府は本日、市場介入を行いましたが、引き続き市場に対して断固たる姿勢を示すよう求めます。

 さて、政権交代よりはや2年の歳月が過ぎ、その間、民主党政権において3代目の総理に至りました。わが自民党も小泉総理で総選挙を行い、その後3人の総理が替わったことは、公平に述べておかねばなりません。しかし、その際に野田総理、あなたは「与党のトップが交代する際には、民意を問うべきである」と言われたことを憶えておられるでしょうか。今もその意見は変わりませんか。

 この2年間、民主党内の絶え間ない内紛、統治能力の欠如によって国政の著しい停滞を招き、内政・外交にわたって多大なる国益の損失をもたらしました。これを「民主主義のコスト」として安易に片付けてしまうことは、到底許されません。国際社会においては、来年の主要国における権力の移行期を控えつつ、欧米諸国の財政リスクが顕在化し、他国を顧みるゆとりもなくひたすら自らの国益を追求して鎬を削りあう情勢にあります。
 一方、国内に目を向ければ、少子高齢化は急速にその進行の度を深め、経済の高成長、それに拠って立つ財政の分配を期待する経済社会システムはもはや昔日のものとなりました。そのうえに、この大震災がわれわれを襲ったわけです。これらを踏まえれば、民主党の政権担当能力を磨くための授業料を支払う余裕が残されていないことは、国際情勢からも国民の懐具合からも明らかです。

 また、民主党政権におけるマニフェスト施策の実現が進まないどころか後退、違背を繰り返すことによって、国民との契約違反の状態が続いています。野田総理はその不履行の要因として、景気後退による税収減、ねじれ国会、東日本大震災の3つを挙げています。しかし、これらは全て、無駄を排除して財源を確保することで施策を実施するというマニフェストの基本構造に対しては何ら関係がありません。
 どれが無駄の削減額を左右しえたのでしょうか。震災前の昨年末に野田財務大臣のもとで編成された平成23年度予算において、16.8兆円と言っていたマニフェストの実行額が僅か3.6兆円にとどまっていたことこそ、その構造的欠陥の明らかな証左です。国民は先の総選挙で票という代金を支払ったものの、約束された商品を受け取れないままとなっています。嘘をついて奪い取った政権はそのままに、誠実な履行をすることができないのであれば、根強い政治不信を払拭することもできず、国民はコストをひたすら払い続けるのみです。

 これらの厳然たる事実を、政権運営にあたる野田総理においては十二分に認識すべきと考えますが如何でしょうか。


二、平成23年度第3次補正予算案・復興財源確保法案等

 さて、平成23年度第3次補正予算案と東日本大震災に係る復興財源の確保のあり方について、わが党の基本的考え方を申し述べつつ、政府・与党の考え方を質してまいります。

 はじめに明らかにしておきますが、わが自民党は7月8日には総額17兆円の震災対策を公表しており、その財源のうち歳出削減や税外収入で賄えない分について復興債を発行することとし、その信認を担保するために、所得税、法人税等の付加税により償還の道筋を明確にすべきといち早く表明しております。わが国財政事情は深刻さを極めており、東日本大震災からの復旧・復興対策経費が巨額に上る中で、いかに財政規律を確保するかという基本的認識において政府・与党と違いはありません。

 しかし、今回の政府・与党の3次補正予算案と復興財源確保法案は、わが党の取りまとめから3ヶ月半以上遅れているうえ、その間、内容についてよほど詰めが進んでいるのかと思いきや、国民の皆様に負担を求めるにしては、随分粗っぽいいい加減な案を出してきたとの印象です。国民の皆様に負担を求めるためには、丁寧な説明と合理的な制度設計が必要です。
 政府・与党の案は、その双方の要素に欠けており、運び方も案の内容も稚拙そのものです。このような政府・与党が、今後、消費税で更に大きな国民負担をお願いすることに取り組むというのであれば、その資質からして大いに疑問を抱かざるを得ません。このことを、質問を通じて明らかにしてまいる所存です。

 わが党は第1に、現在の政府・与党案の復興債の償還期間が10年とされているのは、短すぎると考えており、その大幅な延長を求めております。

 理由としてはまず、千年に一度という大震災の復旧・復興経費に係る財源調達を現世代の負担によってのみ賄うとすれば、現世代が前後の世代と比較して大震災があったばかりに過重な負担を強いられることになり、不公平と言わざるを得ません。特に復興による受益を後世代が享受することを踏まえれば、世代をまたいで負担を分かち合う必要があります。しかも、復旧・復興経費の内容を見れば、3次補正で計上されている全国防災対策費などは全国で行われるハード事業であり、中身において通常の建設公債発行対象経費と明確に区別が可能なものとは到底思えず、復興債及びその償還財源としての税制措置で賄わなければならない理由が分かりません。

 また、われわれは、単に長く償還期間を延ばせと申し上げているつもりはありません。わが国財政に対する市場の信認を高めるうえで大事なことは、償還の道筋をしっかりと付けることであって、償還期間を徒に短くすることではありません。政府・与党はこの点を混同しています。
 さらには、わが国財政の今後の課題を見据えれば、徒に短く設定することには疑義があります。わが国は基礎的財政収支の黒字化などの財政健全化目標を設定しており、その達成に向けて消費税を含む税制抜本改革は避けられません。目先の性急な復興財源確保のみに囚われず、マクロの財政健全化の取組みとの関係にも配意し、償還期間を長くとることでその負担を薄いものにしておく必要があります。

 そこで総理に質問いたします。一つ一つお答えください。

 まず、3次補正予算に係る東日本大震災復興経費11兆7,335億円のうち公債発行対象経費とそれ以外は幾らずつか。言いかえれば、この部分について今回のような異例の対応でなく、通常の公債の追加発行による対応をとった場合、建設公債、特例公債はそれぞれ幾らとなったのか、伺います。

 そのうえで、それらについて建設公債等によらず、あえて復興債及びその償還財源の確保のための税制措置というスキームに依ることとした理由を改めて伺います。
 次いで、政府・与党案では、復興債の償還期間は通常の60年償還ルールに対して10年と大幅な短縮がなされたことについて、如何なる理由付けがなされているのかお答えください。

 更には、そこまで償還期間に差を設けるからには、債券の発行で賄われる事業の性質についても明確な差が認められるのでしょうか。例えば、全国防災対策経費の定義は何か、単なる公共事業が紛れていることはないのか、両者を区別する基準は何でしょうか。

 さらに伺いますが、消費税の取扱いなどを含めて今後の財政健全化への取組みが具体的に固まっていない中で、短い償還期間を設定して単年度あたりの国民負担を大きなものにしてしまうことが、今後の取組みへの足枷となるのではないでしょうか。

 これらに対する答弁を踏まえたうえで、改めて償還期間の大幅延長を求めているわが党の見解に対するお答えをいただきたいと存じます。
 
 第2に、わが党は23年度予算における子ども手当の減額措置に伴って特例公債を減額することを求めています。これは、民主党のマニフェスト施策を目の敵にして、その歳出削減に見合う特例公債減額を立てることであえて辱めに遭わせようとしているわけではありません。子ども手当の見直しの要因を震災に求めることが筋違いだと申し上げているわけです。

