2007年08月

2007年08月22日

小沢民主党代表の安保政策

小沢1小沢代表の安保政策の考え方は、つき詰めれば、憲法よりも国際法が優位ということである。外務省にも国際法を優位に考え、小沢氏を支持する声がある。
 しかし、憲法9条は、戦力は持てない、よって武力は持てない。自衛隊は軍隊でないのである。

 小沢氏の考えは、「憲法では集団的自衛権は認めなくても、国連の集団安全保障は否定していない。憲法前文は、国連の集団安全保障を積極的に支持している。」ということである。
 これは、かつて、小沢氏が自民党時代に小沢調査会で考えた結論でもある。なぜ、この考えが実現しなかったのか、
 当時の憲法調査会長の栗原祐幸氏が「解釈の変更で(事実上)改憲のようなことをするのは良くない」と批判したことで明らかだ。詳しくは「憲法と安全保障」(拙著、南窓社)を参考にしてください
 
 憲法改正の国民投票法も国会で成立したのだから、今後は、憲法9条を改正して、集団安全保障への参加と集団的自衛権も行使可能にすべきと考える。
 そのために、自由民主党と民主党が協力する時が来ているようだ。


(参考)小沢代表の安保政策の考え方

民主党の安全保障政策の基本

「自衛権の行使は、専守防衛に限定」

 日本国憲法の理念に基づき、日本及び世界の平和を確保するために積極的な役割を果たす。自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の議論の経緯に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法9条に則り、行使する。
 それ以外では武力を行使しない。

 自衛権は、わが国が直接攻撃を受けたとき、急迫不正の侵害を受けたとき、周辺事態法で言えば、「放置すれば、わが国の平和と安全を脅かす恐れのある事態」、「直接攻撃を受けた有事の時。」
「放置すれば、我々の日本の平和と安全が脅かされる事態というのは、有事に準ずる行為」、そういう場合のみ、我々は正当防衛権、自衛権を行使する。

 わが国に直接攻撃を受けた場合でない、あるいは、わが国に攻撃を受ける恐れの事態でない限り、日本は自衛権の行使を行わない。
 それは、個別的自衛権であれ、集団的自衛権であれ、自衛権に変わりない。

 わが国の安全と直接関わり合いのないところで、個別的自衛権であれ、集団的自衛権であれ、行使することは、憲法9条に違反する。

 今、集団的自衛権が話題になっているが、一番問題なのは、個別的自衛権の拡大。 戦争というものは、すべて個別的自衛権の反動によって行われてきた。集団的自衛権ではない。
 戦争は、わが国の昭和史を振り返ってみても、大陸における邦人の保護、わが国の権益の保護、そういう名目のもと兵を送っている。これは個別的自衛権。
 戦争というものはすべて、個別的自衛権の解釈拡大によって行われてきたことは間違いない。これをもっと極端に言うと、日本は今、世界中にいろんな権益と日本人が活動している。したがって、どこかの国で日本人が殺されたり、あるいは、財産が焼かれたり壊されたりしたら、個別的自衛権の拡大をすれば、どこにでも軍を派遣するこができるという話になる。

 我々の考え方は、我々の日本が直接、平和を脅かされる、直接攻撃を受ける、あるいは放っておけば平和を脅かされる、攻撃される恐れのある周辺事態に限り、自衛権は発動しない。


「国連平和活動への積極参加」
 
 国連の集団的安全保障は集団的自衛権と違い、憲法前文に認められているので、行使が可能。

 国連は二度に亘る大戦の反省に基づき創設された人類の財産であり、これを中心に平和を築いていかなければならない。国連の平和活動は、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致し、また、主権国家の自衛権行使とは性格を異にしているころから、国連憲章第41条および第42条によるものを含めて、国連の要請に基づいて、我が国の主体的判断と民主的統制のもとに積極的に参加する。

 国際紛争、国際の平和については、唯一の国際機構である国連を中心にして、国際協調のもとで、世界の平和、国際の平和を維持していく。そこに我々は積極的に参加していく。それによって、憲法の名誉ある地位を占めたいという憲法の理念を実戦すること。

