2010年09月12日

2010年09月12日

岩倉具三さんが死去

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 僕の先輩である自民党政調会の岩倉具三さんが10日、突然、脳梗塞で亡くなった。今は自民党本部職員を辞めて73歳だった。
 
 先週、元農林水産省事務次官の高橋政行さんの通夜で見かけたばかりだったのに?あまりにも突然である。

 岩倉さんは明治維新の元勲、岩倉具視の子孫で、「岩倉きょう」と呼ばれ、親しまれていた。

 岩倉さんは、自民党政調会で農林担当を長く務め、政治家・役人及び関係者から一目置かれた存在だった。

 その岩倉さんのもとで、僕は農林担当の補佐を務めたことがある。全国組織委員会から移動で、政調会に配置転換となり、農林と水産(責任者)を担当することになった。(当時は、僕は30歳を過ぎたばかりだった)

 
 岩倉さんは、職員の中でも一風変わっていた。堂々としていて、国会議員にも動じることなく対応した。それは、岩倉さんが仕事に精励・勉強を常に欠かさず、自らを鍛え続けていたからだ。
 東大では、空手部で中山元文部科学大臣などは後輩にあたり、亡くなる寸前まで、空手の鍛錬を継続していた。

 政調の席は岩倉さんの隣だった。
 良かったのは岩倉さんの机が書類の山(書類をどんどんと積んだだけ)で、僕よりも汚かったので安心したことだ。(それで、僕も机は整理・整頓をしなかった。今は少し良くなったが)


 僕は、政調会で「岩倉一家」の一員として、仕事の手ほどきを受けた。まず、勉強すること、政策をきちんと外で説明できることなどを教わった。そのうえで、国会議員、役人との対応などだ。


 20年以上まえの農林部会はすごかった。
 夏は米価闘争で、自民党総裁応接室で自民党3役(当時、竹下登幹事長、安倍晋太郎総務会長ら)と2日ほど徹夜したこともあった。
 他に、春は乳価、秋は砂糖の価格決定など、その時も徹夜の交渉だった。

 僕は、農林部会での徹夜の仕事で、びっくりした。さらに、毎朝8時からは連日、農林部会があった。
 仕事とは、体力と知力の戦いだと。


 岩倉さんとは、良く酒を飲んで一方的に講釈・指導を受けた。
 ゴルフをすると性格が表れるが、岩倉さんは、ドライバーを思いっきりひっぱたくことで有名、「やさしくて、力持ち」という性格だ。

 昨年、二人で大久保駅前の居酒屋でじっくりと酒を飲んだのが良い思い出だ。
 
 僕が、今、政調会の調査役で仕事を続けられているのも、岩倉さんのご指導の賜物と感謝している。

 残念なことは、かつて僕が岩倉さんに「農林部会(仮題)」といった本を出すよう進めたが、それが実現できなかったことだ。

 
 今朝の「読売新聞」の政治面(「菅首相の一日」のとなり)に岩倉さんの死去の記事が載っていた。

 岩倉さんは、偉大な「ミスター政調会」だ。
 僕はその弟子として、残された人生を頑張りたい。

 「岩倉さん、ありがとうございました。安らかにお休みください」

 
 なお、告別式は13日午後1時30分から、千代田区麹町6−5−1の聖イグナチオ教会で行われる。喪主は、英語の達人(同時通訳もできる)でもある妻の嘉代子さん。

 「心からご冥福をお祈り申し上げます。」

shige_tamura at 07:46|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!自由民主党 
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