 そもそも、特例公債発行額を極力圧縮するというのが財政運営の基本ルールであり、特例公債の発行によって全体の予算が賄われている以上、歳出の削減を行う一方で建設公債発行対象経費の増額が行われた場合、特例公債を減額して建設公債に振り替えるのが補正予算の通例であるはずです。なぜ今般はそのような対応をとらないのでしょうか。政府・与党が、マニフェスト政策については特例公債に頼らず財源をきちんと確保したという建前と、復興債と建設公債を同時発行しないことにこだわるあまりに、特例公債発行の減額に努めるという財政運営の基本ルールを蔑ろにしてしまっているのが今回の対応ではないかと考えますが、いかがでしょうか。お答えください。

 そして、このような対応を今後も踏襲していくとなると、24年度以降の当初予算についても、復興財源となる歳出削減分について、その見合いとなる復興経費に幾ら公債発行対象経費があっても、特例公債発行額を減額しない措置をとり続けるにことになりかねませんが、それで宜しいのでしょうか。本来圧縮できるはずの相当規模の特例公債発行額が毎年度圧縮できないということになってしまいますが、そのことは財政運営として妥当なのか、あわせてご回答願います。

 以上を踏まえたうえで、改めて今般の3次補正予算、さらには24年度予算以降における子ども手当の歳出削減分を特例公債減額に充てることを求めます。

 第3に、われわれは復旧・復興経費を管理する特別会計の創設を求めています。
 今回の政府・与党の復興財源確保のスキームがあまりにいい加減で、国民にとって受益と負担の対応関係が見えにくいものであることを踏まえると、特別会計の創設はいよいよ必要となります。それにより、復興経費は新たな特別会計で管理されることとなるため、その他の経費との差別化が進み、単なる通常の公共事業関係費が全国防災対策費として復興経費に紛れ込んでくるようなことも防がれていくと考えられ、B型肝炎対策との区分も明確になります。
 税財源が確保されている復興事業の進捗度合いが明確になり、今後、国民からも更なる税制上の措置が必要な状況にあるのかどうかということが見えやすくなります。復興を名目に講じられた税制措置による増収分が他の事業に費消されることなく、必ず被災地向け歳出に充てられることが明確になることで、国民の納税意識も高まるものと考えます。政府・与党は今回の復興財源確保のスキームについてよくよく居住まいを正したうえで、国民に増税の理解を求めていくべきです。
特別会計設置に関する野田総理の見解を改めて伺います。

 復興財源としての税外収入・歳出削減を巡っては、前原政調会長と政府側とで、増税額を巡って行ったり来たりのやり取りが続くという混迷振りを見せつけましたが、相変わらず取扱いがすっきりしません。関連してお尋ねしますが、国家公務員給与特例法案による国家公務員給与の引下げ分は復興財源にカウントされている一方、24年度予算などで連動して行われる地方公務員給与に係る地財措置、更には義務教育国庫負担金や独立行政法人運営費交付金の見直しなどによって生み出される財源については、復興財源に使うのではなく財政再建に使うとの報道もあり、現段階では復興財源としてはカウントされていないようです。
 しかし、やはり公的部門全体で捻出する復興財源として整理することが適切であり、今後復興経費の増加が確実な中で、これ以上税負担を増やさないために用いるべきと考えますが如何でしょうか。


三、社会保障・税一体改革

 社会保障・税一体改革について伺います。
 先般、五十嵐財務副大臣が2015年度までの消費税率の10%への引上げは2段階に分けて行い、その第1段階目は再来年秋の衆院任期満了後に行う旨を示唆しましたが、本来、財政や経済の状況を踏まえ決せられるべき消費税率の引上げのタイミングがそれらとはおよそ関係ない政治日程との関係で決まるというのはいかにもナンセンスであり、いかにマニフェストとの関係で民主党が消費増税の検討を行うことが破綻を来しているかの表れです。
 そもそも、あなた方が法案提出の拠り所としている、消費税を含む税制抜本改革の規定を含む平成21年度税制改正法に、民主党は反対されたのではありませんか。先の総選挙におけるマニフェストには、消費税について一言の言及もありませんでした。当時の鳩山代表は「消費税は20年間上げない」ことを公然と述べておられました。社会保障・税一体改革は必要な政策ではありますが、ここでもまた国民に対して言行不一致な行動をとろうとするあなた方は、票を投じた有権者にどう説明するのでしょうか。

 また、平成21年度税制改正法附則第104条との関係で今年度内に具体的な法案提出ということになれば、年内にはその概要を固める必要がありますが、議論の時間があまりに不足しています。6月に「成案」をとりまとめて以降、社会保障機能強化の進め方等、具体的な検討が進んでいるようには聞こえてきません。複数税率など逆進性対策をどうするのかといった受益と負担の関係もまったく見えないまま、年末までの2ヶ月ですべてを決めてしまうことには相当無理が伴います。

 このように無理に無理を重ね、国民に言ったことと違う政策を押し通そうとするあなた方の社会保障・税一体改革への取組みの前途は多難と考えますが、野田総理としては、この窮屈な日程の中で具体的なスケジュールをどのように進めていこうとされているのか具体的にお示しいただくとともに、改めてご決意を伺います。(続く)

shige_tamura at 16:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!自由民主党 

谷垣禎一自民党総裁の代表質問(その2)

四、TPP

 過去2代にわたる民主党政権によってわが国の外交の基盤は大きく揺らぎ、今やその失地回復にのみ汲々とせざるをえないのが現状です。普天間基地移設問題についても、その迷走によって米国との信頼関係を大きく損ねたために、政府・与党はそのツケをなりふり構わず返そうとしているかのように見受けられます。TPP交渉への参加をめぐっても同様です。
 そもそも、日米関係において日々の情報交換や意見調整等が円滑になされていれば、このような切迫した事態に陥ってはいなかったはずです。また、国益に関わる重要事項にも関わらず、政府が情報を提供しないため、参加の可否を判断するための国民的議論が全く熟しておりません。それに加え、藤村官房長官や前原政調会長は、交渉途中の離脱の可能性を明言されていますが、入口から逃げ腰の国を相手に、他の参加予定国が真剣に向き合うことはありえません。
 これまでの経緯から昨今の騒動まで、極めて稚拙な取り運びとなっていることについて、民主党ならびに野田政権の責任は極めて重いものと考えますが、その点について総理の見解を伺います。

 いずれにせよ、わが国は世界にモノを売って自国で賄いきれないエネルギーを買って成り立っている以上、自由貿易体制を志向せざるをえず、その中で国内産業にも十分な目配りをする。
 その際、不断の外交努力で自らの国益を主張し、他国の譲歩を可能な限り引き出すとともに、国内産業に対しては、不安と弊害を払拭すべく、財源に裏付けられた対策を適切に講じていくことが、わが国の基本戦略ではないでしょうか。前者は先ほど指摘しましたが、後者についてもその対策が不十分なものと考えます。
 民主党政権は農家の戸別所得補償制度を推進していますが、これは基本的には価格差補填の仕組みです。従って、関税障壁が除かれて市場価格が払底しても、これより高い生産価格との価格差を補填することでTPPへの一定の対応策にはなります。しかし、価格差が拡大していけば、それを埋めていくための巨額の財源を要します。
 TPPで輸出企業に、戸別所得補償で農家にもいい顔をし、その結果財源はないとなれば、まさにあの詐欺マニフェストと同じことです。そもそも、財源が限られた中では、頑張って競争力を発揮できる農家には担い手として支援するとともに、農業の多面的機能の観点からも直接支払いを中心として支えていくといった政策目的に応じた農業政策こそが求められるものと考えます。その見極めもないままばらまくのみでは、財源は枯渇して結局は農業を守ることもできず、民主党が50%とまで掲げた食料自給率はみるみる低下し、農村は荒廃し過疎化が進む一方となります。
 政府においては積極的に情報を開示し、今後の確たる展望を示すことで国民の議論に供するよう強く求めます。APECも差し迫っていますが、TPPがもたらすメリット、デメリットは具体的に何か、TPP交渉に参加するのか否か、野田総理の明確な答弁を求めます。


