2011年07月

2011年07月28日

語る 海部俊樹元総理 第2回 言ったことを必ず守って早くやる

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 海部俊樹元総理 第2回 言ったことを必ず守って早くやる

 総理・総裁経験者がこれまでの歩みを振り返る『語る』シリーズ。海部俊樹元総理による2回目は、「スト権スト」で公共企業体等労働組合協議会(公労協)の代表幹事、富塚三夫氏とテレビで渡り合ったことや、政治家としての苦労話、総理のあり方を語る。


「公労協の『スト権スト』、テレビ番組で丁々発止の議論」


 昭和50年11月26日から12月3日の8日間、公労協による「スト権スト」が強行されました。当時、私は三木武夫内閣の官房副長官で、NHKの朝のテレビ番組で公労協の代表幹事の富塚さんと丁々発止の議論をし、ストの違法性やストは国民生活、日本経済に無用な混乱を招いていることなどを一生懸命に訴えました。

 しかし、党内では、評価してくれる人がいた一方、「おまえはまだ駄目だ。訳のわかったようなこと言うな」と怒られたりもしました。「官房副長官がテレビに出て(富塚氏と)対等の立場で話をするとは何事だ。用があったら党本部へ呼びつけて話せばいいんだ」と言う人もいた。

 非常に辛かったけれども、坂田道太さん(自民党の衆院議員で後に衆院議長)は「海部さん、今の線でいいから頑張ってらっしゃい」と励ましていただきました。

 また、三木総理のとこへ行くと、「おまえは、一億国民の代表で、50万国鉄労働者の代表じゃないのだから堂々と最後まで、頑張ってこい」と言われました。この言葉によって、「全国民のためにオレはやっているんだ」という自信を持つことができました。


「総理大臣は本当に孤独。頼れるのは家内だけ」


 また、富塚さんが、テレビ番組の中で、「(国営企業の職員にスト権を認めないことは)憲法違反だ。三木は憲法違反をしている」と言うので、「富塚さんな、そういうあなたが今まさにこの場で、憲法違反をしているんだ。憲法の81条を読んでこい」と切り返した。
 富塚さんが「オレは読んだことない」と言うから、「憲法違反かどうかを裁くのは最高裁判所だけだ。だから、憲法違反だと主張すること自体が憲法違反だ」と言ったんだ。

 これには、みんなが、「良かった」と評価してくれた。日ごろ「もっときつめにやってこい」と言っていた先輩たちも「海部さん、今日は良かった。お前の勝ちだよ」とほめてくれました。まもなくスト権ストも終わりになりましたが、忘れられない思い出です。

 このことで私も、ずいぶんと顔が知られるようになりました。その後、総理になり、伊勢神宮へ参拝に行ったとき、「副長官!」と声をかけられたこともありましたよ。だから、みんなから「おまえはまだ副長官じゃないか」と、からかわれたこともありました。

 でも、総理になると、辛いことも多いのですよ。
 私が総理の時、「政治改革のポイントはわかりやすく、きれいにすることだ」と言い続けました。当然、「政治とカネ」の関係もきれいにしなければいけません。
 しかし、それは「何だ、あいつ。きれいごとばっかり言って」ということにもなる。「あまりきれいごとばっかり言うな。外ではこういう評判だぞ」と忠告してくれた先輩もいました。

 私は組閣を3回やりましたが、こちらが何も言わないのに、その気になっている人が入閣できないと、私を攻撃してくるんです。
 ずいぶん恨まれました。組閣するたびに友人をなくしているような思いになりました。総理大臣は、決断するときも本当に孤独ですよ。

 誰にも頼れない。
 のろけるわけじゃありませんが、最後に頼れるのは家内だけです。


「もつれた糸をほぐすには、総理自らが汗をかくこと」


 現在の混迷する政治状況はねじれた糸のようですね。
 もつれた糸をほぐすには、総理自らが汗をかかなければいけません。
 私の場合、国会が停滞したときは、予告なしに野党幹部を訪ねていきました。「どうしたら予算や法案に賛成してくれるのか書いて届けてくれ」と言って頼んで回るのです。
 野党幹部は、みんな赤坂議員宿舎に固まって住んでいたので、宿舎の部屋を訪ねるわけです。宿舎の中なら僕が歩いていたって、新聞記者に出会ってもごまかせますしね。

 あまり偉そうなことは言えませんが、総理のあり方としては、今の菅直人総理と、反対のことをやっていれば間違いない。

 言ったことを必ず守って、ものは早くやるということです。

(近藤三津枝・党新聞出版局長が取材『自由民主』より)


あの時、この時
―――スト権スト―――
ストライキ権が認められていない国鉄(現在のJR)、電電公社(同NTT)などの3公社5現業の労組で構成する公労協が「スト権の付与」を求めたスト。
国鉄は全線ストップし、延べ1億5000万人の足に影響が及んだ。また、全国の郵便網がまひ状態となり、膨大な郵便物が滞留。電話も混乱した。
三木総理は、「ストに屈するなら法秩序、議会制民主主義の維持ができなくなる」と述べ、ストの圧力に屈しなかった。また、連日にわたるストで、国民の非難は公労協側に向き始め、ストを中止せざるを得なくなった。
この時、三木総理の片腕として、マスコミ、野党対応、労組との窓口を一手に担ったのが、当時の海部官房副長官だった。連日、テレビや新聞に水玉模様のネクタイで登場。NHKの朝のテレビ番組で、当時の公労協代表幹事の富塚氏と激しくやり合い、「自民党に水玉ネクタイのすごい論客がいる」と評判にもなった。牾ど俊樹瓩量樵阿全国に知れ渡り、内閣官房副長官というポストを国民も身近に感じるようになった。
昭和50年当時は、現在と異なり、政治家がテレビに出演し、討論をすることは珍しいことだった。テレビで「民主主義と国民の利益を守る」と主張し、一切、公労協側に妥協しなかった海部氏のもとには、全国から励ましの手紙と電話が寄せられたという。
メディアを通じ、国民に直接訴え、世論を形成したという点において、海部氏はその先駆けとなったと言える。




shige_tamura at 11:39|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!自由民主党 

2011年07月27日

大島理森副総裁に聞く

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 責任力、実行力がどちらにあるかを国民に判断 
 「ふるさと対話集会」を重ね着実に党改革

 菅政権の支持率が大幅に下落する中、自民党は党勢拡大のために政権交代以降、少人数の会合で地域の生の声に耳を傾ける「ふるさと対話集会」を300回にわたり開催するなど着実に党改革に取り組んでいる。
 この2年弱の党改革の成果などを大島理森副総裁に聞いた。

 大島理森副総裁に聞く

 復興への希望をつくることが政治の仕事


――被災地選出議員(青森3区)として、東日本大震災からの4カ月をどう振り返るか。

大島理森副総裁) 復興への希望をつくることが政治の仕事です。特に、がれきを処理しないと被災地はその後の希望が持てませんので、早急な対応を政府に申し入れてきました。しかし、政府の対応は、遅きに失しています。このため、わが党は、国が前面に立って、迅速にがれき処理をするための議員立法を提出しました。

 被災者は今、自分たちで希望をつくろうと頑張っていらっしゃいます。政治の場にいる一人として申し訳ないと思う一方、政府に対して、腹立たしさを感じます。今最も大事なのは、生きる価値、生きる術となる仕事の場をつくることです。そのためには、早くわが党が提言している17兆円規模の本格的な復興のための対策を実現する必要があります。

 震災後のわが国の将来像としては、今までのものを元に戻すだけではいけない。「創造的復興」でなければなりません。未来にも耐えられる経済、未来にも耐えられる地域、未来にも耐えられる環境をつくることが大事です。わが党の対策には、その精神が入っています。