 国連の行動というのは、いわゆる世界の警察官の役目で、世界の秩序、平和を維持する行動、それが個々の国の自衛権の発動ならば、社会というものの秩序は保てない。

 だから、国連の機能が完全だとか不完全だとかいう問題は別にして、全世界が集まって、世界の秩序を守るべき。


 最近の軽薄な論調は、日米同盟か国連かというすぐそういう話しをする。
日米同盟と国連中心主義は何にも矛盾しない。このことをおぼえておいていただきたい。
 日本の安全保障の基本原則。三位一体の同心円構造となっている。国連憲章、日本国憲法、日米安保条約、これはすべて、国連憲章の理念の枠内でできている。
 例えば、3つ、戦争放棄、自衛権、国際協調と3つにわけているが、戦争放棄、国連憲章でもうたっている。第2条にね、すべての加盟国はその国際関係において武力による威嚇、または武力の行使は慎まなければならない、国連憲章にも戦争放棄はちゃんとうたっている。日本国憲法は第9条にうたっている。

 日本国の国内法にも、刑法に緊急行為というのがある。正当防衛と緊急避難。刑法は正当防衛で、国は自衛権で違うという人もいるが、英語ではどちらもセルフディフェンスで同じ。
 日本語では国家的なものに使う時には自衛という言葉を使う。
 個人の時には正当防衛という言葉を一般的には使う、あるいは自警という、自警団なんて言う。けれど、英語はセルフディフェンスで同じこと。国内法で、正当防衛、自衛権は認めているし、安保にはその通り、書いてある。


2007年08月21日

民主は護憲政党か

 今朝のNHKニュースで、「民主 憲法審査会反対で調整」との報道がありました。

 民主党は、憲法論議が行われると党内のバラバラ感が表面化し党内対立の火種になりかねないことを恐れたことと、将来の選挙を考えると9条堅持を主張する社民党に配慮した方が得策とのことで「民主 憲法審査会反対で調整」となったのでしょう。
 
 民主党は、「政策抜き政党」であることが憲法問題でもハッキリしました。


以下は、NHKニュースです。


 民主党は、国民投票法に基づいて衆参両院に設置される「憲法審査会」について、「憲法問題を冷静に議論する環境は整っていない」として、秋の臨時国会でも、審査会の発足に反対する方向で調整を進めることになりました。

 憲法改正の手続きを定めた国民投票法では、現在の憲法の問題点などを議論するため、衆参両院に憲法審査会を設置すると定めています。これについて自民・公明の与党側は、さきの臨時国会で、委員の数を50人とし、採決は出席議員の過半数で決するなどとする審査会の規程の案を野党側に示しましたが、民主党など野党側は、「国民投票法は、与党の強行採決によって成立したもので問題がある」と反発して協議に応じず、審査会の発足は見送られました。
 民主党執行部は「与党側は、国民投票法の採決に問題があったことを認めず、与野党が憲法問題を冷静に議論する環境は整っていない」として、秋の臨時国会でも審査会の発足に反対する方向で党内調整を進めることになりました。
 
 民主党執行部が、この方針を決めた背景には、党内に多様な意見がある憲法問題で具体論に入れば、党内対立の火種になりかねないことや、憲法を変えることに強く反対する社民党などとの連携を重視するねらいもあるものとみられます。

8月21日 7時30分

shige_tamura at 10:04|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!憲法改正 

講演「政治と安保政策」(その2)

ランチバック12.湾岸戦争の衝撃
 
 だから、湾岸戦争が起こって、日本がたくさんのお金を出しました。出したけれども少しも感謝されない。何かしなければいけない。慌てて国連平和協力法という、まさに多国籍軍ができたときに、日本が後方支援するという法律を海部内閣のときに作ったのです。それが衆議院段階で廃案になったのです。それは法案の仕組みが憲法との関係でうまく整合性がとれないということなどの理由で廃案になったのです。
 