五、国家公務員給与特例法案

 野田総理が早期成立の意欲を示している国家公務員給与特例法案について伺います。わが党は、国家公務員の給与引下げ自体に反対しているわけではありません。協約締結権とセットであることを問題視するとともに、人事院勧告を実施したうえで、さらに深掘りすべきと考えています。これによって地方公務員等を含め、より大きな削減が実現できるわけです。

 さて、本法律案は、その策定過程で自治労、日教組が大宗を占める職員団体と交渉を行った結果まとまったものと承知しており、官が身を切るという一見改革的でありながら組合配慮ありきの法律案であるとすれば、働きアリの税金に白アリがたかる構図が総理の足元で始まっているということとなりかねません。

 その点に関してまずは協約締結権の付与を行う国家公務員制度改革関連4法案との関係を確認します。給与特例法案が仮に協約締結権の付与と交換条件になっているとしたら、本法案は組合天国への誘い水であるということになり、論外です。連合などはホームページで10月11日の政府とのトップ会談における「国家公務員制度改革関連法案と国家公務員給与特例法案を同時期に成立をめざすという基本姿勢は変わっていない。」という関係閣僚の答弁を成果として喧伝していますが、これは事実でしょうか。
 4法案とのセットを組合と取引しているとすれば、復興財源捻出を装いながら、実際は協約締結権の取得対価としての手垢にまみれた引下げ法案であることになり、われわれとしては審議にも値しないということになります。この答弁をした閣僚を明らかにしていただくとともに、事実であるとすれば撤回を求めます。事実でないとすれば、この答弁を否定し、4法案の処理とは完全に切り離す旨をこの場で明言してください。

 重ねてお尋ねします。政府は、閣議決定において国家公務員給与特例法案は人事院勧告の趣旨を内包しているとして人事院勧告不実施を決めましたが、人勧の趣旨は労働基本権の制約の代償に尽きるといっても過言ではありません。給与特例法案は、人勧どおりの▲0.23%ではなく▲7.8%にまで労働者の給与を一段と大幅に引き下げるわけですが、これのどこがどうしてその趣旨を含むことになるのでしょうか。含んでいないとすれば虚偽の閣議決定であったということになりますし、人勧無視の憲法違反ということになります。含んでいることになれば、それこそ4法案とは連動しないものであることが明らかになるので、4法案の棚上げを求めます。この点の確認をお願いします。

 なお、内包しているという閣議決定がそのとおりであれば、独立行政法人、義務教育国庫負担金を始め、国家公務員給与の改定に伴う公的部門の人件費に関する扱いは、人勧の際とまったく同様でなければ閣議決定が偽りとなることを申し添えます。


 いずれにしても、内包云々という苦しい説明をしていますが、政府には、人勧を実施したうえで給与特例法案も成立させる選択肢もあったのに、わざわざダイレクトに人勧を不実施にする理由がどこにあったのでしょう、是非ご教示ください。人勧不実施を高らかに謳う背景に、よもや人勧制度の廃止、協約締結権の付与に向けて、人勧不実施の実績を作りたいという何らかの政治的思惑はなかったのか、あわせて伺います。

 国民の皆様には、各種の組合が政府に対して人勧不実施を申し入れているという事実を申し添え、組合依存という民主党の実態をよく見極めていただくとともに、保守政治家を自認する野田総理におかれては、是非、組合との取引によって国政が壟断されることがないよう衷心からご忠告申し上げます。何かおっしゃりたいことがあれば反論していただいて結構です。


六、選挙制度改革・1票の格差是正

 次に、選挙制度改革と1票の格差是正について伺います。
 先般、衆議院の選挙制度について各党の協議会がスタートしました。わが党も具体的な提案を行い、積極的に参画してまいります。私は、既に衆議院議員の任期が2年を切っており、まずは当面の対応として、衆議院の小選挙区における1票の格差が憲法違反と判断されている状態を一刻も早く解消すべきと考えます。そのためには、現在、最高裁判決を受けてストップしているいわゆる「区割審」の審議を早急に再開することが、不可欠の第一歩となります。今国会でその前提となる条件をクリアする必要があると考えますが、野田総理は、どのような条件が整えば審議を再開できると理解しているのか伺います。
 また、区割審が直ちに調査審議を進めたとしても、来年2月25日の期限までに審議を終えて勧告を行うことが困難な場合、勧告期限の延長期間は必要最小限のものとすべきです。早期の解散を避ける意図を持って、わざと長く延長しているといった疑念を国民に抱かれるようなことがあってはなりません。延長は最小限の期間とし、勧告が出たら速やかに区割を改定する法律を成立させる。かつ、その公布から施行までの間、すなわち周知期間は10年前と同様の1ヶ月とすべきであると考えます。この点についての野田総理の見解を確認します。

 1票の格差是正のための区割の改定は、先ほど述べた手順で行けば、次期通常国会のうちに実現し、憲法に違反しない制度で国民に信を問うことが可能となります。なお、それまでの間においても、今の民主党政権の状態では、即刻解散総選挙を行う以外に日本を救う道がないという状況を迎えることも十分考えられます。その場合には、私は、現行制度の下での解散総選挙も必要だと考えています。区割審の審議や法改正の途上である場合でも、解散権は常に制約されないと理解しておりますが、この解散権の解釈について、野田総理の見解をここで明確にお示しください。

 なお、最高裁判決から1年を経過しても国会が法改正の道筋をつけられないことは、国会の権威にかかわる重大問題であると重ねて申し上げておきます。


七、政治資金問題

 本日は多々政策課題について伺いましたが、政策を実現するにあたっては何よりその主体となる為政者の資質が問われます。「クリーンな政治」を標榜する民主党において、野田総理をはじめ鳩山元総理、菅前総理、小沢元代表、前原政調会長などの幹部が、相次いで政治資金問題を引き起こしているまま、その説明責任も十分に果たされてきていないことは、その資質の欠如の表れと言えます。われわれはこの問題を徒に復旧・復興の議論の妨げとするつもりはありませんが、政党間の信頼関係を構築し、議論を円滑に進めるための環境整備に意を砕くことは与党の務めです。これに関して二つ伺います。

 まず、野田総理ご自身の外国人及び脱税関係企業からの献金問題について、今国会において説明責任を必ず果たしていただくよう求めます。9月3日に「調査する。結果が出たら報告する。」と述べてから途中経過の報告も公表のメドも示さないままに2ヶ月が経ちます。また、小沢元代表に対し、国民から選ばれた公人として証人喚問に応じ、国会においてその説明責任を果たすよう民主党代表として指導力を発揮するのかどうか、総理は誠実かつ明確にお答えください。