――わが党は、責任政党としてわが国を再建するために信頼を回復する必要があります。これまでの党改革の成果は。

大島) 2年前の総選挙でわが党は、国民から大変なお叱りをいただきました。そのことを忘れてはなりません。そのためには、国民政党として、国民と同じ立場で対話し、政策を練り上げ、愚直に取り組む。謙虚さ、寛容さ、将来に向けて決断する姿を示さなければなりません。

 具体的な党改革としては、わが党の理念や目指す国家像などを示した新綱領をつくりました。それから、少人数の集会で地域の生の声を聞く「ふるさと対話集会」をスタートさせました。これには、党役員だけでなく総理経験者、中堅・若手議員も参加し、開催数はこれまでに300回を数えました。

 また、若手議員が一生懸命、議員立法を提出しています。わが党は、官僚に依存し過ぎているとの指摘がありました。しかし、自ら現場を歩き、政策に練り上げ議員立法として続々と国会に提出しています。自民党はこの2年弱の間に大いなる変化を遂げています。


――「ふるさと対話集会」のような地道な活動を続ける意義は。

大島) 一昨年、長年政権にあることに驕(おご)り、上から目線で見ている。官僚や経済界の方だけを見ているとのご批判をいただきました。

「何百人を前に演説するとか、首長から陳情を受けるだけではいけない。国民と車座になって対話すべきだ」―――当時、加藤紘一元幹事長からこのようなご提言いただきました。実にその通りだと思います。

 わが党には、都道府県連、地域支部があり、多様な国民の声を集め、政策に練り上げるという強みがあります。

 決して派手な活動ではありません。しかし、わが党の、政治の原点です。この原点を続けることが、わが党のエネルギーになると考えています。

 演説だけでは、どうしても一方通行になります。意見を交わし合うことで、国民が何を考えているのか肌で分かります。同時に、単刀直入な質問に答えることで、政治家自身も鍛えられます。


――民主党政権の行き詰まりは目に余るものがあります。

大島) 民主党のマニフェストは破綻しています。とりわけ、菅政権が決めた消費税の引き上げは、マニフェストには一行もありません。また、先日、政府・与党が取りまとめた「社会保障と税の一体改革」には、最低保障年金も年金一元化も書いてありません。民主党政権は、もはや正当性がないに等しい。早く解散し、国民の声を聞いたほうが良いと思います。

 しかしその前に、復旧・復興という課題があります。谷垣総裁は、復旧・復興に協力すると言い続け、協力してきました。復旧・復興ついて、ひとつの方針が決まれば、解散・総選挙を行うべきです。そして、目指すべき国家像はどちらがふさわしく、責任力、実行力がどちらにあるかを国民に判断していただきたいと思います。


――具体的時期は。

大島) 第3次補正予算が成立し、復興計画とその財源が国会で決まれば、できるだけ早い方が良い。つまり、わが党の17兆円の提言を実現した後は、緊急の震災対策にめどがつきますから、いわゆる「平時の政治」の選択をしていただくということです。

(近藤三津枝・党新聞出版局長が取材『自由民主』より)




shige_tamura at 15:23|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!自由民主党 

「民主党政権の問題点。自民党だったらこうする」講演録(田村重信・その4・終わり)

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 この講演は平成23年2月27日、自由民主党千葉県横芝町支部総会で行ったものです。


【民主党政策の特徴】

 民主党の政策というのはみんなバラマキですよ。

 結局、財源がないわけですよ。

 調子よく言ってたんだけど、お金がなくて困っちゃったというやつですよ。

 それで、与謝野さんを引っ張り込んで、税と社会保障の一体改革ですよ。
 まぁ与謝野さんもバカだと思いますね。バカでしょ。だって比例で当選して、議席も人に渡さないで、政治家のまま大臣やるっていうんだから。権力欲そのものですよ。本当に税と社会保障の一体改革をやりたいのなら素っ裸になって、やりますというのでなければダメですよね。だから信用できないわけですよ。だからその問題で余計に民主党の中はごちゃごちゃになっているんですよ。

 なんで、税と社会保障の一体改革か。
 前の選挙で消費税の事を言ってうまくいかなかったので、降ろしましたけど、やっぱり消費税を考えなければならないというのが一つ。

 それから、社会保障、基礎年金の7万円なんてデタラメなんですよ。
 結局のところ、2007年の小沢さんの時のマニフェストではですね、基礎年金部分に6兆3千億円を入れると書いてあるんです、マニフェストに。ところが、2009年のマニフェストにはその6兆3千億円というのがゼロなんです。
 なんでゼロになっているかと言えば、他にガソリンを値下げするとかなんとか言って、どんどんマニフェストに新しいお金を入れるようになり、そうすると16兆8千億円になっちゃった。それに基礎年金の6兆3千億円を加えたらどうなりますか。20兆を超えちゃうでしょ。そうなれば、誰が見てもおかしいとなる。16兆でもおかしいんだけど、20兆超えたらますますおかしくなるっていう事で、口をつぐんじゃったんですよ。

 だから、今でも基礎年金7万円、消費税でやるという制度設計は全くできてませんよ。何年かかるの、分からないんですよ。それで、基礎年金7万円まるまるお金持ちにもあげるのかどうか、分からないんですよ。
 小沢さんの時には、年収600万の人から少しづつもらえないようにして、1200万円になれば基礎年金をゼロにして、自分で積み立てたお金がいっぱいあるだろうから、それでいいんじゃないかということをちょろっと言いましたよ。
 それで、移行するにはどれぐらいかかるのという話になると、最近官房長官は40年かかるというんですよ。40年後の7万円ですかという話でしょ。だから、できないんですよ。

 できないからこそ、税と社会保障の一体改革で自民党に抱きついて、一緒に相談しましょうという話なんですよ。
 自分で考え方を明示できないんですよ。だから、いったりきたりを繰り返すんですよ。それが、民主党なんですよ。


【信なくば立たず】

 国会で一番はやった言葉は何かと言うと、論語で言う「信なくば立たず」というやつですね。
 言ったことは実行しなさいよという話ですよ。「信なくば立たず」というのは、ここに書いておきましたけど、「子貢問政。子曰、『足食、足兵、民信之矣。』」、子貢さんが、孔子さんに聞いたと。政治を考える上で何が大事かと。食っていうのは食べ物ですね、食糧、農業、大事だなと。それから兵というのは、軍備力、安全保障ですね。それから信というのは国民との信頼。国を治めるにはその3つが全部必要だと言う話なんです。
 3つ必要だけど、最初にこれはいらないというのは何ですかということになれば、全部必要だけど、軍備だろうと。じゃあ次は、食べることだと。一番大事なのは、信頼関係だと。そういうことで、信なくば立たず、ということなんです。

 これは、実は深い意味がありましてね、僕らは生きていますが、死ぬっていうのは肉体がなくなります。でも魂は生きていますから。そういう話なんですよ、そうするとまた次何かに生まれ変わる。ということは、今生きている社会でいいことをしておかないと、何に生まれ変わるか分からないんですよ。そういう意味でも、信用、信頼関係が大事だという意味があるんです。


【品格ある国家−自民党が目指す国家像】

 自民党が目指すのは、品格ある国家ですよ。

 品っていうのは、口が3つでしょ。
 勘違いする人がいるんですよ、俺は品格あるって言う人がいますが、それは品格ないんですよ。品は3つの口、3人がですね、あなたは品格がありますね、偉いですねっていうから品格なんです。
 世の中、個人も国家もいい時もあれば悪い時もありますよ。
 でも悪い時でもあんまりショックを受けないで頑張ろうと思うこと、いい時にはおごり高ぶるとステンと行きますから。だから、そういうことじゃなくて平静つまりきちんとした気持ちを持ち続けようとするのが品格ある人なんです。

 それとやっぱり、憲法改正ですよ。
 日本には軍隊がないんだから。きちんと、自衛隊は軍隊であると位置づけてあげないと、PKO活動に行った時に、人から助けてもらっても、自分からは助けに行くことはできないなんてバカなことが起こるのはそういう事ですよ。