 でも何かしなければいけないということで、苦肉の策で海上自衛隊のペルシャ湾掃海艇派遣ということになったのです。掃海艇が出て行ったあとに僕が国防部会を担当したのです。そのうちにペルシャ湾掃海派遣部隊に激励に行こうという話が、国防三部会で出ました。派遣団は、当時の安全保障調査会長代理の山崎拓さんが団長、参議院の村上正邦さんが副団長。あとは、中谷元さん、衛藤晟一さん、永野茂人さん、尾辻秀久さん。尾辻さんは防大出身で、掃海派遣部隊隊長の落合さんと同期なんですよ。
 バーレーンで、掃海艇の皆さんと話し合いをする機会を持ちました。大使館の公邸で懇談会をやって、商社の皆様も来ていただいて会合が開かれました。その時に、「日本の自衛隊がきてくれた」「よかった」と、商社の皆様は喜んでいました。
それまで本当に肩身が狭かったという話です。それは当り前ですよね。日本は中東湾岸地域から石油の大半を輸入しているわけですから。にもかかわらず、何もできない。「お前たち何やっているんだ」と責められる。だから、今回、日本から海上自衛隊の掃海艇が出てくれたことによって、本当に良かったということです。

 僕たちのミッションにもう一つ大きな目的がありました。当時PKOの法案を作ろうという動きがありまして、当時一番新しいPKOはイラクとクウェートの間のUNICOMという停戦監視団のPKOでした。その現場まで車で走っていって見に行きました。
 当時はまだ油井、油が燃えていました。僕が行って帰ったらシャツが真っ黒なんです。そこで注意されたのが、「砂漠で絶対おしっこするな」と、地雷踏んじゃうから。地雷踏んで、けがをした、死んだといった話が結構ありました。
 停戦監視の現場に行って各国の人たちが全部で3人いまして、我々が質問するのは、「ピストル持っていますか?」という質問ばかり。全然持っていないんですね。
彼らは「我々の仕事というのは何か起こったら、無線で報告して、帰ってくることです。そこで応戦するとかいうことではない。それがPKOなんです。」と。そういうものを基にして、日本でPKO法案を作っていきました。

 その時に国際緊急援助隊法も改正されました。これまでは、たとえば海外で台風だとか災害が起こりますと、日本の消防庁も出て行くわけですが、自衛隊は参加できませんでした。だからPKO法を作るときにそれに気がつきまして、一緒に法律を改正したのです。だからインドネシアの津波があって自衛隊が協力できたのも法律改正があったからです。法律ができなければPKOはできない。法律ができましたから、カンボジア、モザンビークのPKOに自衛隊が出ました。


2007年08月20日

防衛省の事務次官人事バトルが決着

小池 百合子お盆の休日を返上して「防衛庁の事務次官人事バトル」が展開された。
 実質は、先週の金曜日に決着したが、今朝のワイドショーにも報じられていた。
 この件は、仕事上、マスコミに登場した防衛省の小池百合子大臣、守屋武昌事務次官などの全てが知り合いのため、僕のブログでは書きにくい点が多い。

 
 今回、防衛省の事務次官人事が大きく報道されたのは、防衛省が極めて重要な役所になってきている証拠でもあろう。
 かつての防衛庁だったら、こんなにも大きく報道されなかった。
 また、お盆で、政治的な話題が他に乏しく、小池百合子大臣VS大物事務次官という構図が他に話題のないメディアの格好の材料となった。

 最後は、増田好平氏が事務次官に就任とのことで決着した。増田氏は将来の事務次官候補として目されていたが、それが今回は早まったことになる。

 今回も「人事とは、最後までわからない」ということである。

 今後、防衛省が増田氏を中心に立派な役所として成長することを期待したい。

2007年08月13日

講演「政治と安保政策」(その1)