八、おわりに

 先の臨時国会において私は野田総理に対し保守政治家としての理念を問い、民主党の理念のあらわれである綱領の有無について伺いましたが、いずれも明確な回答を得られませんでした。政権発足後しばらくは野田三原則、「余計なことは言わない・やらない、派手なことをしない、突出しない」との安全運転等のおかげか、大きな混乱はもたらされませんでした。しかし、これは何の政策も進められなかったわけであり、言わば停滞です。
 結局は、理念なき総理、綱領なき政党において、大局的な政策判断のものさしを欠く以上、内政・外交にわたる重要課題を乗り越えていくことはできません。

 それに加え何より、マニフェストの破綻とかつて自らが批判した信を受けないままの総理たらい回しによって、この政権には、主権者たる国民に対して正統性を欠いていることは明らかです。被災地で延期されていた地方選挙も11月20日には全て実施されるとともに、復旧・復興の補正予算も3次を数えるに至りました。
 にもかかわらず、復興を理由に被災地を含む全国民との契約違反の状態は、放置されたままにあります。国民との契約違反の十字架を背負い、国民からの信という権威の裏付けもないがゆえに、確たる政策体系は構築できず、その場を取り繕うことのみが、野田政権の許容範囲に過ぎません。
 従って、今後一気に押し寄せるであろう政治的かつ政策的な矛盾によって、これまで同様もしくはそれ以上の政治的混乱がもたらされることは不可避であり、早晩行き詰ることは必至です。

 この混乱を回避し、国政の停滞を打開するためには、解散総選挙によって国民との再契約を行って信を受け、大事にあたるための政権の基礎体力を回復することが求められます。それを欠いたままで、マニフェスト違反の消費税や普天間問題、TPPや選挙制度改革といった重要課題を全て乗り越えられるとお考えでしょうか。これらの課題を総合的に組み立て、実現していくためには、「政治の力」を要するわけであり、各省が行政の発想で描く絵のとおりには決して事は進みません。

 何を為すこともなかった2代にわたる「亡国の宰相」の轍を踏まない為にも、賢明なる回答を野田総理に心から期待し、私の質問を終わります。

(以上)

shige_tamura at 16:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!自由民主党 

2011年10月28日

日本論語研究会は「二宮尊徳の思想と震災後の日本の復興」(岩越豊雄先生)

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 「日本論語研究会」の予定

*会場は、全て慶應大学・三田キャンパスです
 (港区三田2−15−45)(JR田町、地下鉄三田下車)


第76回
1、日 時 11月5日(土)16時30分〜18時
2、場 所 慶應義塾大学 (第1校舎1階 109番教室 ) 
3、講 師 岩越豊雄(社・国民文化研究会理事、寺小屋・「石塾」主宰)
(テーマ、「二宮尊徳の思想と震災後の日本の復興」)

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第77回
1、日 時 12月3日(土)16時30分〜18時
2、場 所 慶應義塾大学 (第1校舎1階 109番教室 ) 
3、講 師 宮川典子(元中高教諭、松下政経塾第28期生)
(テーマ、「日本の教育はどこへ向かうのか?−長く厳しい2つの闘い−」)


第78回
1、日 時 1月7日(土)16時30分〜18時
2、場 所 慶應義塾大学 (西校舎3階 533番教室 ) 
3、講 師 田村重信(日本論語研究会代表幹事)
      (テーマ、「8年目を迎えた日本論語研究会―我が人生を考える」)

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〇参加費 無料です。
〇問い合せ先  田村重信(代表幹事)
 Eメールstamura@hq.jimin.or.jp へ連絡下さい。電話―3581−6211(職場) 
                   
日本論語研究会事務局〒105−0002 港区三田2−15−45 
慶大・南館20510 小林節研究室 気付
(参考)日本論語研究会の日程と研究会の内容は、日本論語研究会のホームページhttp://www.rongoken.jp/index.htmlに掲載しています。

日米同盟の歴史(ジェローム・ライアン)

 在日米国大使館広報・文化交流部から、オンラインマガジン「American View」2011年秋号の発行をお知らせがありました。
 本号では「日米同盟」を特集し、日米同盟の歴史、同盟と在日米軍に対する日本人の若者の印象、日米同盟を解説するマンガ制作の舞台裏を紹介しています。
 日米同盟を考える上で参考になりますので、以下に転載しました。

 
 日米同盟の歴史(ジェローム・ライアン)


 「世界で他に類を見ない、最も重要な2国間関係」
   〜マイク・マンスフィールド元駐日米国大使〜


 3月11日に日本が大地震、津波、そして原子力発電所の事故という3重の大惨事に同時に見舞われてから数カ月が経過した。この災害は第2次世界大戦後の日本における最大の危機とも言える。災害発生後、日本の自衛隊と米軍が迅速かつ果断に動員され、東北地方で大規模な人道支援活動に従事した。
 この活動は日米同盟の強固さ、この緊密な関係が日米両国民にもたらす具体的な恩恵、そして日米同盟は「世界で他に類を見ない、最も重要な2国間関係」というマイク・マンスフィールド元駐日米国大使の言葉が真実であることをはっきり示した。
 事実、この条約は、過去数百年間に締結されたどの条約よりも長く存続している。

 1951年9月8日に、当時の吉田茂首相とディーン・アチソン国務長官がサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約(旧安保条約)に署名した。この旧安保条約は翌年、米国連邦議会上院とトルーマン大統領が批准し、同年4月28日に発効した。
 この条約では「日本が主権国として集団的安全保障取り決めを締結する権利を有すること、さらに、国際連合憲章はすべての国が個別的および集団的自衛の固有の権利を有すること」を承認した。
 第1条では「極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、(中略)武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するため」日本が米国の陸、海、空軍を日本に配備する権利を米国に与えると定めている。

 それから8年後の1960年1月19日、当時の岸信介首相とクリスチャン・ハーター国務長官が、1951年の旧安保条約に代わる歴史的条約である「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」に署名した。
 旧安保条約と同様この条約も、日本が攻撃された場合に日本を守るため、米国が軍隊を日本に配備すると定めた。
 また日本の施政下にある領域内において、米軍が港湾および軍事施設を使用できるとした。
 さらに米国が直接の戦闘活動を開始する前に日本と協議すると約束した。

 旧条約と異なり、新条約には10年の期限が設けられたが、更新可能であった。加えて新条約では、米軍が日本国内の騒乱の鎮圧を目的に日本の国内問題に介入する権利が廃止された。
 この条約は半世紀以上にわたり存続している。
 今日、日本には4万5000人近い米軍が駐留しており、日本の防衛と地域の平和の維持に対する米国の関与の深さが分かる。


 歴史家によると、1950年の朝鮮戦争の勃発がきっかけで、日本との強力な安全保障協定の締結の緊急性が浮き彫りになった。
 共産国による韓国への攻撃が、世界に対し、また日米の政策決定者に示したのは、当時日本に差し迫っていると思われた明らかな脅威を抑止するため、日本には強力な同盟関係が必要であるということだった。
 米国の元外交官ジョージ・ケナンが1964年に示唆したところによると、朝鮮戦争勃発の直前および勃発後の1950年から52年にかけ、米国の政策決定者たちは3つの主な前提に基づき行動していた。