 また、民主党との違いは綱領があるかないかですよ。
 民主党は考え方をまとめようとすると、まとまらないんですよ。
 右と左があるからです。だから綱領がないんです。憲法の問題もきちんと議論できないんです。だから国会で憲法審査会ができないんです。民主党政権ですから、国会に憲法調査会が出来ていいわけだけども、それが出来ないんですよ。民主党が反対してできないんですよ。やると民主党の政策がいかにバラバラかというのが出てくるのが分かるからですよ。


【何事も継続が大事】

 最後ですが、日本はいい国ですから、大きくするとかじゃなくて、続けるということが大事なんですよ。
 日本で一番偉い人は天皇陛下でしょ。
 なぜ偉いか、続いてるんですよ、ものすごく長く。
 続けるのは、いいことも悪い事もあるけど、続いているっていうことはすごい事なんですよ。だから、今のいい日本をどう続けるか。

 それとやっぱり民主党との違いは、子ども手当にしても、これから国家、社会が面倒みればいいということにしてたのが、結局お金がないから子ども手当を支給できませんと言われても困っちゃいますよ。
 やはり、大事なのは親子の関係ですよ。人間であれば、やはり親を大事にする。親孝行する。そういうのが欠けすぎているんです。みんなが幸せになれるんですよ。

 また、自分はそれぞれのポジションで立派な事をやっているんだという意識をもって生きるということです。

 正しいというのは、なんで正しいか。
 一ってあるでしょ、一っていうのは天なんですよ。
 天にとまる。
 だから天の教えに止まるのは正しいんですよ。

 だからそういう気持ちっていうのは、日本人にはあったんですよ。それが、日本人の良さなんですよ。それを考える必要がある。


【自助論】

 明治時代に精神的に影響を与えたのは、自助論ですよ。
 天は自ら助くる者を助く。
 それから、福澤諭吉の学問のすすめですよ。大ベストセラーですよ。天は平等に人をつくったんですよ。なんで、金持ちと貧乏な人がいて、頭のいい人がいて悪い人がいるのか、それは本人が努力して勉強するかしないかですよ。

 自民党と民主党の違いは、
 民主党はなんかうまくいかなくなると社会が悪い、人のせいだっていうのが民主党、
 自民党はですね、やっぱりそうじゃなくて、自分がどこか足りないんじゃないかということで、胸に手を当てて反省して、そして日々努力をする。そういう人たちを応援するというのが自民党です。
 額に汗する人を応援するのが自民党だということをですね、ぜひそのように思って頂きたい。


【正直者がバカを見る−専業主婦の年金救済問題】

 最近はこんなことありましたよね、専業主婦の第3号被保険者の年金救済特例問題です。結局、これは年金の切替をしてなくてですね、お金払ってないわけですよ。ちょっとややこしい話で、時間オーバーしますが、少し話をしておきます。

 サラリーマンの奥さんは、旦那さんが国民年金払っていることになるんです。でも、自営業者になると今度は奥さんも自分の国民年金を払わなくてはいけなくなるんです。その切替をせずに、国民年金を払ってないということがあるわけです。
 それについて民主党は全部チャラにしますと言ったんですよ。それも、課長通達でチャラにしますと言ったんですよ。
 それが、総務省の有識者の委員会でそれは不公平じゃないかという話になったんですよ。なんで、払ってもいない人がもらえるんだと。そしたら、年金制度そのものがおかしくなるじゃないかと。救済方法としてはもっと別の方法があるんじゃないかという話になったんですよ。
 それが問題になって、先週末に自民党の鴨下一郎議員が予算委員会で質問して、その結果厚生労働大臣と総務大臣がその問題は保留にするとしたわけです。

 だから、民主党は正直者がバカを見る社会をつくったんです。
 われわれは正直者はバカを見ない、額に汗する人を応援して、富を増やしていって、そして本当にどうにもならない人に対しては援助をする、そういうことをするのが自民党です。

 それについては、レジュメの最後の方に政権構想会議で伊吹文明座長を中心として新しい綱領をつくった考え方を分かりやすく書いてありますので、お帰りの際に是非これをご一読頂ければ、なるほど自民党はこういう考え方なのかということがご理解頂けると思います。


【結言】

 また、綱領にある考え方で前回の参議院選挙をやって勝たせてもらったし、それから今度の地方選の公約の中にも、この考え方は生きているという事をご報告させていただきまして、私の話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

shige_tamura at 08:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!講演録 | 民主党

2011年07月26日

民主党の「危険な思想」〜民主党の子ども手当は、家族の崩壊・亡国への道!〜

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 今、民主党の子ども手当が財源源不足で修正を迫られている。
 
 僕は、2009年8月26日に、

 民主党の「危険な思想」
〜民主党の子ども手当は、家族の崩壊・亡国への道!〜

―をブログに書いた。今回、それを再掲載します。


 8月25日、朝日新聞は一面で、「核持ち込み 外務次官 密約調査に含み」と、昭和35年の日米安保条約改定時に、核持ち込みの密約があったかどうかを今回の総選挙の外交・安全保障の争点にしようとしている。朝日新聞の期待通り鳩山代表は、オバマ大統領に「持ち込み禁止の確約を求める」という。

 朝日新聞と民主党は、明らかに国家の安保政策を「核持ち込みが是か非か」に世論を誘導しようとしている。軍事大国中国にどう対応するのか、北朝鮮の核をどうするか、日本の平和と安全をどう守るか、ではなく「非核三原則の堅持」のほうが重要という。民主党と朝日新聞は世論を誘導し、日本の弱体化に喜び勇んでまい進しているのである。
 

「家族の崩壊が一番悲しかった」:福祉国家スウェーデンの100歳以上の老人たち!

 スウェーデンのルンド大学のポールソン教授は、「スウェーデンにとって今必要なのは、福祉社会からの脱却である」という。なぜか?教授はスウェーデンの100歳以上のお年寄りを調査し、「一生で何が最も大きな変化であったか」と尋ねると、多くの老人が「家族が崩壊したこと」と答えている。

 つまり、消費税を25%にして介護や育児、福祉を充実し、女性の大多数が労働市場に進出する。その結果、家族の絆は弱まり、お年寄りたちは、「家族の崩壊が一番悲しい出来事だった」と振り返っている。そればかりでなく、マスコミはあまり報道しないが、スウェーデンは犯罪大国なのである。強姦、強盗、学校でのイジメも多い。

 民主党は、「子どもの育ちを社会全体で応援する」、「そのために月額2万6000円の子ども手当を支給する」という。子供を「社会全体で応援」するという。どこかで聞いたことがあると思う。そう、かつての家族崩壊を招いたソビエトの教育である。

「子どもを社会で育てる」という歴史上失敗したマルクス・レーニン主義の教育を民主党は、再現しようというのである。



防衛予算より多い5.5兆円(月額2.6万円)の子ども手当は、家族の崩壊・亡国への道!

 子ども手当の総額は、5.5兆円と莫大である。日本の防衛予算は、4.7兆円であり、防衛予算より子ども手当の方が8000億円も多い。外務省予算の6700億円は、子ども手当の8分の1にもならない。平成21年度税収が46兆円であるが、社会保障費は25兆円なので子ども手当を加えると30兆円超。税収の大半が社会保障や子ども手当・教育費で消える。
 中国が年率10%以上のスピードで防衛費を増大させ、アメリカに次ぐ世界第2位の軍事大国になっているのに、日本は防衛費を削減してでも、子ども手当5.5兆円は給付するという。こんな予算を見たら、日本の弱体化を希望する国は大喜びだろう。まさに、亡国の予算である。

 しかも、子ども手当の支給は、スウェーデンの事例にあるように、「家族の崩壊」につながる。お父さんやお母さんの必死で頑張る姿を子どもが見て、子どもたちは素直に父母を敬愛する。国のお金が子どもを育てるのではない。親の愛情が子を育てるのである。

 民主党の子ども手当は、明らかに家族の絆、父や母と子どもの結びつき、愛情を弱める。子どもの親への思いを疎外する。そればかりではない。子ども手当の額が多すぎるのである。総額も大き過ぎるし、家計への支給額も大きい。

 公立の小中校の授業料は、無料である。にもかかわらず仮に子どもが3人いれば、月7万8000円支給される。家によっては、お母さんの1か月のパート収入より多くなろう。何のための支給なのかも分からない。このお金を子どものために使うのか、親が使うのかすら分からない。まさに政権が獲れさえすれば、家庭や日本が崩壊してもよいという亡国の禁断の政策である。

 民主党の子ども手当は、ポールソン教授が述べるように「家族の崩壊」につながるアヘン・麻薬である。国民は子ども手当を一旦受け取ったら、余程のことがない限り止められない。民主党の子ども手当は、家族の崩壊、日本の崩壊につながるアヘンであり、亡国への導火線なのである。



民主党のマニフェストは、耐震偽装マンションのパンフレット!