ランチバック1政治と安保政策(僕のオーラル・ヒストリー)
2007年8月1日(水) 防衛省にて
講師 田村重信


1、はじめに

 こんにちは。ご紹介いただきました田村でございますが、今日はランチバック講座と言うことでお招きいただいたわけですけども、そうそうたる方々が講演されているという事ですね。
 防衛省で講演するのは3度目です。1回目は防衛省の若手の職員を前にお話しました。 
 2回目は防衛施設庁の幹部の研修会でお話しました。
 防衛研究所でも2回ほどお話しをしました。
 今日は「政治と安保政策」ということでございますけれども、学者の人と僕は違いまして、僕は、実務、まさに政治の真っ只中で仕事をやっておりますので、今までの学者先生とは違った話をしたらいいんだろうということです。
 今政局はこんな状況になっていますけれども、政局の話は実は昨晩、自民党東京都連主催の「TOKYO政経塾」というところで、1時間ほど自民党本部で話をしましたので、今日は政局の話は一切致しません。
 安全保障と政治の関係について話をさせていただきたいと思います。

 僕が安全保障担当になったのは湾岸戦争が勃発した直後です。
 91年5月に、部長から「国防部会を担当してもらえないか」、ということで国防部会担当になりました。
 それまで、僕は農林水産政策をやっていました。
 今日、農林水産大臣を辞任された赤城先生とはその頃から農林部会などの関係で付き合いがありました。政調会長の中川昭一さんとも付き合いがありました。防衛庁長官をした石破茂さんも最初農林族でいましたから、その頃からの付き合いでした。
そういうことで、いきなり担当換えということで国防部会担当になりました。
 その前は農林水産政策、とくに水産政策で「魚を食べれば頭が良くなる」、と言うのを聞いたことあると思いますが、DHAといって、僕がヒットさせたんです。
 僕1人じゃできませんから、当時の水産流通課長と一緒にそれをやったんです。その人がつい最近テレビに出ていまして、農林水産省の事務次官やって、終わられて、公務員改革の問題で呼ばれた石原葵さんです。あの人と一緒にやったんです。
 だから僕と一緒に仕事をやると大体出世するんですね(笑)。
 なんていうのかな、そういう人を幸せにする力があるのかな。そういうところありますから、今後ともよろしくお願いします(笑)

 担当になっていきなり政調の部会がありました。国防三部会って説明しなくても分かると思いますが、国防三部会(国防部会、安全保障調査会、基地対策特別委員会の合同会議)がありました。
 当時の大臣が池田行彦さん。池田行彦さんとは前からの付き合いがありまして、何で付き合いがあるかと言うと、僕が大学を出て政界に入って最初の仕事というのが宏池会という派閥の事務所での仕事でした。その当時は、大平正芳さんが会長をやっていて、大蔵大臣でした。鈴木善幸さんが、ずっと宏池会の事務所にいたんですね。その頃、池田行彦さんが選挙に出るとか出ないとかという話があって、当選1回の若手のバリバリの先生というのが、加藤紘一さんとか、瓦力さん、また、個人的に意外とよくしてもらったのが栗原祐幸さんです。昔、中曽根内閣のときに防衛庁長官をしばらくやっておられまして、栗原さんにかわいがってもらいました。

 それで、ちょうど僕が国防部会を担当してから、むちゃくちゃ安全保障の仕事が忙しくなってきました。
 なぜかというと冷戦が終わったからなんです。
 冷戦が終わったことによって、必然的に日本も安全保障政策の仕事をせざるを得なくなりました。
 実は昨日もお話ししたのですが、55年体制という政治の話がありました。
 これもみんなマスコミでは、国会対策政治だとか、政治とカネの問題だとか、腐敗政治が55年体制で、55年体制が終わるときれいな政治が行われるみたいないい方しますけれどぜんぜん違うんです。
 これはまさに東西冷戦が発端で、55年体制ができた。
 「アメリカ対ソ連・中国」という国際的な構図がそのまま国内の「自民党対社会党」という構図となりました。
 それで55年体制というのがずっと続きました。
 ですが、冷戦が終わったことによって、今度は55年体制も終りを告げました。
 社会主義、共産主義が立ち行かなくなって、日本社会党が崩壊しました。
 現在では、名前も替えて社民党となりました。
 今度の参議院選挙では2議席となりました。そういうことなんです。
 だから55年体制というのは、安全保障の感覚、東西冷戦ということを抜きにして、国内の政治の構図を語れないんです。