 第1に、日本はアジア大陸の共産主義国からの侵略または公然とした軍事的威嚇の脅威にさらされており、そうした侵略または侵略の脅威を抑止できるのは日本列島への米軍の駐留だけであると考えた。
 すなわち将来の侵略の脅威を回避するには、日本での米軍駐留を継続するしかなかった。

 第2に、韓国でも同様の状況が見られたため、米国が「巧妙に、注意深く対抗力を投入する」態勢を緩めれば、直ちに共産主義の北朝鮮と中国による戦闘行為が再開すると考えた。従って日本の安全保障は韓国の安全保障と結び付いており、日本国内の米軍基地は日本の防衛だけでなく韓国の防衛にも必要と考えた。

 第3に、米国の政策決定者たちは、日本国民自身がこうした前提を共有しており、日本そして地域全体の安全保障における日米同盟の重要性を本質的に理解すると考えていたようだ。

 当時この安全保障条約は、日米両国に前例のない豊かな恩恵をもたらすとして称賛された。日本にとってこの条約は、日本の独立と国際舞台への復帰の象徴だった。
 日本は米国との関係を通じ、比較的少ない防衛費で安全保障を手に入れ、それが地域における他の諸国の領土拡張の野心を防ぐ効果的な防衛手段となった。
 日本はまた、米国の核の傘の下で安全を保証されていたため、そうでなければ防衛費として使われていたはずの財源を経済の復興に向けることができた。事実、日本は長年にわたり、防衛予算を国内総生産(GDP)の1%未満に抑えてきた。
 また日本の政策決定者や産業界は、当時世界のGDPの30%近くを占めていた(そして今も世界最大の市場である)巨大な米国市場への参入を期待した。

 日本と同様、米国においても財界指導者たちは日米同盟を広く支持し、地域が安定し安全な海上交通路が確保されると、この地域の金融・経済面の可能性を活用しようとした。
 日米両国の知識人も、東洋であるアジアの新生民主主義国と西洋の米国という旧敵国同士の協定が持つ歴史的な意味合いに照らし、哲学的・社会的な理由で日米同盟を支持した。
 総じて日米同盟は、第2次世界大戦後、自然の成り行きとして戦略地政学的・政治的パートナーになった米国と日本の両国に、経済面・安全保障面で多大な恩恵を与え、現在も与え続けている。
 より広範には、その規模を考えると、日米同盟は世界全体に安定をもたらしている。

 条約締結の直後から日米の経済および安全保障関係は深まっていったが、同時に日米両国は相互の文化・教育交流による恩恵も受けた。米国で学ぶ日本人留学生の数が増え、1952年に日本からもフルブライト・プログラムに参加できるようになってからは、大勢の日本の若い知識人が同プログラムの下で米国での学術研究に携われるようになった。
 非政府組織(NGO)、財団、大学も、文化・教育交流や国民レベルの交流を拡大した。その例として、ジョン・D・ロックフェラー3世は1952年の国際文化会館、1953年の国際基督教大学(ICU)の設立を支援した。

 1961年6月の池田首相とケネディ大統領の首脳会談で、貿易・経済、文化、教育交流、および科学協力に関する閣僚級の日米合同委員会の新設が発表された。1961年11月には、ディーン・ラスク国務長官をはじめとするケネディ政権の閣僚5人が、箱根で開催された第1回日米貿易経済合同委員会に出席した。同年12月には、第1回日米科学協力委員会が開催された。同じく1961年に第1回日米財界人会議が開かれ、その後1962年には文化・教育交流に重点的に取り組む委員会が、日米文化教育交流会議(CULCON)という新たな主要組織を設立する基礎を築いた。


 いかなる同盟もその強さが真に試されるのは、危機または軍事紛争の時と言ってよい。最近では3月11日に日本を襲った3重の災害により日米同盟は、1952年当時の条約の起草者たちが想像もしなかった形で試されることになった。「トモダチ作戦」や米軍と自衛隊による前例のない規模の合同人道救援活動は、日米同盟が盤石であり、軍事的有事の際以外にも大きな価値を持つことを世界中の人々に示した。災害の直後にオバマ大統領が述べたように、「この大きな試練の時に、米国は日本国民を支援する用意ができている。両国の友好および同盟関係は揺るぎなく、この悲劇を乗り越えようとする日本国民と共にあろうとする私たちの決意をさらに強めるものである」

 これまで何十年もの間、日米同盟は地域および世界各地の安全保障の課題の変化に応じて変化し、地球規模の問題での日本の役割の拡大に合わせて成長してきた。
 1990〜91年の湾岸戦争の時、日本の自動車運搬船が米国の装備を湾岸地域に輸送し、日本は増税までして130億ドル近くを戦費として提供した。憲法上の制約により日本は湾岸戦争に自衛隊を派遣できなかったが、1992年には、将来的に(国連の指揮下での)自衛隊の紛争地域への派遣を可能にする「国連平和維持活動等に対する協力法案(PKO法案)」を可決した。
 以来、自衛隊はカンボジア、コンゴ民主共和国、東ティモール、モザンビーク、ゴラン高原、ルワンダでの平和維持活動に携わってきた。さらに2001年から2010年1月半ばまで、海上自衛隊がアフガニスタンで戦う連合軍への燃料補給のため、インド洋に補給艦を配備した。また日本はイラク戦争に陸上自衛隊を派遣した。

 21世紀に入っても、北東アジアの平和と安全の確保における日米同盟の重要性は、衰える兆しを見せなかった。日米安全保障条約によって成文化されたこの地域における日米の指導的立場は、この地域の他の国々からも支持された。冷戦終結直後の高揚感の中で、当初は兵力の大幅な削減が検討されたが、日米はこの地域に安定した軍事態勢を維持する必要があることが次第に明らかになり、大規模な兵力削減は実現しなかった。この地域の最も差し迫った脅威は、100万人の軍隊を維持し核兵器と弾道ミサイルの開発を続ける北朝鮮であった。

 冷戦後の環境では米国はもはや日本に軍隊を前方展開する余裕はないという意見も一部にあったが、こうした主張はすぐに聞かれなくなった。この主張に妥当性があるとすれば、それは米国が軍事力を全体的に削減する場合に限られる。日本国内の基地に米軍を駐留させるコストのおよそ70%を日本政府が負担している。これを日本列島から米国本土の基地へ再配備すれば、米国にとって関連維持コストが減るどころか増加する。日本側も、21世紀における相互依存的な、バランスの取れた日米同盟の意義と妥当性を再確認している。

 日米両国の指導者は、日米安全保障同盟が両国それぞれの東アジア安全保障政策の要であるとはっきり表明してきた。こうした発言は日米両国の兵力の透明性と相まって、引き続き日本の国土を守り、金正日政権下の北朝鮮のような危険な近隣諸国を抑止する上で役に立っている。またこの同盟により、米国が今後もこの地域にとどまり、北東アジアの長期的な安定の維持に尽力することが明らかになり、他のアジア諸国に安心感を与える役割も果たしている。
 過去50年間にわたり、米国と日本は相互に有益なこの安全保障条約を維持、強化、修正してきた。この条約は朝鮮戦争、ベトナム戦争、そして2度の湾岸戦争という紛争の時代だけでなく、長期にわたる平和の時代を通じて、時の試練に耐えてきた。冷戦後、日米両国はもはや2極化という観点では明確に定義できないあいまいな世界における日米同盟の重要性を痛感するようになった。現在の日米安全保障関係の維持が、米国、日本、そして北東アジアの利益となるのは明らかだ。なぜならこの同盟関係は、米韓安全保障条約と共に、地域の安定に必要な構成要素のひとつだからだ。