 民主党の土屋たかゆき都会議員は、民主党のマニフェストは「耐震偽装マンションのパンフレット」(『WiLL10月号』)と批判している。民主党のマニフェストには、政策集『INDEX2009』に記載されていながらマニフェストに記載されていない多くの重要政策があるという。

 具体的には、
  ̄塀山姐饋佑悗涼亙参政権付与、従軍慰安婦への謝罪と賠償
 国会図書館に恒久平和局を設置し、日本の加害責任を調査
 人権救済機関設置法により中央人権委員会、地方人権委員会を設置
 ち択的夫婦別姓の早期実現、婚外子の相続差別禁止
 ザ軌免許更新制の廃止、文部省解体?など日教組の教育方針、運動方針丸出しの政策などである。国論を二分する「サヨクの政策」は、意図的に隠しているという。

 マスコミは、なぜこのような民主党の反日・自虐史観の危険な政策、マルクス・レーニン主義を引き継ぐ政策をひた隠すのであろうか?加えて、八木秀次教授は、「ゆとり教育や、子ども中心主義、総合学習などの日教組の教育政策は、クルプスカヤやマカレンコのソビエト教育学の影響がある」、「ソビエト教育学は、いじめや生徒間の対立を助長する」と、日教組の教育政策を厳しく批判する。


 ところが、民主党や日教組の危険な政策は、まったく報道されない。子ども手当や高速道路の無料化などのバラマキ政策が選挙の争点になり、土屋都議の述べるような日本を弱体化させる永住外国人への地方参政権、従軍慰安婦問題などは、テレビや新聞、マスコミは完全に無視する。



今回の総選挙は、「自民党」対「民主党&反日勢力」の戦い!


 民主党の危険な政策は、なぜ報道されないのか?日本文化チャンネル桜の水島総代表は、次のように分析する。日本では社会党時代から、イタリア共産党グラムシの提唱した「構造改革路線」による「ソフトな平和革命」が長らく実践されてきた。その結果、政治家やマスコミ、労働組合、学者、官僚、司法界などさまざまな分野にコミュニストや反日・反米勢力が徐々に潜入、浸透する。今では一大勢力となり議会において、「合法的に権力を奪取する」までに拡大し、「平和革命」の準備が整いつつあるという。

 つまり、今回の総選挙は、「コミュニストや反日活動家による合法的な権力の奪取・平和革命である」という。そのため、民主党と反日のマスコミや学者などが裏で連携し、民主党の本質である永住外国人への参政権付与などの危険な政策は報道せず、子ども手当や非核三原則などが選挙の争点であるかのような構図を演出しているが、実は「自民党」対「民主党&反日・反米勢力」の戦いであると分析する。

 つまり、今回の総選挙は、「自民党」対「民主党&反日・反米勢力」との戦いである。悠久の歴史を持つ日本を守り、祖国を子や孫に引き継ぐため、今回の選挙は、断固、負けるわけにはいかないのである!

shige_tamura at 11:54|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!民主党 

政権能力試験に落ちた方便政党(東洋学園大学教授・櫻田淳) 

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 今日の産経新聞【正論】、「東洋学園大学教授・櫻田淳 政権能力試験に落ちた方便政党」は、良い。
 以下、全文掲載します。


 筆者は、菅直人首相の政権運営に対する批判には、もはや大した意義を感じていない。菅首相は、少なくとも過去四半世紀の日本政治史の上でも、「論じ甲斐」に極めて乏しい宰相として位置付けられよう。

 ≪菅首相論評もはや意義はなし≫

 しかし、菅首相の政権運営の実態は、一昨年夏の政権交代以前から民主党が抱えてきた「弱点」が露(あら)わになったことの帰結である。その意味では、鳩山由紀夫前首相や小沢一郎元党代表を含めて多くの民主党議員が菅批判に走っている光景は、見苦しいものでしかない。早晩、菅首相が退陣したとしても、この「弱点」は消えない。民主党が政権を担当していることの意味が、あらためて問われなければなるまい。

 そもそも、山口二郎北海道大学教授によれば、民主党の実態は、自民党主導政権時代に「権力」に与(あずか)らなかった幾多の政治家が小選挙区制度の下の選挙を生き残るための「方便政党」であった。

 一昨年夏の「政権交代」以前、小沢元代表は、民主党の政権担当能力に否定的な認識を示していたけれども、彼は、民主、自由両党の合併を手掛けた経緯から、民主党の「方便政党」としての実態を冷静に察知していたのであろう。逆にいえば、「政権交代」は、そうした実態が国民各層に対して糊塗(こと)されたところに、自民党の執政に飽いた国民の気分が重なったことの帰結であった。

 ところで、凡(およ)そ政権担当能力と呼ばれるものには、三つの側面がある。第一は、政策遂行の手足たる官僚組織を適宜、操縦する能力である。第二は、政策遂行の根拠となる法案の審議に際して、野党の協力を取り付けて、関係する地方自治体や団体の利害を調整する能力である。第三は、政策の意義を一般国民に対して説明し、納得を得ていく能力である。これらの三つは、どれかが欠けても円滑な政権運営の妨げとなるものであろう。

 ≪官僚操縦、利害調整、説明責任≫

 それ故にこそ、一昨年夏の政権交代以降、鳩山由紀夫、菅直人の民主党政権二代に要請されたのは、政権担当能力を世に証明することでしかなかった。それは、「官僚の操縦」、「各方面との利害の調整」、「国民に対する説明」という「統治」の基本に関わる作法を踏まえて、「方便政党」としての限界を克服する努力を意識的に続けなければならなかったということを意味する。

 「過去に一度も政権を担ったことがない政党」としての民主党であればこそ、それは、厳しく問われなければならなかった。目下、菅首相の「左翼性」を挙げて批判する向きがあるけれども、そうしたイデオロギー色の濃い批判は、積極的な意義を持たない。政治の世界で第一に問われるのは、「『力量』があるのか、ないのか」であるからである。

 実際には、鳩山、菅の民主党政権二代は、この政権担当能力の「証明」には、悉(ことごと)く失敗した。まず、民主党における「政治主導の確立」の大義は、官僚層に蓄積された知見や経験の排除という方向で働いた。それは、「官僚の操縦」を万全に行うには明らかな妨げとなった。鳩山政権下の米軍普天間飛行場移設案件にせよ、菅政権下の東日本大震災にせよ、内閣の失速を決定付けたのは、最も高い次元での「官僚の操縦」が要求される国家安全保障政策案件への対応であった。そのことは象徴的である。

 ≪「ポスト菅」は負の遺産相続≫

 次に、菅政権下では、谷垣禎一自民党総裁に対する二度の「大連立」樹立打診の経緯が典型的に示すように、野党との「協調」を考慮しないかのような対応が繰り返されている。また、普天間飛行場移設案件への対応によって、沖縄との関係に軋轢(あつれき)を生じさせた鳩山政権期の風景は、玄海原発をはじめとする原発の扱いに絡んで、関係地方自治体との関係でも再現されている。それは、「各方面との利害の調整」という政治の基本ができていないことを示しているのである。