 ところがその辺をきちんと言う方が非常に少ない。
 京都大学の大嶽先生ぐらいですね、その辺きちんと話すのは。あとは汚いとか、きれいとか、国会対策政治だとか、そうでないとか。
 現在も国対政治はありますし、今度の選挙でも自民党が非常に苦しんだ問題は年金問題もありますけれども、政治とお金の問題も依然ありました。
 ですが、安全保障の問題を抜きにして物事を語ることはできません。
 戦後の日本はずっと安全保障問題抜きでやってきて、それが許された。
 ところが冷戦が終わることによって、日本も何らかの役割を安全保障上の問題としてやらざるを得ない時代に突入したのです。


2007年08月08日

テロ特措法反対の小沢一郎代表

小沢1テロ特措法に反対は分かるが、「テロ特措法協議には応じず、臨時国会で小沢氏が意向」というのはいかがなものかと思います。

 これは、読売新聞に出ていたもので、「テロ特措法協議には応じず」とは、議論もしないで反対ということなのでしょう。
 議論すれば、必要性を否定できないからでしょう。
 それにしても、小沢代表は独裁的ですね。

 これで本当に日米関係は良いのでしょうか。
 国連ならOKで、国連安保理決議に基づく活動でないから反対とは、
これで日本の安全を確保できるのか疑問です。


以下が記事です。

 民主党の小沢代表は臨時国会召集を受けた7日の記者会見で、11月1日に期限が切れるテロ対策特別措置法を延長する改正案について、「アフガン戦争は、ブッシュ米大統領が国連や国際社会と関係なく、『自衛戦争だ』と言って始めた。(民主党が重視する)国連安保理決議に基づく活動とは全く性格が違う」と述べた。

 米英軍のアフガニスタンでの軍事行動を支援するための同法自体を否定し、与党との修正協議には応じない意向を示したものだ。

 また、イラク復興支援特別措置法を廃止する法案については、「(次の)臨時国会でどういうテーマを選択するか。それも一つだ」と語り、8月31日にも召集される次期臨時国会への提出を検討する考えを表明した。

(2007年8月8日1時29分 読売新聞)


shige_tamura at 15:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!小沢一郎 

2007年08月07日

参院「改憲派」、3分の2を割る

今朝(7日)の朝日新聞一面に、参院「改憲派」、3分の2を割る 3年後の発議に壁
ーという記事が出ていました。
 憲法改正反対の朝日新聞らしい記事です。

参考に掲載しました。


 7日召集の臨時国会に登院する参院選の当選者のうち憲法改正に賛成なのは48%と半数を割っていることが、朝日新聞社と東京大学の共同調査で明らかになった。非改選を合わせた新勢力でも53%。政治家の意識を調べるこうした共同調査は03年の衆院選以降、国政選挙のたびに実施してきたが、改憲賛成派が憲法改正の発議に必要な3分の2を割り込んだのは初めて。また、最大の焦点である9条改正については当選者の26%が賛成で、反対は54%。新勢力全体でも賛成31%、反対50%だった。

 憲法改正の発議には憲法96条の規定で、衆参各院で3分の2以上の賛成が必要。5月に成立した国民投票法では、施行までの3年間は改憲原案の提出・審議ができないが、新議員は6年の任期の間に、憲政史上で初めて憲法改正の発議にかかわる可能性がある。

 安倍首相は参院選の惨敗後も記者会見で引き続き改憲に意欲を見せている。しかし、自民党内からも「優先順位を取り違えている。それどころではないというのが民意だ」(三役経験者)といった声が上がっている。世論をめぐるこうした受け止めに加え、新議員の政治意識をみる限り、首相が目指す2010年の憲法改正発議への道のりは険しそうだ。