 民主主義、自由市場資本主義、そして表現の自由など普遍的な人権を守る決意を共有し、太平洋地域で繁栄する2つの民主主義国家間で結ばれたこの同盟は、アジアに安定と平和と繁栄をもたらす。この同盟のおかげでアジアはより良い安全な場所になった。全面的な核戦争の可能性が後退した冷戦後の時代においても、私たちの集団安全保障に対する脅威は枚挙にいとまがない。

 軍事的有事の有無にかかわらず、米軍と自衛隊の相互に強化し合う共生的な関係は、地域内の侵略を抑止するとともに地域の緊張を緩和する役割を果たしてきたし、これからも果たし続ける。そうした枠組みの中で、日本、米国、そして他のアジア諸国は、特に自由な貿易と通商など、安全な環境が提供する利点を全て自由に享受できる。
 平和が自然の状態であるという考え方には説得力があり心引かれるが、元ハーバード大学国際問題センター所長で米国国防次官補も務めたジョセフ・ナイが1995年に簡潔に述べたように、「安全保障は酸素のようなものであり、必要になるまでその存在を意識することはあまりない」。 民主主義国にとって、平時において危機や紛争を防ぐ予防策を取ることは決して容易ではないが、日米同盟の存在自体が多くの侵略行為を抑止し、多くの安全保障上の危機を未然に防いできたことに疑いはない。これは現在も毎日続いている。

 将来に目を向けると、ジョン・V・ルース駐日米国大使が述べているように、「これまでの50年間にも増してこれからの50年間にこの同盟をさらに不可欠なものとするには、この同盟に対する日米両国の不変の決意が極めて重要となる。双方がパートナーとして対等な関係で協力し、この両国間の同盟が引き続き両国の国民一人一人を守り、両国の重要な国益に資する不滅のパートナーシップとして機能し続けるよう、今後もこの同盟を堅固で、新しく、そして前向きな状態に維持しなければならない」


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ジェローム・ライアン
 在日米国大使館政治部2等書記官。2004年に国務省入省。東アジアを専門とし、在大阪・神戸米国総領事館、在韓国米国大使館でも政治問題を担当した経験がある。

河野洋平氏ととデザイナー 森 英恵氏の対談(下)

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 語る 対談(下)

 元総裁 河野洋平 デザイナー 森 英恵


 日本人のルーツを持ち世界で活躍を

 前回、日本が持つ一番の力は文化の力だと説いた河野洋平元総裁と「雅(みやび)やか」こそ、日本を理解してもらうテーマだと語った日本を代表するファッションデザイナーの森英恵さん。日本と日本人に造詣の深いお二人が、「手でものを作る」ことの大切さで共鳴。これからの日本人について語り合った。

 日本人が得意な「手でものを作る」ことをどこかに置き忘れている(河野)


河野洋平元総裁) 森さんは、「雅やか」という日本文化の神髄の一つを自らの努力で見いだしたわけですが、日本人はいったい何が得意で、何ができるのかを考えることも大事なことです。

 私は、「手でものを作る」ということが、日本文化の中で非常に大事な位置を占めていると思うのです。ところが、最近だんだん日本人が手でものを作らなくなってきています。本来ならいちばん得意な分野なのに、その大事なものをどこかに置き忘れています。昔ながらの職人気質のお年寄りは本当に手作りでいいものを作っているのだけれども、それを引き継いでいく後継者が不足しています。

森英恵さん) そのため、長い歴史の中で培われた技術がどんどん退化しています。

河野) 個人的なことで申し訳ないけど、わが家に風呂場で使う手桶(ておけ)があります。それは父の河野一郎が生きているときから50年も使っている古い桶なのですが、妙に愛着があって捨てられないでいました。
 ところが、タガが外れてバラバラに壊れてしまったのです。とても素人では修理できないので、東京都内の桶屋さんに修理を頼んでみましたが、「無理です」と断られました。それで、これを作った京都の桶屋さんを何とか見つけ出して修理してもらったのですが、そのとき、桶屋の主人は「河野さん、大事に使ってください。あと50年は使えますから」と言うのです。合計で100年使えるということですよ。

森) 素晴らしいことですよね。

河野) だけど、その桶を一から作ることができる人はもういません。製品もさることながら、そういう技術、そしてその技術を使ってものを作る人を育てていかなければいけませんね。


 フランス政府は外国の賓客を招待してファッションを世界に広めています(森)

森) 技術の退化は、日本だけではなく世界的傾向です。面倒なことをやりたがらなくなりました。ヨーロッパも同じです。

 私がはじめてパリでオートクチュールのスタジオを開いたころ、ミシンを使うと軽蔑されるような雰囲気がありました。だから、アトリエには、ミシンがあってもめったに使いませんでした。みんな手で作業をしていました。でも、今は機械やコンピューターにずいぶんと頼っています。残念なことです。

 ところで、フランスでは、政府がオートクチュールの組合を支援すると同時に、外国からの賓客をオートクチュール・コレクションに招くのです。ある種の貿易というわけではないですが、結果として、フランスのファッションが世界に広まっていくのですから、かなり巧妙なアイデアですよね。

河野) 日本も最近は、日本文化を発信しようと努力をしています。例えばアニメは外国で相当の人気を博しています。でも、もう少しうまく広めていくための努力や知恵が必要だと思うのです。さらに政府が援助すれば、アニメはもっと世界に広がるはずです。
 韓国は国策として自国のソフト文化を海外にどんどんと売っていくという戦略がある。日本で韓国ドラマや韓国の歌がヒットするのはそのような戦略があるからです。

 国がもっと力を入れて文化政策を推進していく必要があります。今は、世界遺産の指定をもらおうと一生懸命努力しますが、世界遺産に指定された後、それを外国の人たちに知らせて、理解させるという努力が足りません。

森) 最近思うことは、携帯電話の飛躍的進歩と普及の拡大が一つの例ですが、こういう先端技術やコンピューター事業などが人間社会で活躍しすぎているということです。あまりにも大衆化し、それに依存しすぎて、人間がコンピューターを使うのではなくて、そのうちコンピューターに使われるようになるのではないかと心配しています(笑)。

河野) 3月に起きた東日本大震災は、いろいろなことを考え直す一つのきっかけになるような気がします。人間と自然の関係を考えたとき、木を切り倒し土地を平らにして、その上に工場を建て、人々も財政も豊かになることがいいことだという考え方があります。それも一つの生き方です。

 しかし、広い原野にどんな花を咲かそうかとか、どんな作物を作るかを考えてみんなで汗を流して生きていくという考え方もあります。今は、四季折々の自然の中でどういう生き方をすることが本当に幸せなのかを考え直していく時なのかもしれません。


 なでしこジャパンに日本魂、大和なでしこを見てとった(河野、森)