 さらに、菅政権下では、「国民に対する説明」は、重視されているようでありながら、その実が伴っていない。先刻の「脱原発」記者会見の後、僅かな時間しか経(た)たないのに、「(脱原発は)個人の考えだ」と釈明する菅首相の姿勢は、その説明から「説得力」を奪っているのである。

 このように考えれば、鳩山、菅の二代の政権の「失政」を継ぐ「ポスト菅」の宰相が背負う政治上の「負債」は、甚大なものになろう。誰が「ポスト菅」の地位を襲うにせよ、民主党の政権運営が続くには、一つの前提がある。それは、民主党は、鳩山、菅両内閣期を通じて自らの「政権担当能力」を証明することには明らかに失敗したという厳然たる事実を自覚することである。

 この自覚が「ポスト菅」の宰相になければ、現下の政治混乱は続く。それは、震災からの復興に要する日本社会全体の「活力」を削(そ)ぎ落とす方向で作用しよう。

shige_tamura at 10:06|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!民主党 | 菅直人

「民主党政権の問題点。自民党だったらこうする」講演録(田村重信・その3)

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 この講演は平成23年2月27日、自由民主党千葉県横芝町支部総会で行ったものです。


【日本はいい国なのか】

 大人になった日本ですから、大人の生き方をしていかないといけないんですよ。
 でもそれについて、日本はいい国かどうなのかとか、住みやすい国なのかどうなのかという話がありますが、日本ほどいい国はないですよ。だって、犯罪は少ないですし、食べ物だってうまいんだから。

 中国のお金もちは、上海なんか行くとその辺の食堂で食べませんよ。
 屋台で食べませんよ。何が入ってるか分からないと言うんです。
 日本は屋台に行ったって、安いめしや行ったって心配ないでしょ。
 そういう違いってものすごいですよ。

 だから、日本で中国人が買い物に来て、いろんな品物買うでしょ、ブランドものでも。中国のちゃんとした所で、ブランドもの買ってもひょっとしたら偽物じゃないかと思うから、日本に来て本物を買うんですよ。
 日本に来れば本物ですから、そういう話なんですよ。
 だから、そういう意味でも何でもそうですが、信頼というものが大事なんですよ。 そこを考えていく必要がある。


【冷戦崩壊と55年体制】

 次に、冷戦崩壊と55年体制ですが、これは経済だけの問題ではなくて、政治にも影響を当然及ぼしています。
 1955年に社会党がまず統一したんですよ。それで、共産主義、社会主義になっちゃまずいからという事で、保守で合同して自民党という政党ができたんですよ。

 それから冷戦が終わってから、自由社会を守るなんて言わなくてもいいと。
 もうソ連がなくなっちゃって、社会主義が負けちゃったので。
 自民党がなかなか分裂しなかったのが、分裂できたのは、冷戦が終わったからですよ。だから小沢さんが新生党をつくって自民党を出たり、鳩山さんが新党さきがけをつくって自民党を出たりしたんですよ。
 そして、宮沢政権の末期に不信任決議案が通って、選挙になったんですよ。選挙の結果、自民党は比較第一党だったんですが、自民党と共産党以外が全部一緒になっちゃって、細川連立政権というのが出来たんです。

 だから、冷戦が終わらなかったら、まだ自民党は続いていたんですよ。
 こういう話っていうのは、マスコミとか大学の先生でもする人はいないと思いますね。それは、日本は安全保障の問題、軍事の問題を教えるのは良くないということで、大学で教えていないんですから。
 でも、国にとって大事なのは、安全保障の問題で安心出来て初めて、商売ができるのですから。そこが抜けてるから、おかしくなるんです。自社さ政権をつくって、なんで割合続いたかと言うと、政策決定が丁寧な民主主義のプロセスを経ていたからなんですよ。


【小泉政権の特徴】

 それから小泉政権。これは、小選挙区、中選挙区関係なく自民党は野党になることはあるんですよ。だから、森政権の時、都議会選挙が負けそうだからということで森さんが辞めて、総裁選挙が行われて4人出たんですよ。
 小泉さん、橋本さん、亀井さん、藤井さんが出ましたけど。あの時、僕は橋本さんが総理になると思いましたが、ならなかったですね。
 なぜ、ならなかったか。
 小泉さん以外は景気が悪いから、景気対策しますと言っていた。
 その時、小泉さんは何を行ったか。もうそんなことはできない、将来の子ども達、孫たちのために借金を残すことはできない。そんな無責任な政治はできないと言って、郵政改革、構造改革、官から民へということを訴えたんです。
 そりゃあ、構造改革すれば、痛みも出ます。でもそれに耐えなきゃいけないだろうと言う事をいったら、ウワァっと国民に受けたんですよ。それで、小泉さんが総理、総裁になったということなんですよ。

 何故5年間も続いたかというとですが、前の衆議院選挙で僕は小泉純一郎元総理付きとして全国を遊説して回ったんですが、総理と2人でいろいろ話をしました。
 僕は郵政解散をした時に、どっちかというと考え方が旧タイプなところがあるので、自民党分裂選挙ですから、これは負けたなと思いましたよ。
 ところが、結果は大勝利でしたね。

 だから、私はこのことを小泉総理に聞いたんですよ。
 僕は負けると思ったんですけど、なんで総理は無謀にやったんですかと聞いたんですよ。そしたら、小泉総理は何ていったかと言うと、「いやあ田村君ね、僕は郵政法案が否決されたら解散すると言ってたんだよ。でも、誰も信じてくれなかったよね。そんなことできるわけないだろうと。でも、僕は言ったから解散したんだよ」と。

 勝てるとか、勝てないとかじゃないんですよ。信念を通したんですよね。だから、そういう結果になったんですね。
 小泉総理の頭の中に、長く総理をやりたいという考えなどなかったですよ。
 自分はこれをやりたいという明確な考え方があって、それをやるということで実際やったわけなんですよ。その違いなんですよね。

 今、小泉さんのような政治家がいないから、1年、1年という事で、潰れていくんだなと。


【政党の賞味期限と小選挙区制度の特徴】

 小選挙区制度に変わりまして、これはいろいろ議論があるところでもあります。
 しかし、この選挙区の中で勝ち抜いていかなくてはならないということと、メディア、特にテレビの影響はものすごく大きいですね。
 だから、この前の名古屋の市長選挙とか愛知の知事選挙。
 ああいうのはテレビから登場した政治家ですよ。河村さん、大村さんにしても。よくテレビタックルとかに出ていましたけどね。何が受けたかというと、減税というよりも、やはり市会議員の給与ですね。1600万ももらっているのはとんでもないと。800万でいいと。俺だって、市長の給与800万にしたんだと。名古屋が、みんな経済で困っている時に、トヨタもリーマンショック後相当悪かったですから、アメリカでリコールとかされていましたしね、そういう事もあって、受けたんですよね。

 でも、受けたからといって、ずっと長続きするのかどうかは分かりませんし、それから何度か新党ブームというのがありましたよね。新生党や新党さきがけなどですね。

「新」しいというのは、名前はその時は受けるんですよ、でも寿司屋でも新しいネタですと言えば、みんな食べたがるんですが、古いネタですというとダメでしょ。だから、みんな新しいという名前のつく政党はつぶれてますよ。
 日本新党ありますか、新生党ありますか。新党さきがけありますか。新しいを2つくっつけて新進党ありますか。保守党というのがありましたが、その後、保守新党となりましたが、今ありますか。ないですね。国民新党、新党日本も早晩なくなると思いますよ。だから、一番古いのは共産党とか自民党ですね。
 民主党がうまくいったのは、新しいとかなんとかの名前がない政党だから長続きしてるんですね。