 今回の当選者では、憲法を「改正すべきだ」と「どちらかと言えば改正すべきだ」を合わせた改憲賛成派は48%。「改正すべきではない」「どちらかと言えば改正すべきではない」の改憲反対派は31%だった。

 政党別では改憲賛成派は自民(91%)、公明(67%)、国民新(100%)の3党で多数を占めた。これに対し、民主では改憲賛成派の29%を改憲反対派の41%が上回った。共産、社民、1人当選の新党日本の各党では全員が「改正すべきではない」と回答した。

 04年参院選後の新勢力と比べると、改憲賛成派議員が参院に占める割合は、71%から2割以上減少した。改憲賛成派が9割前後だった自民の大敗が影響している。

 一方、民主は04年調査の回答では改憲賛成派だった議員の一部が、反対や中立に回った。これまでの調査では衆参を問わず6〜7割の議員が改憲賛成派だったが、今回、改憲賛成派が初めて4割を割った。国民投票法成立を強行した自民への反発などが背景にあるとみられる。

 調査は参院選の立候補予定者、非改選、引退予定の参院議員を対象に5月下旬から7月にかけて実施した。


shige_tamura at 12:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!憲法改正 

2007年08月06日

毎日新聞の世論調査

 予想されていたが、厳しい世論調査結果が出た。
 自民党はこうした結果を真摯に受け止めていかないと、もっと厳しい事態に陥る危険性がある。
 以下が、調査結果です。


本社(毎日新聞)世論調査:内閣支持率急落22% 自民支持は17%


安倍内閣の支持率

 毎日新聞は4、5両日、電話による全国世論調査を実施した。安倍内閣の支持率は22%で、昨年9月の政権発足以来初めて3割を切り最低を更新した。不支持は65%で発足以来最多。
 政党支持率は自民党が17%で55年の結党以来2番目に低く、民主党は33%で98年4月の結党以来最高で、政府・与党には参院選惨敗を反映した厳しい結果となった。
 安倍晋三首相の続投表明に対しては「辞めるべきだ」が56%で、「辞める必要はない」の41%を上回った。
 
◇赤城農相更迭「遅過ぎ」87%

 内閣支持率は前回(7月25、26日実施)の31%から9ポイント下落、不支持率は12ポイント上昇した。
 政権発足直後には支持率は歴代内閣で3番目に高い67%、不支持率は16%だったが、10カ月余りで支持、不支持が完全に逆転した。
 不支持の理由では「首相の指導力に期待できない」が前回比11ポイント増の57%と最も多かった。
 首相が1日、不透明な事務所費問題が指摘された赤城徳彦前農相を更迭した判断については、「更迭するのが遅すぎた」が87%と圧倒的。「評価する」は8%、「更迭の必要はなかった」は3%に過ぎなかった。
 内閣支持率を政党支持別にみると、自民支持層は69%で前回比15ポイント減。公明支持層も9ポイント減らして48%となり、半数を割り込んだ。参院選惨敗という結果を受けて与党支持層の中でも「安倍離れ」が起きていることが浮き彫りになった。
 男女別の支持は男性20%、女性24%で、いずれも前回比9ポイント減となり、政権発足以来最低を更新した。不支持は男性68%(前回比8ポイント増)、女性62%(同12ポイント増)で、ともに最悪だった。年代別では、30代で支持が16%、20代で18%と若い世代で低く、不支持は20代と50代でともに70%と高かった。
 政党支持率は、自民党が前回から5ポイント減らし、民主党が9ポイント増やした結果、民主党が自民党のほぼ倍となった。自民党の過去最低は野党だった細川政権下の94年1月に記録した15%で、今回の17%はこれに次ぐ低率となった。
 参院選結果を受けて、早期の衆院解散・総選挙を求める意見が出ていることについては「解散すべきだ」が58%で、「解散する必要はない」の39%を上回った。【佐藤千矢子】
 毎日新聞 2007年8月6日 3時00分