森) 国境はすごい勢いで低くなり、地球的な規模で生きていく時代が到来しようとしています。そういう時代だからこそ、私は若い人たちに「日本人としての根っこ、爛襦璽牒瓩鬚靴辰り持っていないと世界でばかにされる」とよく言います。それで、できるだけ若いうちから英語などを勉強して、表現できるようにしておかなければならないと思います。

 ルーツというか日本の歴史、文化は独特で、本当に世界の人たちから尊敬を集めることができると思います。私は自分の経験からそのことを確信しています。今、アニメが世界でウケているというのは、そういう歴史や文化がベースにあるからです。

河野) まったくそのとおりだと思います。ルーツをしっかり持ち、自信を持って海外に出ていって、そのかわり相手の国、文化、その国の人に対する尊敬の念も忘れてはいけない。そういうことはとても大事なことだと思います。

森) 今、サッカーでは、なでしこジャパンが活躍していますが、みんな素朴でとってもきれいですね。私は六本木のスタジオで仕事をしているのですが、外へ出ると国籍が全然わからない、女性か男性かもわかんない、それから年齢も。そういう格好で六本木の街を歩いている人が多いのですが、なでしこジャパンを見て、あそこに日本があったという感じがしましたね(笑)。

河野) なるほど、なでしこジャパンに日本魂、そして大和なでしこを見てとったということですか。

森) そうです。実力もあるし、とっても素朴でいいじゃないですか。みんな礼儀正しいし、にこやかだし、健康で。女もちょっと変わりはじめていますが、変わりすぎないほうがいいと思います。だんだん国境が低くなるにしたがって、まっすぐな黒髪の女性が見られなくなりました。でも、よけいなことかもしれないけれども、日本の女らしさって、独特のエレガンスを持っていて、外国でも尊敬されているのですよ。もっと大事にしないといけません。
(コーディネーター近藤三津枝・前党新聞出版局長)
『自由民主』より

shige_tamura at 12:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!自由民主党 

2011年10月27日

政権奪還後の姿明確に(田野瀬良太郎幹事長代行)

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 政権奪還後の姿明確に

 党役員改選に伴い、「幹事長代行」が新設され、田野瀬良太郎衆院議員が就任した。これまで総務会長、幹事長代理として谷垣禎一総裁を補佐してきた田野瀬幹事長代行。今後、政権奪還に向けた党改革に加え、衆院選挙制度に関する各党協議会のメンバーとして、衆院の「1票の格差」是正が急務となる。これらの課題にどう対応していくのか。田野瀬幹事長代行に聞いた。


 田野瀬良太郎幹事長代行に聞く

 党改革、「1票の格差」是正に全力
 戦略的に野田政権と対峙


――幹事長代行の果たす役割は何ですか。

田野瀬良太郎幹事長代行) 幹事長代行を新設したのは、石原伸晃幹事長を補佐する体制を強化するためです。幹事長代行に加え、幹事長代理を3人に増員、副幹事長を16人とし、それぞれの役割分担を明確にしました。
 そのなかで幹事長代行の職務ですが、石原幹事長の多忙時に、来客対応などの党務を代行することが基本です。また今後、選挙制度改革はじめ各党協議が増えてくることが予想されます。カウンターパートである公明党の斉藤鉄夫幹事長代行、民主党の樽床伸二幹事長代行の窓口役を務めるとともに、与野党幹事長会談に至るまでの前捌(さば)き的な役割を担っていかなければなりません。


――政権交代以降、わが党はどう変わってきましたか。
田野瀬 政権交代後、わが党議員は、反省すべきは反省し、改革に取り組む意識が強くなったと感じています。また、どうすれば政権奪還をできるのかという戦略的発想が強くなっています。
 例えば、政権交代直後から、各議員が議論を積み重ね、ものすごいエネルギーで新綱領を策定しました。本格的な政権公約の作成過程でも、こうした意識で議論をしていくことが重要だと思います。

――政権奪還のために今何が必要ですか。

田野瀬) 政権与党時代に比べ、マスコミのわが党に対する報道量は大幅に減少しました。それだけに、わが党をアピールする発信力が必要です。自民党は政権交代後こう変わった。そして、政権を奪還すれば、このような日本をつくるのだということを明確に発信しなければなりません。

 そこでポイントとなるのは、総裁、幹事長、総務会長、政調会長、国対委員長の定例記者会見のほか、党役員や各議員のテレビ出演です。そこでの発言内容は極めて重要となりますので、幹事長のもとにある報道局を中心に、党役員や出演議員と緊密に連携していきます。


――今国会をどう位置付け、野田政権とどのように対峙(たいじ)していく考えですか。

田野瀬) 今国会は、来年の通常国会で野田政権を解散・総選挙に追い込むための前哨戦です。
 もちろん、東日本大震災の復旧・復興対策を盛り込んだ平成23年度第3次補正予算には全面的に協力し、早期成立させなければなりません。

 しかし、3次補正成立後は、野田政権に対しては是々非々の姿勢で臨み、戦略的に野田政権と対峙する方針です。
 政策面では、民主党政権は、予算の組み替えで出てくるとした16.8兆円の財源を捻出できず、「子ども手当」などの「バラマキ4K」は廃止、見直しされることとなり、マニフェスト違反が明らかとなりました。いかにマニフェストが絵に描いた餅であったかということを浮き彫りにしていかなければなりません。

 それから、野田佳彦総理は、「適材適所」だと述べていますが、鳩山、菅両政権に続き、すでに閣僚が数々の失言を行うなど野田政権の顔ぶれを見れば非常に危ういものがあります。国会論戦を通じ、不適格な閣僚をあぶり出していきます。


 各党と粘り強く協議


――一方で、衆院の「1票の格差」是正が急がれます。

田野瀬) 今年3月の最高裁判決では、一昨年の総選挙を「違憲状態」とし、各都道府県に1議席を配分する「1人別枠方式」の廃止を求めています。「1票の格差」是正に向け、10月19日から始まった各党協議会の議論を加速させなければなりません。

 わが党は、細田博之党・政治制度改革実行本部長のもとで、小選挙区300議席を295議席にする「0増5減」、比例代表を30議席削減する改革案を取りまとめました。わが党は、同案を基本に各党協議会の議論を進めていきます。

 次のステップとしては、国会議員の定数削減です。わが党は昨年の参院選公約で衆参両院の国会議員722人を3年後に1割削減の650人に、6年後には3割削減の500人とする改革案を示しました。公約の実現に最大限の努力をしていかなければなりません。ただ、「1票の格差」是正や、国会議員の定数削減は各党の考えに大きな違いがありますので、粘り強く協議していく方針です。

『自由民主』より

shige_tamura at 17:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!自由民主党 

2011年10月26日

TPP参加反対に関する決議(自民党・総合農政・貿易調査会)

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     TPP参加反対に関する決議

                       平成二十三年十月二十五日
                       自由民主党政務調査会
                       総合農政・貿易調査会


 農業は国の礎、食料の安定供給は政治の使命である。
 自民党は、その使命を果たすべく、担い手育成、農村社会の健全な発展に全力を挙げてきた。

 しかるに、民主党・野田政権が推し進めんとするTPPは、関税という防波堤を自ら撤去し、食料自給率向上に矛盾するものである。国内農業を崩壊へ導くばかりか、農林漁業を基礎としている地域社会を根底から覆すもので、断じて容認することはできない。