 それから、総理大臣の人気というのはですね。誰の後に総理になったかで人気度が違うんですよ。佐藤栄作さん、もう飽きちゃったねという後に田中角栄さんがなったから人気が出たんです。宮沢さんの後に細川さん、これも人気がすごかった。
 それから、村山さんの後の橋本さん、これも人気がそこそこありました。で、森さんの後の小泉さん、人気がすごかった。鳩山さんも、自民党の麻生さんの後で人気があった。そういうことで、総理の当初の人気というのは、誰の後で総理になるかで大きく違うんです。
 ただ、それを持続できるかどうかはその人の資質にかかっているんです。

 そして、民主党政権誕生の悲劇ということになると思いますよ。
 あれだけ、日本国中熱狂して、すばらしい明日があるんじゃないかと思って民主党政権になったんですけど、今誰もそんなこと言わないですね。

 今、民主党を支持していると手を挙げて言ったら、あいつバカじゃないかと思われますよね。政権交代は、キャッチフレーズのみ、それとマニフェスト、あれもします、これもします、そういうことで受けたわけです。
 今の時代がどうで、こうで、という認識がやはり欠けていたと思いますね。

 それと選挙制度の点から言うと、なんで今まで自民党は小選挙区でも頑張れたかというと、自民党はまとまってましたよ、それと公明党と協力していた。
 ところが、民主党とか自由党とか社民党とかは、ばらばらですから、それは勝てるわけないですよ。


【自由党との合併による強固な民主党の誕生】

 なんで勝てるようになったかと言うと、2003年の菅民主党代表と小沢自由党党首が合体したんですよね。今でも覚えていますよ。ニュースステーション出てですね、これから一緒になると。
 党内手続きは明日やるって言うのですから、ぶったまげましたね。
 実は僕はそこで危機感を持ってですね、これに対する問題点をペーパーにして、幹事長室に上げたんですよ。そして、それに対する反論を幹事長がするとメディアが取り上げるから民主党批判になるなぁと思ったんです。
 そこから僕は始めたんですよ。自民党の全国会議員にメールで送ったり、全国幹事長会議で、僕の民主党批判が参考になるからということで配ったりしたんですよ。

 そのうちに、こういう本ですね、「民主党研究」です。
 この本のタイトルは「なぜか誰も書かなかった民主党研究」です。その時民主党の本なんてないんですよ。今はいっぱいありますけどね。そういう意味では元祖民主党研究、元祖民主党批判というのは僕なんですね。その後もう一つ本を出したんですけど、大変なんですよ、岡田克也から告訴されてですね。結局、地裁で勝って呑気にしてたら高裁、最高裁で負けてですね、損害賠償させられました。
 大変でしたよ。命がけなんですよ、モノを書くっていうのは。それでもめげずにまた頑張ってますけどね。


【鳩山総理から菅総理へ】

 そういう意味で、政権交代っていうのは、スローガンだけで、嘘で固めたマニフェストということと、日本という国をあの人達は嫌いなんですかね。
 外国人参政権だとか、宇宙人だとか、地球人だとか、また中国に謝るとか、韓国にはまた謝罪するとか。本当に日本の文化とか伝統とかをどう考えているのかなって感じがしますね。
 特に日本の日の丸に対して敬意を払う払わない、そんな問題もありましたね。

 それから外交・安保の問題。普天間問題で県外あるいは国外というような事でぐちゃぐちゃにしちゃいましたね。
 その結果、米海兵隊はやっぱり抑止力として必要だから、辺野古に持っていかざるを得ないと鳩山さんが言いましたよね。最近は、「実は方便でした」って言ってますよね。方便って言うんだからねぇ、びっくりしますよ。
 それも、沖縄の新聞社に言ったものですから、沖縄の新聞にはでっかく出ましてね。もう沖縄で一番人気のないのは、鳩山由紀夫ですよ。それから、中国漁船の問題、さらには北方領土にメドヴェージェフ大統領が訪問した問題、あと竹島にいろいろ構築物が出来ていたり。また、TPPの問題とかいろいろあります。基本的には、認識がちょっとずれているんだと思いますね。

 スイスのダボスというところで、世界中の首脳とか経済界のトップが集まる会議が開かれますが、菅さんもそこに行ったんですよ。
 そのタイトルが「第三の開国と絆」です。そういうタイトルで講演したんですよ。でっかい会場で講演したら、その前に講演した人は人気があって一杯だったけど、菅さんが講演するとなると半分ぐらいいなくなっちゃったらしいんですね。それほど関心が実は薄かったということなんですね。

 こういう事はあまり日本のメディアは報道しませんけど、実はそういうことなんです。そりゃそうでしょ、第3の開国でね、日本はまだ鎖国だなんてね、思いますか。思わないでしょ。だって、日本程いっぱい農産物買っている国ないでしょ。だから、日本が閉鎖されているなんて、誰も思っていないんだけど、総理が言ってんだから、お前閉鎖してる、もっともっと関税下げろとか言われるんですよ。

 だから、ずれてるんですよ。
 それから絆ですけどね、谷垣総裁も絆を大事にすると言ってますが、これ英語にすると、どういう事かと言うと、ネクタイのタイだとか、ボンドというんですが、どういう意味かと言うと足枷とか鎖とかそういう意味なんです。強制的に、人を牢屋に入っている囚人をつなぎとめるみたいな、そういうイメージなんですよ。
 そんなことを日本国の総理がスピーチするわけだから、どうなってんだろうという感じを受けたという話なんですが、それはマスコミには大きく報道されませんが、実際のところはそういう事だと。

 だから外国で話すときは、僕もロンドン、ウクライナ、アメリカ、中国でスピーチしましたが、英語があまり得意でなくても、英語で話す特はちゃんと準備して英語で話します。
 日本語を英語に訳した時のニュアンスの違いとかあるんですよ。
 だから、僕は英語を整理する時は、英語のプロに全部見てもらいます。
 そして、滑らかな表現になるようにアメリカから帰ってきた人にちゃんとみてもらったり、そしてしゃべる時には録音してもらって、どこで切ればいいのか、どこにアクセントをつけるのか全部チェックして、英語で話をするんですよ。

 日本語と外国語のニュアンスというのは違うんですよ。
 それを考えないと。だから、菅さんの側近がそれをつくって外務省がチェックしたという形跡はないですね。だからそんなことになるわけですよ。

 民主党政権というのは政治主導、政治主導って言ってかっこつけてやっていましたけど、結局政治主導ができなくて、今度は官僚依存になってしまったんです。
 だから、菅さんは今何をしているかと言えば、内政では財務省のいいなり、外交政策ではアメリカのいいなりということなんです。
 だからアメリカとの関係で普天間をどうするかっていう話ができないんですよ。だからTPPでなんとか得点をかせごうとしているんですけど、それがなかなかうまくいかない。

shige_tamura at 07:40|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!講演録 | 民主党

2011年07月25日

語る 海部俊樹元総理 第1回

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 『自由民主』の中曽根康弘元総理に続く『語る』シリーズは、平成元年に初の昭和生まれの総理となった海部俊樹元総理。今年、桐花大綬章を受章した海部元総理が「若手議員」当時の思い出や総理のあり方について、3回にわたって語る。
 第1回は昭和生まれの議員の集まりである「昭和会」の設立から話が始まる。


「昭和35年、29歳で初当選。池田勇人総裁の激励に感動」

 私は昭和35年、29歳で衆院議員に初当選しました。
 今は、若い人がいろいろなところで活躍できる社会環境ですが、50年前はそうではありませんでした。
 自由民主党もよく公認したものです。
 当時、20代の政治家は、ほんとに少なかったんです。

 当時の池田勇人総裁が、私に衆院選の公認証書を交付するときに「君は29歳か。世の中もだんだん変わっていく。遠慮して縮こまっていることはないから、安心して頑張りなさいよ」と激励してくださいました。
 とても感激したことを今でも覚えています。
 あのような言葉がいただけるとは思わなかった。自民党の総裁も、若い者に目をかけてくれるような雰囲気があったのですね。