本社世論調査:「民主勝因は敵失」8割

 毎日新聞が4、5日に実施した全国世論調査では、7月29日の参院選への評価も聞いた。
 自民惨敗、民主躍進の結果に7割近くが満足感を示す一方、民主党の勝因を「自民党への批判票を集めた」と見る人が8割近くを占め、政権交代を求めるよりも自民党にお灸(きゅう)を据えた有権者の心理がうかがえた。参院選後の安倍晋三首相の対応に対しては、支持基盤からも厳しい見方が多数に上った。【田中成之、大貫智子】
 
◇選挙結果「満足」7割
 
 参院選の結果については「非常に満足だ」「満足だ」「不満だ」「非常に不満だ」という四つの選択肢で聞いた。「非常に満足」が12%、「満足」が56%で、計68%の人が「満足」と回答した。
 内閣支持層の35%、自民支持層の32%、公明支持層の33%も満足感を示し、安倍政権を支える層にも一定の不満がくすぶっていることが浮かんだ。
毎日新聞の出口調査では、自民支持層の4分の1が「民主候補に投票」と答えたが、それを裏付けることにもなった。
 
 自民党の敗北の理由は五つの選択肢を用意。
(1)「政治とカネ」の問題29%
(2)年金問題26%
(3)閣僚の失言20%
(4)首相の資質15%
(5)格差問題10%−
−の順だった。
 ただ、内閣支持層、自民支持層のトップは「閣僚の失言」で、それぞれ38%と37%が選択。
 首相の失政よりも久間章生前防衛相の「原爆投下しょうがない」発言などに敗因を求める傾向が浮かんだ。
 これに対し、内閣不支持層では「首相の資質」が20%に上り、首相の指導力などに厳しい評価をしている。
 男女の微妙な差も表れた。「年金問題」を挙げたのが男性22%、女性29%だったのに対し、「格差問題」は男性13%、女性6%。男女それぞれが格差、年金への不満、不安を肌で感じていることがうかがえた。

 3者択一で聞いた民主党の勝因は、
「自民党への批判票を集めた」が79%を占め、
「民主党への政権交代が期待された」の10%、
「民主党の争点づくりがうまかった」の9%を大きく上回った。ただ、民主支持層に限っては21%が政権交代への期待を挙げた。

 ◇自民支持層、退陣論2割

 全体で87%が「更迭するのが遅すぎた」と答えた赤城徳彦前農相の更迭問題は、内閣支持層、自民支持層ともに8割弱が同様の回答を寄せ、支持基盤の中でも後手後手に回った首相の判断が批判的にとらえられていることが浮かんだ。
 「評価する」「更迭するのが遅すぎた」「更迭の必要はなかった」の回答は、内閣支持層は16%、76%、4%、自民支持層は12%、78%、6%。公明支持層はより厳しく12%、86%、1%。とくに「更迭の必要はない」との答えは、民主、共産支持層よりも低かった。

 一方、全体では「辞めるべきだ」56%、「辞める必要はない」41%という結果となった首相続投の是非は支持政党によってくっきりと分かれた。

 自民支持層は退陣論が21%にとどまり、75%が続投支持。
 党内には「退陣論は意外に少ない」(津島派幹部)との分析が出る半面、支持層に限っても退陣論者が2割超いることを重視する考えもある。公明支持層は退陣論35%、続投支持64%だった。野党支持層は退陣論が多数を占め、民主、共産、社民支持層でそれぞれ72%、80%、67%。「支持政党なし」と答えた層は退陣論61%、続投支持36%だった。
 早期の衆院解散・総選挙の是非も首相の続投と同じ傾向。自民支持層は「解散すべきだ」が27%に対し、「解散する必要はない」は69%。公明支持層は40%が解散を求めた。民主、共産、社民支持層はそれぞれ76%、75%、79%が早期解散論者だった。
 毎日新聞 2007年8月6日 3時00分


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