 さらに、関税撤廃の他にも国民・消費者に大きな影響を与える食品安全基準の緩和や医療・公共調達・郵政・労働への参入など、わが国社会の在り様に深く関わっている。それ故、国民に開かれた議論がさらに必要であり、十一月ハワイAPECまでの短期間に拙速に結論を出すべきではない。ましてや本年は、未曾有の東日本大震災に襲われ、その復旧復興に全てを傾注しなければならない時である。

 よって、我々は野田政権が行おうとしているTPP参加に断固反対するものである。

 右決議する。

shige_tamura at 09:34|PermalinkComments(3)TrackBack(0)clip!自由民主党 

森 喜朗元総理(先輩に教えられ、支えられた、語る 第1回 )

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 これは良いですよ。

 語る 第1回
 森 喜朗元総理 先輩に教えられ、支えられた

 
 総理・総裁経験者が、その貴重な体験や政治家としての考えを「語る」シリーズ。 河野洋平元総裁に続き、今号からは、平成6年にわが党が与党に復帰したときと、小渕恵三総裁時に幹事長を務めた森喜朗元総理が、政治の再生に欠かすことができないことや一国の総理、党幹事長としての要諦を説いた。
 第1回は、多くの政治家を輩出した早稲田大学雄弁会と、師として仕えた福田赳夫元総理を語った。

「ラグビーを断念し飲み歩いていたころ郷里の先輩から『雄弁会』に誘われた」
 僕は早稲田大学1年生の途中で、ラグビーを断念しました。小学生のときから早稲田大学でラグビーをやることのみを夢みていた僕にとって、このことはものすごい屈辱でした。大学をやめようと思ったぐらいで毎晩飲み歩いていました。

 そんなとき、郷里の先輩で、後に電機労連の事務局長を務めた先輩の横山樹さんからバーに呼ばれ、「遊ぶのはいいけど、何かやらないともったいない。雄弁会に入れ」と誘われました。「何ですか、それは」と聞くと、「知らんのか。郷里の大先輩、永井柳太郎先生がつくられたもので、大隈重信総長もメンバーだったんだ。他の大学じゃ弁論部というんだ」と言われるから、「人の前でしゃべったこともないし、演説したこともないからいやです」と断ったのですが、結局断り切れずに面接を受けたのです。そのとき面接をした幹事長が、現在参院議長を務めている西岡武夫さんでした。

 西岡さんは、少しぜんそくがあって、ときどきゴホンゴホンとせき込み、あまり体が強そうにみえなかったんです。それで、「へえ、彼が幹事長なら俺でもやれるかもしれない」と思って、雄弁会に入ったんです(笑)。でも、西岡さんは、とても真面目で、立派な人で、勉強家でもありました。僕の恩人です。


「雄弁会出身の政治家が早稲田に来てよく学生たちに話をしてくれました」

 雄弁会は、多くの政治家を輩出していますが、必ずしも、はじめから政治家になりたいと思って入ってくるわけではありません。むしろ活動をしているうちに、政治家になりたいという気持ちが芽生えてくる人が多かったのです。それは、自民党の石田博英さんや社会党書記長を務めた浅沼稲次郎さんらの雄弁会出身の政治家が、早稲田に来てよく学生たちに話をしてくれたことも感化したのだと思います。言論人も多く、先輩では宮崎吉政、細川隆一郎、三宅久之さん。最近では田勢康弘、黒岩祐治さんらが活躍されている。

 不思議なもので、雄弁会出身と聞くと、今でも同志のように感じてしまいます。党が違っていてもがんばってほしいという気持ちになりますね。

 最近は松下政経塾出身の政治家が増えてよく比較されますが、あそこは大学を終えてから政治家になるための養成機関です。そこが早稲田雄弁会との違いです。また、雄弁会出身の候補者は、選挙のポスターに「早稲田雄弁会」などとは書きません。ところが松下政経塾を出た人は必ずと言っていいほど「松下政経塾出身」みたいなことをことさら大きく書きますね。僕は、自分のポスターに「雄弁会出身」とか「早大出身」などと書くことはおこがましいことだと思うけど、彼らはものすごく松下政経塾出身を誇りに思っているのか、選挙に有利なブランドと考えているのでしょうか。


「純粋な正義感から福田さんの生き方が正しいと思った。1票は福田さんに」

 僕が政治家になったのは昭和44年。福田赳夫さんの派閥に入って、47年には「角福戦争」と呼ばれた熾烈(しれつ)な総裁選を経験しました。田中角栄さんは、それこそいろんな方法で若手を引き付けていましたが、僕は田中さんの手法は、幹事長として公私混同甚だしいと思っていました。福田さんの生き方の方が正しいと純粋な正義感から思ったんです。結果として、福田さんは田中さんに敗れました。同期の新人議員は46人いましたが、総裁選で福田さんに1票を入れたのは、6人くらいで、あとは全部田中さんに流れました。無性に腹が立ちました。

 福田さんは敗れたとき、「今に日本はこの福田を必要とする時代が必ずくる」と言っていましたが、実際、田中内閣の狂乱物価のとき、福田さんを招き大蔵大臣に迎えることになるのです。

 角福戦争のころ、福田さんの後をついて歩いていると、「おい、森君、君はもう2辰曚標紊蹐鵬爾れ」とよく言われました。「は、どうしてですか」と聞くと、「君の方が立派な身体で総理に見えるじゃないないか(笑)。わが輩が秘書役に見えるじゃないか」と言われたこともありました。福田さんはそういう、ひょうきんな人でした。

 また、官房副長官として、福田さんに随行して日米首脳会談に行ったとき、飛行機の中で「ちょっと横に座れ」と言われ、「森君、私は昔、岸信介総理とアメリカへお供した。そのとき、何しにアメリカに行ったかわかるか」と尋ねられたから、「いや、わかりません」と答えたら、「アメリカに3億砲鮗擇蠅帽圓辰燭鵑澄しかし、今は日本に300億砲旅字があり、世界は日本に金を使えという。いいか、そういう日本国になったんだ。そのことを忘れるなよ」と話されました。福田先生には教えていただいた思い出はたくさんあるんです。
(近藤三津枝・前党新聞出版局長が取材)


あの時、この時

―――花の44年組―――

 森喜朗氏が初当選したのは昭和44年に行われた第32回総選挙。佐藤栄作総理が同年11月、ニクソン米大統領と会談し、日米安保体制の堅持と沖縄返還で合意したことを受け、その信を問う選挙であった。

 通称「沖縄解散」。師走も押し迫った12月27日が投票日だったことから、「師走選挙」とも呼ばれる。
 社会党は日米安保条約の自動更新阻止を掲げて争点化しようとしたが、過激な学生運動の広がりやソ連による「プラハの春」弾圧事件など、左翼勢力への警戒感を背景にわが党が288議席を獲得して勝利した。
 選挙後、わが党は12人の保守系無所属議員を追加公認した。そのうちの1人が公認を得られないまま旧石川1区から無所属で戦って当選した森氏だった。
 この選挙で初当選を果たした議員のなかから、その後、羽田孜、小沢一郎、渡部恒三、梶山静六氏など政府やわが党の要職に就く議員が多数輩出された。このため、この期の議員は後に「花の44年当選組」と呼ばれることになる。

『自由民主』より

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