「日本青年海外奉仕隊、後の青年海外協力隊を立ち上げる」

 次の昭和38年の総選挙で若い当選者が増えて、昭和生まれが新たに6人加わった。 そこで、昭和生まれの自民党議員がみんなで頑張ろう、自由民主党のために青年が何かやらなければいけないということでみんなが集まるようになったのです。
 お互いに昭和生まれだから「昭和会」。
 私が会長で、西岡武夫さん(現・参院議長)が事務局長でした。
 もともと、私が当選したときに立ちあげたものなのですが、ようやく仲間ができました。
 そして、1000円ずつ会費を払って今はなくなってしまいましたが、議員会館の近くにヒルトンホテルがあってよくそこで朝からビフテキを食べる集まりを開いていました。
 朝から普段めったに食べられないものを食べるということは、何か豊かになった気持ちになるでしょう。「そういう気持ちを体験することも大事だ」とか勝手なことを言い、みんなでビフテキを食べていたんです。

 しかし、ただビフテキを食べて「若い、若い」と言われているだけではいけないので、何か政策をやろうということになり、みんなで議論して「日本青年海外奉仕隊」、後の「青年海外協力隊」を立ち上げようということになった。


「米国にできることが日本にできないはずがない」

 そのころは、米国のケネディ大統領が、アジアやアフリカの途上国に米国の民主主義を理解してもらおうと提唱した「平和部隊構想」が世界各地で具体的成果を上げ始めていた時期でした。それにヒントを得たものでした。

 当時、私は、党青年局で学生部長をやっており、米国にできることが日本にできないはずがないと、全国の仲間に働きかけて、青年局の政策として立ち上げようと、動き始めたのです。
 現地に調査団も派遣しました。
 意を決して、幹事長に、往復の飛行機代とそれから現地で泊まる資金をくださいとお願いしたら、ドンとくれてね。
 四つの班に分かれて、東南アジアや南西アジア、アフリカ諸国に行き、「協力隊を派遣する必要があるのかないのか」「米国の平和部隊はどのようなことをやっているのか」など、いろいろなことを調べて帰りました。
 私自身は第4班の団長として、エチオピア、ガーナ、ケニア、ナイジェリアへ調査に行きました。
 そして、この調査団の報告に基づいて、昭和40年に青年海外協力隊が発足したのです。今では、青年海外協力隊は世界中で活動し、喜ばれており、立派なわが国の国際貢献となっています。
 (近藤三津枝・党新聞出版局長が取材)


あの時、この時
―――「昭和会」とともに―――
海部俊樹氏が代々会長を務めた「昭和会」。昭和35年の衆院選で初当選した海部氏が、昭和生まれの自民党国会議員の親睦を目的に設立した。当初、昭和生まれのわが党の国会議員は、海部氏だけ。会長が海部氏の文字通り「一人だけ」の会だった。
しかし、昭和38年の第30回総選挙で、昭和生まれの議員が続々と当選し、昭和会に加入。昭和会は、その活動を本格化させた。
その後総理となる橋本龍太郎氏、小渕恵三氏、現参院議長の西岡武夫氏もその時に当選したメンバーだ。
当初は「朝からビーフステーキを食べる会」や長時間討論会などユニークな会合を重ねたが、徐々に政策や党改革の提言を活発に行うなどして、その存在感を増していった。
昭和48年には、当時の田中角栄総理に国鉄運賃など公共料金の一時凍結など物価、土地、公害の3点について、22項目に及ぶ具体策を直訴し、注目された。
昭和生まれの議員が当たり前になるにつれ、昭和51年の第34回総選挙以降、新規加入の募集を停止したが、勉強会などの活動は継続した。昭和60年には、「ニューメディア・ルネッサンス」と題する本も出版した。
海部氏は平成元年、昭和生まれとして初めて総理に就任した。この狄契ぢ絖畫輙を陰に陽に支えたのは昭和会で育んだ同世代の仲間との璢瓠
海部氏の政治家としての歩みはまさに「昭和会」とともにあったと言える。


shige_tamura at 15:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!自由民主党 

「民主党政権の問題点。自民党だったらこうする」講演録(田村重信・その2)

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 この講演は平成23年2月27日、自由民主党千葉県横芝町支部総会で行ったものです。


【失われた20年について】

 そして、今の日本というのはどう考えたらいいのか。
 失われた20年と言われるが、「経済が悪いな、なかなか経済が成長しないな」と皆さんそう感じていると思いますが、これは成熟経済なんですね。

 日本は戦争に負けてキャッチアップするために何もないわけですから、まず家をつくる、家の中にはテレビが入る、冷蔵庫が入る、洗濯機が入る。
 そういう時代はどんどん経済が成長しますよ。
 われわれ人間で言えば、子どもから大人へと成長するわけですが、その途中というのは大きく子どもは育ちますが、大人になってしまったらなかなか大きくならないですよね。
 逆に大きくなると糖尿病になってまずくなるというようなこともあります。

 実は資本主義社会が抱えている矛盾というか大きな問題というのは、経済が成長して成熟経済になるとどうしても生産施設が過剰になってモノが余って来るんです。
 それを需給ギャップというわけですね。
 だから、需給ギャップを埋めるために、国は財政を投資して、民間が買わないなら国が投資してどんどん買い上げるということをするわけです。

 ただなかなかうまくいかなかったですね。
 というのは、需給ギャップというのは、構造的に問題があるということを認めなくてはいけないんですね。
 だから、需給ギャップというのは高度経済成長の時には問題がないわけですが、成熟社会になるとどうしてもその問題がでてくるんだと。
 それをどう処理するか、財政でやったらそれは借金として残る。
 そこのところは非常に難しい局面に来ているということです。


【GDP3位について】

 そして、GDPが世界第2位だったのがついに中国に抜かれて第3位になりました。
 でも、これは驚くことではないんですよ。
 中国は日本の10倍以上の人口がいるんです。だから、中国政府の人と話しても、「いやぁ、田村さんね中国は日本の10倍以上の人がいるんですよ」と言うわけです。一人当たりの経済の豊かさ、GDPは10分の1ですよ。
 だから、中国はまだどんどん経済発展する余地があるんですよ。
 将来は中国の経済力はアメリカを抜くだろうと言われていますが、当然の事だと思います。
 なんでそうなったかというと、冷戦が終わったこととものすごく大きな関係があるんです。


【米国の占領政策から朝鮮特需について】

 日本は戦争に負けてから経済的にがんばってきましたが、アメリカの占領政策は日本を軍事的にも経済的にも大きくさせないというものだったんです。
 なんせ、日本はアメリカの本土を攻撃しましたから、ハワイの真珠湾を。大変な戦争をしましたから。
 それで、日本を二度と立ち上がれないような政策をアメリカはとったんですが、ソ連との冷戦が大きくなって、その結果どういうことが起きたかというと朝鮮戦争ですね。朝鮮戦争が起きますと、アメリカは朝鮮に出ていく、そうするといろんな物資は日本から調達したほうがいい。
 それで朝鮮特需ということで、経済がうまくいくようになったんです。

 それで、アメリカは対日本政策を大きく変えて、日本が経済的に成長することはアメリカの国益にもなると判断したんですね。

 軍事的には、もともと軍隊の持てない憲法ということで出発しましたが、朝鮮戦争を契機に、アメリカが日本を全部守るということで駐留していたのが、朝鮮に行ってしまいますから、どうやって日本を守るのかということになった。
 それで、警察予備隊をつくってくれという事になり、警察予備隊ができ、保安隊ができ、それで自衛隊ができたんです。
 これは憲法を改正しないで自衛隊になったんです。


【同じ敗戦国としてのドイツの事例】

 同じ戦争に負けたドイツという国があります。ドイツも同じように朝鮮戦争が契機となりました。ヨーロッパでは、NATOとワルシャワ条約機構がありとても緊張していました。
 ドイツも軍隊を持つかどうかの議論になりましたが、ドイツはフランスと和解をしまして、ドイツは軍隊を持つと、しかしそれは西側を守る為の軍隊だと。NATOを守る軍隊であり、ワルシャワ条約機構と対峙するための軍隊だということで、猛烈に国内で議論して、憲法を改正して、ドイツは軍隊をもったのです。
 そのドイツと日本の一番の違いというのは最後にお話します。


【冷戦崩壊から湾岸戦争(自衛隊に求められる役割の変遷)】

 そして1980年代には、アメリカのレーガン大統領はソ連を悪の帝国だと言って、軍事費を拡大しました。
 それに対して、ソ連は社会主義経済ですから、経済が持たなくなって、パンクしたんですね。そしてその後どうなるかと言うと、1989年米ソ首脳会談で冷戦が終わるんです。そして、1991年になると湾岸戦争が起きます。そして、ソ連という国はなくなり、ロシアになります。ソ連邦という大きな国がベラルーシとかウクライナとかいろんな国に分かれて、小さくなります、それでも大きな国ですが。

 そのころ日本は何を言われたかといいますと、湾岸戦争時には憲法の制約から協力はできませんから、自衛隊が海外に出て何かやるということはあまりできませんから、それで、国際貢献という言葉がはやりましたね。
 国際貢献というのは人的貢献なんです。
 人的貢献というのは、戦争が終わった後に行う貢献ですから、それはすべて軍事貢献なんですよ。
 だって戦争が終わる、あるいはまたひょっとしたら何か起こりそうだとなったら、軍人さんが行かないで、一般の人が行くわけにいかないでしょう。そういう意味では、国際貢献というのは軍事貢献なんです。
 だからそれができないから、日本はたくさんお金を出した。
 出したけれども、批判をされた。

 それで、日本は湾岸戦争の時に、苦肉の策として、湾岸戦争が終わってから掃海艇を出したんです。そしてその後、一生懸命がんばってPKO法をつくったんですね。

 そして、カンボジアにPKO隊員を派遣して、少しずつ日本が国際的に評価されるようになってきたという背景があります。


【冷戦崩壊後の世界経済の変化−軍事から経済へのシフトチェンジ】

 そういう意味では、冷戦の時代というのは日本は楽だったんですよ。
 1980年代のころ、日本の銀行は世界トップ10の中の相当上に位置付けていましたから。アメリカのいろんな会社、例えば映画会社を買うとか、ロックフェラーセンターを買うとか、そういう事があったんです。
 それが、なんでダメになったかというと冷戦が終わって、世界各国は国の安全の為に安全保障を一生懸命やってきたんですが、その問題が割と楽になると、今度はどうしたかというと、経済に対してみんな目が向くようになったんです。

 だから湾岸戦争で勝ったアメリカのブッシュ大統領は、当然大統領選挙で勝てるはずなのに、クリントンさんという人に負けてしまったんです。クリントンさんは有力候補じゃなかったんですよ。だって出ても負けるだろうからということで、民主党の有力な人は誰も手を上げない中、クリントンさんが手を挙げた。
 結局アメリカは、経済、雇用がこれからは重要だということで、チェンジしたんですね。それで、クリントン政権になったんですね。

 アメリカはどうしたかというと、ヨーロッパがもう心配なくなりましたから、軍隊をどんどん引き揚げ、軍事費予算を削減して、余った予算を経済とか教育にどんどん入れたんです。
 今まで、秘密だと言われてきた、インターネットや情報衛星、もうソ連が敵じゃないという事から、民間に開放したんですよ。それがIT革命を引き起こしたんです。

 インターネットというものは、軍事技術から出てきたものなんですね。
 だから、冷戦が終わったという事で、インターネットの技術を民間に開放して、IT会社の社長に軍人さんがついたり、技術者に軍人さんがなったりしたんですね。


【冷戦崩壊後の米国の対日経済政策】

 アメリカはソ連を最大の敵として見ていたんですが、今度は経済が重要になりますから、日本を敵と見て、CIAはどうやってアメリカが有利になるかという戦略をつくるようになってきたんです。
 だから、今までは経済というトラック競争に日本という有力選手がいて、後はそんな有力選手はいなかったんですよ。
 冷戦が終わることにより、アメリカはじめいろんな国が経済というトラック競争に突入してきたんですよ。
 だから日本は護送船団方式のようなトレーニング方法では負ける時代に入ったんですよ。そして、安い労働力がどんどん入る時代になってきたんです。
 そうすると日本のやり方というのは、だんだんまずくなってきたんです。それがずっと続いてるのがまさに、失われた20年なんです。

 だから、冷戦が終わらなかったらまだ大丈夫だったんですよ、日本は。
 ところが冷戦が終わりましたから、多くの国は経済を一生懸命やりだした。
 そして安い労働力が東側から西側に入ってきた。

 あるいは、中国でいえば、小平さんが1990年代初頭から改革・開放路線をどんどんヒートアップさせました。中国では、政治が安定しましたから、経済がよくなってきたんです。そして、今の中国になってきた。


【日本における、「見えざる革命」−少子化、高齢化】

 今ピーター・ドラッカーさんという方がマネージメント、経営学に秀でた方で非常に売れていますが、ピーター・ドラッカーさんが30年以上前に書いた、「見えざる革命」という本を読んで、当時、衝撃を受けました。

 それは何かというと、高度経済成長の時にヨーロッパの人はお年寄りが多く、生産に従事する人は比較的少ないので、その分ヨーロッパは大変だと。
 一方、日本はよく働く人が多くて、お年寄りが少ないから今はいいだろうと。ところが、日本はこれからものすごく大変になると。急激に団塊の世代が年寄りになって、生産に従事する人がうんと少なくなると大変な事が起こるよと。
 これは、ロシア革命よりすごい革命が起こると。
 それを称して「見えざる革命」と言ったんです。
 それが今日本に起こっている急激な高齢化と少子化なんです。
 だから、そこが大変なもんですから、非常に難しい問題となっているんです。


【リーマンショック後の日本経済】

 日本は経済が悪いですから常識的には円安になるはずなんですが、円高でしょ。
 なぜかというと、リーマンショックでアメリカがめちゃくちゃ悪くなったものですから、それで経済をうまくする為には、そして自分の国の雇用を増やす為には、ドルを安くする必要があるのです、ドルを安くして輸出を増やすんです。
 輸出を増やすことで、雇用を増やすんです。

 なんで韓国の経済が良いかと言えば、めちゃくちゃウォン安ですよ。
 だから自動車でも、家電のサムソンでも売れるんです。ウォンが安いからですよ。だから、今TPPの議論をして、関税がどうのこうのという話をしていますけれども、それよりも円高のリスクの方がめちゃくちゃ大きいんですよ。

 例えば、ゴルフやるかたおられるでしょ。練習してうまくなってシングルになったとするでしょ。それで、年を取ったのでハンデを落としてくれよと言っても、周りの人はなかなか落とさせてくれないでしょ。アメリカはそういう理由ですよ。
 ヨーロッパはギリシャが破綻したからギリシャを助けないといけない、ポルトガルも危ない、スペインも危ない。俺達は日本と違ってシングルプレーヤーではないから、今まで通りハンデは10代でいいよということになるもんですから、なかなか日本のハンデ高、つまり円高がおさまらないんですよ。

 TPPって関税の問題ですけども、関税よりも円高の問題がでかいわけですよ。
 ゴルフで言えばですね、いやぁ日本もTPPに入って、関税下げてよと、そうしたらゴルフする時、ティグランドのバックティから打ってよという話なんですよ。
 例えば、TPPに入って10m後ろからゴルフしたってそりゃあハンデの方が大きいでしょ。ハンデが5、6違ったらどうなりますか。
 そういうことなんですよ。今、そういう状況が日本に来てるんですよ。

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